赤ちゃんを抱かせてもらいました
「大河さん、本当に私までお邪魔しても良いのでしょうか……?」
西条さんのご自宅の最寄り駅に着き、大河さんの後を追って電車を降りながら私は尋ねた。
今日は西条さんの息子さんの誠君のお披露目、と言う事で、私達は西条さんのご自宅に招待されている。私達の他にも、大河さんの大学の先輩で、西条さんにとっては同い年の義兄に当たると言う、最上司さんとその奥さんも来られるそうだ。WEST銀座店支配人夫妻のご自宅を訪れるだけでも緊張するのに、日本を代表する企業の一つ、最上グループの社長夫妻まで来られるだなんて、大河さんの交友関係は一体どうなっているんだろう、と目眩がする。お二人とは大学の先輩後輩の関係で仲が良いと言う、天宮財閥御曹司の大河さんは兎も角、私まで招待して頂いた事に、私は完全に気後れしていた。
「ああ、勿論だ。何でも、西条先輩の奥さんが、お前に是非会いたいんだとさ。」
大河さんの説明に、私は首を傾げた。
私は西条さんの奥さんに一度もお会いした事がないのに、どうしてだろう? 普通に考えたら、情報源は西条さんだけど、西条さんは奥さんに、私の事をどう説明したんだろうか?
「あれ……? 最上先輩!」
改札を出た所で大河さんが大声を上げ、一組の男女が振り返った。男性の方は茶髪に切れ長の目で背が高く、女性の方は肩までの黒髪に涼しげな目元をしている、凄くお似合いのクール系美男美女だ。
……って、あれ? あのお二人、何処かで見たような……。
「天宮君! 久し振りだな!」
大河さんの呼び掛けに、男性が爽やかな笑みを浮かべた。女性は穏やかに微笑んでいる。
うわぁ、お二人の笑顔が、もう目の保養と言うか何と言うか……。思わず見惚れてしまった所で思い出した。
そうだ、この方々は、以前ジュエルでお会いした、凄く素敵なご夫婦だ。
お二人が立ち止まってくださったので、私達はすぐに追い付く事が出来た。
「ご無沙汰しています、最上先輩! あ、紹介します。彼女は俺の婚約者の堀下冴香です。冴香、こちらが話していた、俺の大学の先輩の最上司さんと、その奥さんの怜さんだ。」
「こ、こんにちは。堀下冴香です。」
緊張で声が裏返りそうになりながらも、何とか挨拶すると、お二人は目を輝かせた。
「そうか、天宮君、婚約おめでとう! 堀下さん、改めましてこんにちは。最上司です。どうぞ宜しく。」
「司の妻の怜です。ご婚約おめでとうございます。どうぞ宜しくお願いします。」
「ありがとうございます。こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします。」
あの時憧れたご夫婦は、相変わらず素敵なままで、年下の私にも丁寧に接してくださった。
西条さんのご自宅までの僅かな道のりを、四人で連れ立って歩く。
「そうだ、天宮君、この前ジュエルに行ってみたよ。君が勧めてくれていただけあって、凄く良かった。」
「そうでしょう? 実は冴香が、そこでアルバイトしているんですよ。」
「そ、そうなんです。その節は、ご来店いただきありがとうございました。」
「そうだったんですね。道理で、見覚えがあるなと思いました。お会計してくださったお嬢さんですよね?」
「はい。覚えてくださっていて光栄です!」
怜さん、凄いな。一度しか来店していないカフェのウエイトレスの顔を覚えているだなんて。最上さんも思い出したように、あの時の、と呟いているし。
社長夫妻だと聞いていたので、最初は緊張していたけれど、優しいお二人のお蔭で、少しずつ肩の力が抜けていった。
あっと言う間に目的地に到着する。オートロック式マンションの最上階の角部屋が、西条さんのご自宅なのだそうだ。
「いらっしゃい! わあ、皆揃って来てくれたんだ!」
弾むような明るい声で出迎えてくださったのは、胸まである茶髪を緩く巻いた、色白でぱっちりした目の美人さんだ。その奥から西条さんも姿を見せる。
「駅を出た所で天宮君達と合流して、そのまま皆で一緒に来たんだ。」
「えー!? お兄ちゃんずるい! 私より先に冴香ちゃんに会うなんて!」
美人さんは最上さんに頬を膨らませると、笑顔で私に向き直った。
「貴女が冴香ちゃんね! 初めまして、西条明の妻で、最上司の妹の咲です! どうぞ宜しくね!」
「は、初めまして。堀下冴香です。今日はお招きありがとうございます。」
差し出された手を握り返すと、咲さんは嬉しそうに満面の笑みを見せてくださった。
「皆、今日は来てくれてありがとう。立ち話も何だから、どうぞ上がって。」
「はい、西条先輩。お邪魔します。」
広くて明るいリビングに通されると、別の部屋から、西条さんが赤ちゃんを腕に抱いて、連れて来てくださった。
「この子が誠だ。抱いてやってくれよ。」
最上さんご夫妻は、以前から何度か抱いているとの事で、西条さんに促された大河さんが手を伸ばした。やはり慣れていないのか、ぎこちない手付きで、恐る恐る抱きかかえている。西条さんが腕の位置等、抱き方をアドバイスすると、すぐに順応した所は流石だった。
「可愛いですね。それに、大人しいんですね。初対面の人に抱かれても、嫌がったり泣いたりしないなんて流石です。」
「人が多いと緊張して大人しくなるみたい。普段はもう少しやんちゃなの。まあ、それでも大人しい方なのかな?」
大河さんの腕の中の誠君を覗き込んでいると、咲さんが誠君の頭を撫でながら教えてくれた。
次は私が抱かせてもらった。思っていたよりも重く、体温が高くて温かい。顔立ちはどちらかと言うと、お父さん似かな? くりっとした大きな目は、どちらにも似ている気がする。赤ちゃんの顔は変わるって言うけれど、ご両親が揃って美男美女なのだから、どちらに似ても、将来はイケメン君になるんだろうな。今から楽しみだ。
赤ちゃんって可愛いなぁ、と腕の中の誠君を見つめながら、無条件で笑顔になってしまう。
「冴香ちゃんは抱っこが上手ね。将来は良いお母さんになりそう!」
「ありがとうございます。私は赤ちゃんを抱っこした経験がないので、先程の西条さんのアドバイス通りにしているだけですけど、何時か私もそうなれたら嬉しいです。」
「きっとなるわよ! 子供は何人くらいが良いの?」
「そうですね……二人か三人、かな? 仲の良い兄弟になって欲しいですね。」
仲の良い兄弟が居なかった私の勝手な希望だけど、何時かそんな家庭が築けたら、良いなと思う。
暫く誠君をあやした後、次は怜さんに誠君を手渡した。ふと気付くと、大河さんが顔を真っ赤にして、頑張ろうとか何とか呟いていた。何を頑張るんだろう?




