47.自覚した俺とあいつ
45~46話、大河視点です。
帰宅して夕食を摂りながら、俺は向かい側に座る冴香を見つめていた。昼間、敬吾に変な事を言われたせいで、冴香の事が気になって仕方がない。
俺が、こいつを好きだって? そんな事が有り得るのか?
暫く悶々としながら手と口を動かしていた俺は、やがて冴香の箸があまり進んでいない事に気が付いた。心なしか、浮かない表情をしているようにも見える。
「……冴香、また箸が止まっているぞ。何かあったのか?」
「あ、いえ。何でもありません。」
我に返ったように食事を再開した冴香に、またか、と俺は眉を顰めた。
こいつは何か悩んでいても、決して俺を頼らない。いつも自分で抱え込んで、俺の知らないうちに自己解決している。何時まで経っても、俺は不要だと言わんばかりに、心を閉ざしているようで気に入らない。
食事を終えてソファーに腰を下ろした俺は、風呂を入れて戻って来た冴香に声を掛け、自分の隣に座らせた。
「お前、何か悩んでいるんじゃないのか? 力になってやるから、俺に話してみろよ。」
悩み事を話してももらえない位置付けに、いい加減俺は嫌気が差していた。今日こそは相談相手として、少しは頼りにしてもらいたい。そう思っていたのに。
「……別に悩み事なんてありません。強いて言えば、明日の食事会の事を考えて、少し緊張していただけですよ。」
冴香の口から出て来たのは、相変わらずの拒絶の言葉だった。
あまり俺を馬鹿にするなよ。お前がいくら表情が乏しいっつったって、いい加減悩んでいるのか、緊張しているだけかくらい、見分けが付くんだっつーの!
「緊張、って面じゃなかっただろ。あれは明らかに、何か思い悩んでいる顔だったぞ。何時までも俺を誤魔化せると思うな。そんなに俺が頼りないのかよ!?」
苛立ちと共に冴香の両肩を掴み、語気を荒らげると、冴香は目を見開いた。何故、と言わんばかりに、瞳の奥が揺れている。
「……お前は確かに表情が乏しいけど、ずっと見ていたらそれくらいの事は分かるんだよ。悩み事があるのなら、俺に話せ。何時までも一人で抱え込むな。」
少し声を荒らげ過ぎたかと、今度は静かに語り掛けた。冴香は固まったまま動かない。
「……冴香。」
頼むから話して欲しい。そう願いながら、促すように冴香の髪を撫でる。
「……大河さんがそうやって私に優しくしてくださるのは、後継者の座が欲しいからですか?」
思わぬ問いに、俺は思わず目を見開き、そして眉間に皺を寄せた。冴香は俺の手を振り払って続ける。
「貴方が継ぐ筈だった、天宮財閥の後継者の座を、あんな形で振り出しに戻されて、私の事を快く思っている筈がありません。私に優しくして、気を引いて、もう一度後継者の座を取り戻そうというおつもりですか!?」
冴香はそう言い放つと、自分の部屋に駆け戻った。バタンと音を立てて閉められ、鍵まで掛けられたドアを、俺は呆然として見つめる。
何だよ、それ。俺が後継者の座を再び手に入れる為に、冴香に取り入っているとでも思っているのかよ?
言い様のないショックで、胸が締め付けられるように痛い。俺は一度も、そんな事を考えた事がなかった。冴香が気になって、放っておけなくて、少しでも力になりたくて、そして……笑って欲しくて。
そんな思いで今まで冴香に接してきたのに、それらを全て否定されてしまったようで、苛立ちと焦りが胸を占めていく。この誤解だけは、何としても解いておかなければならない。でないと、俺はこの先、ずっと冴香に信用してもらえずに、心を閉ざされたままになる。
「冴香、話がある。そのままで良いから聞いてくれ。」
俺は冴香の部屋のドアをノックして話し掛ける。本当は今すぐ鍵を壊してでも部屋の中に踏み込みたい所だったが、冴香を目の前にすると、再び語気を荒らげ、怯えさせてしまいそうで逆効果のように思えた。それに、俺自身も冷静にならなければならない。俺はドア越しに冴香に話し続けた。
「俺は後継者の座になんて興味はない。確かにガキの頃から、俺が跡取りと見なされて、色々厳しく叩き込まれてきたのは事実だ。けどそれは祖父さん達が勝手に決めた事で、俺は正直、跡継ぎになろうがなるまいが、そんな事はどうだって良いんだよ。天宮財閥は誰が後を継ごうが、優秀な人材が揃っているから、俺である必要はないと思っているしな。」
扉の向こうで、冴香が息を呑む気配がした。
そんなに意外だったんだろうか? 頼むから信じて欲しい。
「だから、俺はお前に媚びを売るつもりも、その必要もねえんだよ。それだけは分かって、信じて欲しい。俺は、お前が心配なんだよ……っ! お前、何か悩んでいても、いつも一人で解決しようとするだろ? 誰にも話さないで、全部一人で溜め込んで。そんなんじゃ何時か潰れちまうぞ! お前はもうあの家から解放されたんだ。もう一人じゃねえんだよ! 今一番近くにいる俺にくらい、いい加減心を開いて、何でも良いから話してみろよ!!」
結局は冷静になり切れず、声を荒らげてしまった。クソ、とドアを拳で叩きそうになり、それだけは何とか堪える。そんな事をすれば、冴香を怯えさせるだけだ。やり切れない思いで拳を握り締めていると、不意にドアが開いた。冴香が泣きながら、目の前に立っている。
「大河、さん。さっきは、本当に、すみません、でした。」
しゃくり上げながら謝る冴香。
良かった、信じてもらえたのか。ほっとするあまり、思わず冴香を抱き締めた。
「気にしてねーよ。急に結婚だの後継者だの、勝手に決められて、お前も混乱しているよな。無理もねえよ。でも言ったろ? 俺も力になるって。困った時や、何かあった時は、絶対に一人で抱え込むな。遠慮なく俺を頼れよ。」
膝を突いて冴香と目線を合わせ、冴香の涙を拭ってやる。
「良いな? 冴香。」
誤解が解けた嬉しさで、冴香に笑い掛けながら言うと、頷いた冴香は泣きながら膝から崩れ落ちた。再び冴香を抱き締めて、背中を撫でてやる。すると、冴香は自分から縋り付いてきて、心臓がドクリと音を立てた。こいつが自分から縋り付いてくるなんて、初めての事だ。以前は減らず口を叩く冴香を説き伏せて、やっと、だったのに。
漸く頼りにされたようで、心を開いてもらえたようで、嬉しくて自然と腕の力が強まる。腕の中の冴香に縋られる事が、こんなに嬉しいとは思わなかった。冴香の髪を撫でてやる毎に、愛しさが募っていく。
ああ、俺、こいつの事が好きなんだ。だから憎まれ口を叩かれようが、ムカつこうが、こいつの事を放っておけないんだ。心を閉ざされたらショックを受け、開いてもらえたらこんなにも嬉しくなるんだ。
やっと自分の気持ちを自覚した俺は、冴香を抱き締めたまま、安堵と幸福感に包まれていた。




