61.作戦会議です
約束していた金曜日、早めに仕事を切り上げてくれた大河さんと共に、麗奈さんと新庄さんを迎えて、私達は食卓に着いた。
「今回、大河さんにご協力頂けると伺って、大変感謝しています。早速ですが、俺が麗奈さんのご家族に認めてもらえる方法があれば、ご教授願えないでしょうか。」
新庄さんが深々と大河さんに頭を垂れる。
自己紹介を終え、食卓に着いて早々に、切羽詰まった表情で切り出した新庄さんの様子に、麗奈さんへの想いの深さを垣間見た気がした。
「まあ、そう堅苦しくなるなよ。食事しながらってのもなんだし、具体的な話は後にしようぜ。腹も減ったしな。」
大河さんが苦笑しながら制して、取り敢えず夕食にする。大河さんがお二人の馴れ初め等を訊いていくうちに、新庄さんの緊張も少しずつ解れてきたみたいだった。
麗奈さんの方は、高校の入学式の日に、当時生徒会長を務めていた新庄さんが壇上で挨拶をしているのを見て、好意を抱いたらしい。才色兼備の麗奈さんは、高校でもすぐに有名になって、新庄さんも徐々に気になるようになったんだとか。麗奈さんがクラス委員に選ばれ、生徒会活動にも携わるようになられたのを機に、お二人は徐々に親しくなって付き合い始めた。交際は順調だったが、麗奈さんの高校卒業時に、お父さんの貴大さんにバレて猛反対され、それからは麗奈さんの家族の目を気にしながらこそこそ会っているそうだ。だがそうなると、なかなかゆっくり会える時間が取れなくなり、やはり何とかして認めてもらいたいと、私に相談する事にした、とお二人は経緯を語ってくれた。
食事を終え、食卓を簡単に片付けて、皆さんにお茶をお出しする。すると大河さんが、少し厚めの紙束を取り出してきた。
「本題に入る前に、新庄君に一つ謝っておく。実はこの一週間程で、君の事を調べさせてもらった。」
ばさり、と食卓の上に置かれた調査報告書に、血相を変えたのは麗奈さんだった。
「信じられない!! 何でそんな事するの!? こんなのプライバシーの侵害よ!!」
「落ち着け、麗奈。」
椅子から立ち上がり、怒りを隠さない麗奈さんとは対照的に、当の本人である新庄さんは冷静だ。
「あまり意識していないみたいだけど、お前は天宮財閥のお嬢様なんだ。何処の馬の骨とも分からない奴との交際なんか、簡単に認められる訳ないだろう。お前と付き合うと決めた時点で、遅かれ早かれ、調査される事は予測済みだ。」
「へえ。理解が早くて助かるよ。」
口角を上げる大河さん。麗奈さんは渋々と言った様子で、再び椅子に座り直した。
「それで、俺は合格なのでしょうか? 麗奈に相応しい男であろうと、今までずっと努力してきましたが、貴方の目から見て、俺はどう映っているんですか?」
毅然とした態度は崩さないものの、表情は強張っている新庄さんに、大河さんは優しく笑い掛けた。
「そうだな。報告書を見る限りでは、君は品行方正、成績優秀、周囲からの信頼も厚くて友人も多いようだ。麗奈にしちゃ、良い男捕まえたな。これなら俺も安心して応援出来る。」
大河さんの言葉に、新庄さんはほっとしたように肩の力を抜いた。だが、まだ納得していないのか、麗奈さんは膨れっ面のままだ。
「麗奈、機嫌直せよ。貴大さん辺りが本気出して、無い欠点を探す気で重箱の隅をつつくようなネチネチした調査をされるより、簡単な調査で俺の保証が付いてくる方が余程良いだろ?」
「……それはそうだけど……。」
困り顔の大河さんの問い掛けに、口を尖らせる麗奈さんの頭を、隣の新庄さんが宥めるように撫でる。
ああ、やっぱりこの二人、お似合いだな。
「じゃあ本題に入るけど、お前達の交際を反対している家族ってのは、具体的に誰だ? 全員か?」
大河さんの質問に、麗奈さんは顔を曇らせた。
「猛反対しているのはお父さん。お母さんは高校の時、薄々気付いていたみたいだったけど、何も言ってこなかったから良く分からない。お兄ちゃんもあまり言ってこないけど、少なくとも快く思ってはいないと思う。」
「そうか。なら麗子さんを味方に付けたいな。麗奈、説得出来るか?」
「わ、分からないけど、やってみる。でも、もしお母さんからお父さんに伝わっちゃったら……。」
涙目になって俯く麗奈さんの背中を、新庄さんが優しく撫でる。
貴大さんは、そんなに怖いのだろうか。確かに、私の知る限りでは、常に厳格な雰囲気を漂わせてはいたけれど。
「あの……すみません。貴大さんって、どんな方なんですか? 私はまだ、知り合って日が浅いので、貴大さんの事を良く知らなくて……。」
貴大さんの人となりを知れば、より説得しやすくなるかと思って尋ねると、大河さんと麗奈さんが答えてくれた。
「端的に言えば、神経質な人、だな。自分にも他人にも厳しくて、会えば細かい事まで口煩く指摘してくるし、理詰めで畳み掛けてくる。融通が利かない分、祖父さんよりも厄介かも知れないな。」
「理屈っぽい頑固親父、を思い浮かべてもらった方が早いと思うわ。」
「そうなんですか……。」
貴大さんは天宮会長よりも説得しにくいんだろうか。大河さん曰く、会長は感情論ではなく理詰めで、主張の核を論破して説得すべきだとの事だが、その方法は貴大さんにも通用するのかな。
「まあ、貴大さんにバレてしまったら、その時は一旦怒られるしか仕方がないな。どちらにせよ、祖母さんの誕生日に、皆の前で全部ぶちまけて説得を試みるから、そのつもりでいろ。」
大河さんの言葉に、全員が目を見開いた。
「ええっ!? み、皆の前でって、そんなの危険過ぎるよ! 皆から一斉に反対されたらどうするの!? もし直也に会えなくなっちゃったら、私嫌だよ!!」
麗奈さんが悲痛な声で叫ぶ。
「その場の方が、説得がしやすいんだよ。少なくとも家族四人だけで、孤立無援の説得を試みるよりは、俺と冴香が全力で援護に回れるからな。それに、そこで祖父さんに認められれば、貴大さんだって後から文句の付けようもないだろ? 祖父さんにだって、いずれは認めさせなきゃならないんだ。ハードルは高いが、その場で一気に片を付ける。少しでも確率を上げたければ、お前はそれまでに麗子さんを説得しろ。」
「そ……そんな……無茶だよ……。」
声を震わせる麗奈さんの手を、新庄さんが握り締めた。
「麗奈、俺達の仲を認められたければ、やるしかないよ。大丈夫、俺も一緒に頭を下げる。麗奈にだけ辛い思いはさせないから。」
「直也……。」
覚悟を決めた様子の新庄さんに対し、麗奈さんはまだ不安げに新庄さんを見つめている。
「大丈夫ですよ、麗奈さん。大河さんは、一か八かの危険な賭けに出るような人じゃありません。そうですよね? 大河さん。まだ何か奥の手を隠していらっしゃるんじゃないんですか?」
私の質問に、大河さんは驚いたように隣に座る私を見た。食卓を挟んで向かい側に座るお二人も目を丸くして、私と大河さんの顔を交互に見つめている。
「鋭いな、お前……。何で分かった?」
「大河さんの口調から、何処となく余裕が感じられましたので。それに先日、麗奈さん達の事を打ち明けた時に、手段がない訳でもない、と呟いておられましたし。」
「ああ……まあな。仕方ない、奥の手を教えてやるよ。」
大河さんが教えてくれた奥の手に、全員が呆気に取られた。
「そ、そんなので、本当にお父さんを説得出来るの……?」
「多分大丈夫だろ。少なくとも、お前が思っているよりは、効果絶大だと思うぜ。」
「確かに俺も、それで多少の効果は期待出来る、とは思いますが……。」
「大河さんが仰るのなら大丈夫、と言いたい所ですが、それで本当に上手く行くんでしょうか……?」
楽しげに笑う大河さんを、私達三人は当惑しながら見つめていた。




