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【コミカライズ開始】ひねくれた私と残念な俺様  作者: 合澤知里
番外編

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誕生日をお祝いしてもらいました

 「冴香、これ受け取ってくれないか?」


 お昼時で忙しいジュエルに来店したお父さんに、綺麗な包装紙に包まれた、長方形の小箱を差し出され、私はまたか、と溜息をついた。


 「お父さん、何度も言っているけれど、そんな物を買うお金があるなら、早く借金を返そうよ。気持ちだけ受け取っておくから、これは返品して、そのお金を返済に充てて頂戴。」

 もう何度目になるか分からない、毎度お馴染みの台詞を吐いて、私は仕事に戻ろうと踵を返す。


 「き……今日はお前の誕生日じゃないか! だから……。」

 へ? 誕生日? 誰の? 私の?


 思わず店内の片隅に掛けてあるカレンダーを振り返る。今日は……二月二十二日。あ、本当だ、私の誕生日だ。


 「……お父さん、覚えていてくれたんだ……。」

 私は再び、お父さんに向き直って呟いた。


 堀下の家に引き取られてから、私の誕生日を祝ってもらった事なんて、一度も無かった。お父さんは仕事人間だったし、私もあの二人のせいでそれどころじゃなかったから、誕生日なんて記憶からすっかり抜け落ちていた。

 私の誕生日なんて、自分ですら忘れていたのに、お父さん、覚えていてくれたんだ……。

 思いがけない出来事に、胸がじわりと温かくなっていく。


 「その……今更だけど、毎年祝ってやれなくて、本当にすまなかった。せめて今年は、今までの分も、って思って用意したんだ。お前の好みとか分からないから、気に入ってくれないかも知れないが……。」

 自信無さげに項垂れていくお父さんに、静かに首を横に振った。


 「ありがとう、お父さん。やっぱりそれ、貰っても良い?」

 「あ、ああ! 勿論だ!」


 急に明るい表情になったお父さんに苦笑しつつも、小箱を受け取り、断りを入れて開封する。中身は腕時計だった。シルバーのチェーンベルトに薄いピンク色の丸い文字盤のシンプルなデザインで、使いやすそうだな、と一目見て気に入った。高そうだな、とは思ったけれど、折角お父さんからの初めての誕生日プレゼントなのだから、と自分に言い聞かせる。


 「お父さん、ありがとう。嬉しい。大切に使わせてもらうね。」

 「そ、そうか! 良かった。忙しい所、邪魔して悪かったな。」


 安堵の表情を浮かべたお父さんは、そそくさと帰って行ってしまった。折角来てくれたのだから、お昼ご飯でも食べて行けばいいのに、と思ったが、店内は混んでいるし、うかうかしているとお昼休みが終わってしまうらしいので、仕方がない。

 きっと今日渡す為に、忙しい合間を縫ってわざわざ来てくれたんだな、と思うと、凄く嬉しかった。それに、以前は義姉だった女が好みそうな、派手で豪華な物ばかり持って来ていたお父さんが、シンプルで実用的な物をプレゼントしてくれた所を見ると、私の好みを一生懸命考えて買ってくれたに違いない。

 お父さんの応対で遅れてしまった分まで仕事に励みながらも、私の頬は終始緩みっ放しだった。


 夕方の六時になり、仕事を終えた私は、マスターと翠さんに退店の挨拶をする。


 「冴香ちゃん、お誕生日おめでとう。良かったら、これ食べて行かない?」

 翠さんが持って来てくださったお皿の上には、モンブランが乗っていた。


 「あ……ありがとうございます!」

 突然の出来事に驚きながらも、翠さんに勧められてカウンター席に座ると、マスターがカフェオレを出してくれた。


 「冴香ちゃん、誕生日おめでとう。いつもありがとうね。」

 「そんな、こちらこそ、いつもありがとうございます!」


 恐縮しながらもモンブランを口に運び、幸せを噛み締める。

 懐かしいな。小学生の頃、誕生日にはいつもお母さんとモンブランを食べていたっけ。お母さんが亡くなってしまってからは、自分の誕生日にすら気付く余裕がなかったくらいだったけれども、こうしてお祝いしてもらえて、本当に嬉しい。

 お二人の優しさでちょっぴり泣きそうになりながらも、涙は我慢して、有り難くご馳走になった。


 お二人に再度お礼を言い、ジュエルを出て自転車に乗る。


 ふふ、今日は凄く良い日だ。そう言えば、今日は大河さんが振休でお休みなんだよね。折角だから、夕飯は大河さんが好きなお肉にしよう。スーパーで牛肉の良いのがあったら、今日はちょっとだけ贅沢しちゃおうかな。


 冷蔵庫の中身を思い浮かべながら、買い物をし、家に帰る。玄関扉を開けると、何だか焦げ臭かった。

 え、何で!? まさか火事!? 嘘、大河さんは!?


 「大河さん!? 大丈夫ですか!?」


 大急ぎでリビングのドアを開けると、台所で突っ立っていた大河さんが顔を上げた。

 よ、良かった。取り敢えずは無事みたいだ。

 だけど、エプロン姿の大河さんは、呆然として、何だか青褪めた顔をしている。


 「あ……冴香、お帰り……。」

 「大河さん、何があったんですか? 何でこんな、焦げ臭い……。」


 訊きながら近付いて行った私は、はたと気が付いた。焦げた臭いの中に、カレーの匂いが混じっている。そして、大河さんの前にはお鍋。

 え? これって、ひょっとして……!?


 「大河さん、もしかして、カレーを作っていたんですか?」

 状況からどう見てもそうとしか思えなかったが、念の為に訊いてみると、大河さんはこくりと頷いた。


 「ああ。今日はお前の誕生日だから、喜んでもらえるかなって思って。先週末、敬吾に教えてもらいながら練習したんだけど、一人で作ったら、見ての通り焦がしちまった……。」

 途方に暮れた様子で、気の毒な程項垂れている大河さん。


 思わず口を両手で覆う。視界が滲んで、目からは涙が溢れ出してきてしまった。

 家事が苦手な大河さんが、私の誕生日に、料理をしてくれるなんて!


 「っ! 冴香、ごめんな!! 折角の誕生日なのに……!」

 何を勘違いしてしまったのか、泣きそうな顔で慌てる大河さんに、感極まった私は抱き付いた。


 「違います。嬉しいんです! 家事が嫌いな大河さんが、私の為にカレーを作ろうとしてくれた、そのお気持ちに感動して。そうしたら何だか涙が出てきてしまって。」


 力を込めてぎゅうぎゅうと大河さんを抱き締めていたら、驚いた様子だった大河さんが、やがてそっと抱き締め返してくれた。


 「ごめんな。俺にもっと料理の腕があれば、ちゃんとカレーを美味しく仕上げて、お前に食べさせてやれたんだけど。」

 「お気持ちだけでも十分です。それに、大河さんが作る物なら、私は何だって食べられる自信がありますよ。たとえ焦げ過ぎて炭になってしまったカレーでも。」

 「いや、炭にはなってねーけど、いくら何でもこれは不味いだろ。」

 「大丈夫です。私、食事を抜かれて食べる物が無かった時に、生ゴミに見せかけて取っておいた、野菜や果物の皮とか、魚の骨とか内臓とか、挙句の果てには庭や公園に生えていた雑草とか、普通に食べていましたから。」

 「いやお前、それマジで生ゴミじゃ……。」

 唖然とする大河さんの腕から抜け出し、食器棚から小皿を取り出して、カレーを掬って味見する。


 「少し焦げ苦いですけど、これくらいなら平気です。十分美味しいですよ!」


 笑顔で振り返ったら、大河さんは額を押さえて絶句していた。何故だ。

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