娘の成長と報われた努力
天宮家執事、二階堂視点です。
「二階堂、捜してもらいたい少女が居る。」
ある日、突然会長に人捜しを依頼された私は、その情報量の少なさに愕然とした。デパートで白玉を喉に詰まらせてしまった奥様を助けてくれた少女にお礼がしたい、との事なのだが、何せ会長も奥様も、彼女の外見的特徴しか覚えていないと言う。
「身長は百五十くらいの痩せ型の少女だ。髪は不揃いで、服は着回した大き目の服だったな。この猛暑日に、長袖の長ズボン。特徴的な外見だったから、捜し易いと思うぞ。」
会長、簡単に言ってくださいますが、せめて名前くらいは聞いておいて欲しかったです。
私は娘の凛と、手分けして聞き込みにあたる事にした。凛は普段から素行調査や人材発掘等をしているから、このような仕事では私よりも適任だろう。私はデパートに行ってみるから、お父さんは救急隊の人達に話を聞いてみて、とテキパキ指示を出す娘に頷きつつ、娘の成長を実感する。
昔から、凛は会長のお孫さん達よりも年上という事で、良く皆様のお守りをしてくれていた。やんちゃな男の子ばかりを相手にしていたせいか、多少勝ち気で、口よりも手の方が早い女性に育ってしまったが、頭も良くて美人だし、色々な武術を習得し、良く私を助けてくれている、自慢の娘だ。彼氏の敬吾君は、私の親友で天宮家の運転手を務めている本城の息子で、立派な青年だと分かってはいるが、父親としてはもう少し娘を手元に置いておきたい……ゲフンゴフン。余計な回想をしてしまった。私も年かな?
奥様を搬送した救急隊員を何とか突き止め、主がお世話になったお礼を述べつつ、少女の事を聞いてみれば、名前だけは判明した。彼女は堀下冴香さんと言うそうだ。だがそれ以上の新たな情報は入手出来ず、彼らと別れた私は、一旦凛と合流する。
「こっちも多少は分かったわよ。デパートの店員さんが、特徴的な格好をしていた彼女の事を覚えていたの。アイスクリームを二つ、持ち帰りで買って行ったらしいわ。持ち運び時間は三十分くらいだって言っていたから、ドライアイスを付けてあげたんだって。」
「そうか。つまり彼女の自宅は、デパートから約三十分圏内にあると言う事だな。」
「だけど、この辺りは交通の便が良いから、三十分圏内って言っても広過ぎるわよ。もう少し情報が欲しいわね。」
再び手分けして、少女の目撃者を探す。地道に聞いて回っていると、特徴が一致する少女が、駅の方向に走って行ったと言う証言が得られた。
「範囲は広いが、この駅から三十分以内で行ける駅の、駅員さんに話を聞いてみようか。」
「そうね。彼女の外見は特徴的だから、自宅の最寄り駅の駅員さんだったら、もしかしたら覚えているかも知れないわ。」
これまた凛と手分けして、一駅一駅虱潰しに足を運び、駅員さんに尋ねてみる。私の方ではさっぱり成果が出なかったが、凛の方では覚えている駅員さんが居たそうだ。
「痩せ型で不揃いの髪の女の子が、高校の制服を着て、この駅から通学しているんだって。制服から高校も、彼女の身元も分かったわよ。」
流石だ。我が娘ながら仕事が早い。
突き止めた家の前で張り込んでいると、特徴が一致する少女が家から出て来た。気付かれないように写真を数枚撮る。後はこの写真を会長達にお見せして、記憶にある少女と一致すれば仕事は終了だ。
「……ねえお父さん、あの子の歩き方、ちょっと変じゃない?」
凛に訊かれ、私はもう一度少女を注視する。言われるまで気付かなかったが、少女は確かに、僅かばかり右足を引き摺るようにして歩いていた。
「確かに、右足を引き摺っているようだな。怪我でもしているのか?」
「お父さん、もうちょっとあの子の後、追ってみよう。」
凛に促され、少女を尾行してみたが、近所のスーパーで食材を購入し、真っ直ぐに家に帰っただけだった。
「別に、不自然な所はなさそうだが……。母親の手伝いで、夕飯の買い物をしただけじゃないのか?」
「不自然よ。母親は専業主婦の筈なのに、何で足を怪我している娘に買い物をさせているの? 自分で行けば良いじゃない。……あの子の家族構成とか、きちんと調べた方が良い気がする。」
眉を顰める凛に、私は頷いた。
私自身は確証を得られないが、こういう場合、凛の読みは当たるのだ。女の勘、という奴だろうか。
そして調べてみると、彼女が継母と異母姉に虐待されていると言う、驚愕の事実が分かってきた。それを報告すれば、会長は大激怒。至急、二人を何時でも刑務所に放り込めるくらいの、動かぬ証拠を掴んでおけ、と命じられ、家から漏れ聞こえる罵声の録音や、彼女の身体の状態を撮影、挙句の果てには、彼女の家に隣接する空き家を買い取って、十分に証拠能力のある写真や動画を用意した。正視に堪えない、思い出すだけで胸が悪くなる日々だった。
「お父さん、更に最悪な事が分かったんだけど。」
継母と異母姉の方を嗅ぎ回っていた凛から、苦虫を噛み潰したような顔で渡された資料に目を通した私は、怒りで手がブルブルと震えた。
「何だ、これは……っ! あの娘、父親の血を引いていないのか!?」
凛に渡された資料は、異母姉のDNA鑑定書。そこには、堀下社長と娘の舞衣には、親子関係は認められなかったと書かれていた。
「あの継母、恋人同士だった冴香ちゃんのお父さんとお母さんの仲を、妊娠したって言って無理矢理引き裂いたらしいのよ。その頃の継母の男関係が割と派手だったから、もしかして、と思ったんだけど、調べて正解だったわね。」
「良くやった、凛。……だが、どうやって鑑定用のサンプルを手に入れたんだ?」
「父親の方は単純そうだったから、髪にゴミが付いていますよ、って声を掛けて取る振りをして。娘の方は疑われないように、Mistの霧島さんに協力してもらって、カットモデルを口実に誘い出したわ。」
ふむ、父親の方は単純そう……って、まさか色仕掛けとかしていないだろうな!? もしそうだとしたら、いくら仕事だとは言っても、お父さんは悲しいぞ……。
こうして苦労して揃えた証拠は、冴香さんの希望で、一時は永久にお蔵入りになるかと思われた。だが結局は日の目を見る事となり、今も何かあった時の切り札として有効活用されているので、私達の努力は報われたのだと思う。そして何よりも、今目の前で、冴香さんが楽しそうに笑っている事が嬉しいのだ。
「おーい、ミイ……あっ逃げやがった!」
「大河さんはミイちゃんに好かれませんね。おいでーミイちゃん。」
「くそっ。俺もこいつは好きじゃねーから良いんだよ。」
「相変わらず大河さんは器が小さいようですね。またピーマン尽くしの献立を考えましょうか?」
「なっ!? 横暴だぞお前!!」
温泉旅行のお土産を会長の家に届けに来てくれた冴香さんが、憤慨する大河さんを尻目に、庭先でミイを抱いて笑顔を見せている。以前は無表情で感情の欠片さえ窺わせなかった冴香さんが見せる、明るくて楽しそうな笑顔に、自然と口元が緩んでしまった。
そして大河さんの方も、つい最近までは、私達には取り澄ました顔しか見せていなかったが、冴香さんと出会ってからは、驚く程表情が豊かになっている。子供の頃から天宮財閥の跡取りとしての重圧を掛けられ、何時もつまらなそうな顔をしていた大河さんが、今はあんなに感情を露にして、笑ったり怒ったり呆れたりと忙しそうだ。
おまけに、あまり会話も無く、良くも悪くもなかった会長のお孫さん達同士の仲も、冴香さんを中心に良好になりつつある。皆で揃って温泉旅行に行くなど、以前なら想像も出来なかった事だ。冴香さんに自覚はないようだが、彼女と出会って、周囲の人々が確実に良い方向に変わっていっている。
ご本人も嫌がっていたし、素気無く断られる事が分かり切っているので、絶対に口にはしないが、冴香さんがトップに立った天宮財閥の姿も見てみたかったな、と思いつつ、目の前の微笑ましい光景を見守る、今日この頃である。




