48.お友達になりました
翌朝、朝食の支度をしていた私は、起きてきた大河さんと目が合った。いつもと変わらない朝の光景なのに、昨日自分の気持ちを認めてしまったからだろうか、心臓がドキリと音を立てる。私は咄嗟に視線を逸らせて挨拶をしてしまった。
「おはよう、冴香。何で目を逸らすんだよ。」
大河さんが不機嫌そうに、私の腕を掴んできた。
え、いや、別にどうでも良いじゃないですか。心臓に悪いので、その手を離して頂けませんかね。
「その……、昨夜色々とご迷惑をお掛けしてしまったので、気まずくて。」
俯きながら答えると、大河さんは屈み込んで、私の顔を覗き込んできた。
「気にするな。迷惑だなんて思ってねーよ。寧ろお前が心を開いてくれて嬉しい。今後は勝手な推測で思い悩んだりしないで、何でも俺に言ってくれよな。」
朝からイケメンのドアップ&笑顔は心臓に悪いので、切実に止めて頂きたい。
大河さんは微笑んで私の頭を撫でると、洗面所へと向かって行った。頭に残る大河さんの手の感触に戸惑いつつ、私は朝食の支度に戻る。きっと私の顔は今、真っ赤になっているだろう。困った。気持ちを認めた途端にこれじゃ、今後が思い遣られる。
出来た朝食を大河さんと摂りながらも、私は戸惑ったままだった。何だか今日はやけに大河さんの視線を感じる気がする。ちらりと様子を窺えば、蕩けるような、凄く優しい顔をした大河さんがこちらを見ていて、私は慌てて視線を手元に落とした。
な、何なんだ一体。私の顔に何か付いているんだろうか?
朝食を食べ終え、出勤する大河さんを見送りに玄関まで付いて行く。
「冴香、今日の晩は七時に現地集合だけど、場所は分かるか?」
「麗奈さんが地図を送ってくださったので、多分大丈夫です。」
「そうか。もし迷うようなら連絡しろよ。じゃ行って来る。」
「あ、大河さん。」
「心配しなくても、スマホも鍵も財布も、ちゃんと持ってるっての。」
ちぇ、先を読まれたか。まあ毎朝の事だもんね。
「じゃあな。」
「はい。お気を付けて。」
何故か、ポン、と頭に手を置いてきた大河さんにドキリとしながら送り出し、私は今晩の事を思って少しばかり憂鬱になった。今日は大河さんの従弟の方々との食事会の日だ。一昨日のジュエルで精神を削られた事が頭を過る。やれやれ、今日はどうなる事やら。
掃除や洗濯を済ませて、ジュエルへと向かう。夕方、アルバイトを終えた私は、一旦帰って自転車を置いてから、待ち合わせのお店へと向かった。
麗奈さんが教えてくれたお店は、創作料理で人気のお店らしい。お店のホームページも見てみたけれど、木目調の外観がお洒落で、お料理も美味しそうだったので楽しみだ。男性陣はどこぞの高級ホテルの展望レストランなんぞを提案してきていたけれど、私が断固として却下させてもらった。そんな所に行ったら、絶対に緊張し過ぎて、折角のお料理の味も分からなくなるに決まっている。良いお店を教えてくれた麗奈さんには感謝しなくては。
早くも行列が出来かけているお店に入り、予約がある事を店員さんに告げて案内してもらう。六人掛けのテーブル席の個室には、既に麗奈さん、広大さん、雄大さんが座っていた。
「冴香ちゃんお疲れー!」
「お疲れ様です。」
「冴香ちゃん、飲み物何にする?」
広大さんに挨拶をしつつ、麗奈さんの隣に座った私は、向かいの席の窓際に座る雄大さんからメニューを受け取った。ソフトドリンクのページをざっと見て、取り敢えず烏龍茶を頼む。メニューを見ながら広大さんと雄大さんから、何が食べたいかとか、好きな食べ物は何かとか訊かれていると、到着した大樹さんまで質問攻めに加わってきて、人見知りの私は早くも緊張してきた。た、大河さんはまだかな?
大樹さんが頼んだビールが届いた所で、大河さんが到着して、私は胸を撫で下ろした。すぐに大河さんのビールも届き、乾杯して、予め見繕っておいたお料理を頼んでいく。
「冴香さん、どうぞ。」
「すみません、ありがとうございます。」
来た順に奥から詰めて座ったので、通路側に座る大河さんと大樹さんがお料理を受け取り、取り分けてくれている。恐れ多いので私がすると申し出たが、取り合ってもらえなかった。何故だ。
「冴香ちゃん硬いねー。もしかして緊張している?」
「あ……はい。」
広大さんに訊かれた私は、素直に頷いた。天宮財閥の御曹司とご令嬢、それも美男美女ばかりに囲まれて、緊張しない訳が無い。
「そう気負わないで大丈夫だよ。僕達は冴香ちゃんと仲良くなりたいだけだから。」
「はあ……。」
雄大さん、そう言われましてもね。緊張するものは緊張するんですよ。
「そうそう。冴香さんと交流を深めたい、と言うか、冴香さんの事をもっとよく知りたいし、俺の事も知ってもらいたいんだ。お祖父さんに色々言われた事は一旦忘れてもらって、まずは友達から始められないかな?」
大樹さんの言葉に、私は思わず顔を上げた。
友達……か。こんな素敵な人が、本当に友達になってくれるなら、凄く嬉しい。
「はい。お友達なら、喜んで。」
私が答えると、皆驚いたような顔をした。
ん? 私、何か変な事言った?
「ありがとう。冴香さんって、笑うと凄く可愛いんだね。」
満面の笑みを浮かべた大樹さんに、私は首を傾げた。
私、今、笑っていたんだろうか? ……あ、違う、これお世辞だ。何だ、一瞬本気にしちゃったよ。
「お世辞がお上手ですね。大樹さんも女性の扱いに慣れていらっしゃるんですか?」
「お世辞じゃないし、慣れてもいないよ。少なくとも大河君程じゃない。」
「おい大樹!」
大樹さんに噛み付く大河さんは通常運転だ。
「冴香ちゃん、俺ともまずは友達になってよ。」
「あ、僕も!」
「わ、私も……っ!」
広大さん達も口々に言ってきてくれて、私はとても嬉しくなった。
「はい、喜んで。こちらこそ、宜しくお願いします!」
広大さん達も笑顔になり、私も心が浮き立った。こんなに素敵な人達が友達になってくれるなんて、嬉し過ぎる。
その後、私は当初少しばかり憂鬱だった事も綺麗に忘れ去り、予想以上に食事会を楽しんだのだった。




