60.意外な協力者
大河視点です。
週明けの昼休み。今日は比較的早く食堂に来れたので、奥の四人掛けの席を確保する事が出来た。週末の、隙あらば冴香を口説こうとする従弟達の愚痴を、敬吾に聞いてもらおうかと思っていたが、珍しく敬吾の機嫌が悪い。
「敬吾、機嫌悪そうだな。何かあったのか?」
声を掛けると、敬吾にじろりと睨まれた。
「何処かの誰かが凛に余計な仕事を頼んだせいで、週末相手にしてもらえなかった。」
「あー、それは……すまん。」
「悪いと思っているなら、その美味そうな冴香ちゃんのお手製と思われる肉団子、一個寄越せ。」
「悪いと思っているが、これはやらん。」
箸を構える敬吾に危険を感じて弁当箱を遠ざけると、突然横から箸が伸びて来て、ひょいっと肉団子を一個奪われた。
「あ、美味しい! やっぱり冴香ちゃんって料理上手いのね。」
「谷岡!?」
伸びて来た箸の持ち主を認識して、俺は驚いて大声を上げた。谷岡はそのまま、俺の隣の席に座る。谷岡の行動に唖然としていた俺は、正面から伸びて来た箸に気付くのが遅れ、二個目の肉団子が敬吾の口の中に消えていった。
「うん、確かに美味い。」
「あーっ! 敬吾てめえ、肉団子は三個しか入ってねーんだぞ!」
「そう怒るなよ。俺のピーマンの肉詰め、一個やるから。」
「要らんわ!」
こいつ、俺がピーマン嫌いって事知っているくせに!
これ以上取られる前にと、俺は残り一個になってしまった肉団子を頬張った。美味い。畜生、もっと食いたかった。
「で? 何しに来たんだよ、谷岡。」
隣に座り、平然と食事を始めた谷岡に胡乱な視線を送る。
「あら、ご挨拶ね。これでも一応、私が引っ掻き回してしまった、貴方と冴香ちゃんの仲を気にしているのよ? まあでも、お弁当を手作りしてもらえている辺り、悪化しているかもっていう心配は要らなかったみたいだけどね。」
「別にお前に心配される謂れはない。」
「そう? あの子、やけに自分を卑下して大河を遠ざけていたみたいだったけど、ちゃんと進展させられるの? 大河との関係性を尋ねたら、家政婦だって言っていたけれど、本当は婚約者だって聞いたわよ? それなのに貴方に恋愛感情は抱かないって宣言するなんて、相当訳ありなんじゃないの? 今まで女性をぞんざいに扱ってきた大河に、冴香ちゃんの繊細そうな女心が把握出来るのか、甚だ疑問だわ。」
痛い所を突かれて、俺は言葉に詰まってしまった。
確かに女性である谷岡の方が、冴香の女心を理解出来るのかも知れない。だがこれまでの経緯が経緯なだけに、俺は谷岡を素直に信じる気にはなれなかった。
「……谷岡。どうせお前の事だ。恋愛相談と引き換えに、何か目的があるんだろう?」
「あら、バレてた?」
俺が尋ねると、谷岡はフフッと悪戯っぽく笑った。
「大河に良い男紹介してもらおうと思って。償い、してくれるんでしょう? 大河なら顔が広いし、高スペックな男友達とか沢山いるんじゃない? この際贅沢は言わないから、お金持ちで、誠実で、仕事が出来るイケメンが良いわ。」
「お前な。言っている事が十分贅沢だ。」
「そう? お金持ちって言っても、大河程である必要は無くて、それなりに裕福な暮らしが出来ればそれで良いのよ? 本城君がフリーだったらアタックしてみたかったんだけど、ずっと彼女一筋で他の女には目もくれないもんね。ねえ、本城君も良い男友達いたら紹介してよ。同期のよしみでさ。」
「お褒めに与り光栄だけど、残念ながら俺は無理だな。知っている奴は大抵彼女持ちだし。」
「だよねー。良い男は大体売却済みで、偶にフリーだと思ったら大河みたいに、一癖も二癖もある人ばっかりなんだよねー。」
「お前何か言ったか?」
「別に。」
谷岡の言葉にムッとしながらも、出来る限りの償いもする、と言った以上、一応真面目に考えてやる。だが、玉の輿目当てと分かっている女を紹介するのもなぁと思った所で、俺ははたと閃いた。
「俺が紹介出来る金持ちだったら、頭脳明晰で口達者な性悪イケメンか、スポーツ万能ムードメーカーのチャラ男イケメンか、人畜無害な癒し系の皮を被った腹黒イケメンくらいだな。」
「何よそれ。もうちょっとマシな男居ないの?」
「割れ鍋に綴じ蓋だろ。」
横で口を尖らせる谷岡に、正面で頭を抱える敬吾。
「大河、まさかとは思うが、それお前の従弟達の事言っているんじゃないだろうな。」
「厄介な奴らが同時に片付いて丸く収まる、良い案だと思うんだが。」
「身内に対して何て言いぐさだよ。」
「へえ。天宮家って、本当に碌な男居ないのね。完全無欠は表の顔、裏は傲岸不遜な俺様イケメンに頼った私が馬鹿だったわ。」
「なっ、それ俺の事か!?」
「谷岡さん凄い! 当たってる!」
谷岡の言葉に、敬吾が腹を抱えて笑い出す。
畜生、二人共覚えてろよ。
「それにしても、谷岡さん変わったね。ひょっとして前は猫被っていたの?」
敬語の質問に、谷岡はクスリと笑った。
「そう、こっちが素よ。だって私を振った大河と、彼女一筋の本城君の前で可愛い子ぶっていたって意味ないもの。」
「そっちの方が良いんじゃないか? 裏表がない分、寧ろ好感が持てるぞ。」
「あら、振った女に今更未練でも?」
「馬鹿言え、そんな訳あるか。俺は冴香一筋だ。」
「うっわあ元女たらしの台詞とは思えないわね。胸焼けがしてきたわ。ご馳走様。」
丁度食べ終わった谷岡が席を立つ。
「まあ男はおいおい紹介してもらうとして、まずは冴香ちゃんに自信を付けさせる努力をしなさいよ。まずは冴香ちゃんをその気にさせないと、話にもならないもの。」
谷岡はそう言うと、トレーを持って行ってしまった。
自信を付けさせる、か。
現状では、冴香に告白した所で、また後継者狙いだと曲解されかねない。女遊びからはきっぱり足を洗って態度を改める他、冴香のコンプレックスからくる不安を何とかして、徐々に俺の気持ちをアピールしてからでないと、冴香に俺の気持ちを信じてもらうのは難しいのではないか、と考えていた俺は、谷岡の指摘が的を射ている事に感心した。
あいつとは色々あったけれど、何だかんだで多少はお互いの事を分かり合えた分、味方にすれば、意外と頼りになるのかも知れない。




