可愛過ぎる冴香
大河視点です。
「凛!」
ロビーでスマホを弄りながら待っていた俺は、敬吾の声に、漸く来たかと顔を上げた。
女は着替えに時間がかかるものだと分かってはいるが、いくら何でも遅過ぎる。文句の一つでも言ってやろうかと思っていたが、真っ先に冴香の着物姿が目に入って、俺は目を見開いた。
白の着物に、桃色の帯。髪の一部を三つ編みにして、帯と同色の髪飾りを付けた冴香は、文句なしに凄く可愛い。思わず見惚れたまま硬直していると、広大と雄大が、俺よりも先に冴香に声を掛けてしまった。
「お……お前らなあ! 人の婚約者、口説いてんじゃねえ!」
慌てて二人と冴香の間に割って入る。
「別に口説いてねーし。思ったままの事を言っただけだしな。」
「そうそう。これくらいの事で怒るなんて、心が狭いよ大河君。」
雄大め。上等だ。喧嘩売ってるなら買うぞこの野郎。
俺は二人をギロリと睨み付ける。
「えーと、あの……大河さんも、勿論格好良いですよ。」
「『も』って何だよ! 『も』って!」
二人のついでに、取って付けたような褒め方を冴香にされてしまい、俺はつい声を荒らげてしまった。
「じゃあ、大河さんが一番格好良いです。」
ムッとしたように唇を尖らせながらも、尚も褒めてくれる冴香。不貞腐れたようにちょっと頬を染めているのが可愛くて、俺の怒りは何処かに飛んで行ってしまった。
「あ……ありがとうな。お前も、滅茶苦茶可愛い。」
遅くなってしまったが、着物姿を素直に褒める。
「そ……それはどうも。」
冴香は真っ赤になって黙り込んでしまった。
くそ、可愛い。滅茶苦茶可愛い。人が居なかったら思いっ切り抱き締めたい。
そんな事を思っていると、冴香が視線を外した。その視線の先を追ってみると、広大と雄大が笑っている。
「お前ら、何笑っているんだよ!」
二人への怒りが再燃して、逃げる二人を追い掛けていると。
「もう、止めなさい! 他の人に迷惑でしょうが!」
握り拳を作って一喝する凛に、俺達はピタリと動きを止めた。
「駄目だよ、凛。折角綺麗な着物姿なんだから、今日くらいはお淑やかでいよう。」
隣の敬吾が宥め、凛が頬を染める。
良いぞ、敬吾! 助かった! と思った次の瞬間。
「そう言う訳で、次に何かやらかしたら、俺が拳骨食らわせるからな?」
俺達の方に向き直った敬吾は、にっこりと笑うや否や、右手の拳を左の掌に勢い良く叩き付けた。
冗談じゃない! お前の本気の拳骨は、凛の数倍の威力があるんだよ!
青褪めた俺達は、慌てて首を縦に振った。
温泉街に繰り出した俺達は、まずは予約していた料亭で、遅めの昼食を摂った。山菜の天麩羅、川魚の焼き物、温泉卵、山菜の炊き込みご飯等、馴染みのある天麩羅御膳に舌鼓を打つ。この店が初めての冴香達も気に入ったようで、笑顔で食べ進めていた。女性にとっては量が多めであるにもかかわらず、食が細かった冴香が、多少苦しそうにしながらも綺麗に平らげていて、何だか感慨深くて目を細める。
「じゃあここからは、各自自由行動という事で! 直也、行こう!」
料亭を出た所で、麗奈が宣言した。新庄君の手を引いて行く方向には、縁結びで有名な神社がある。きっとお参りに行く気なんだろう。
「梨沙さん、あっちに可愛い小物屋があるんだ。一緒に見に行こう。」
「え……? あ、ちょっと!」
戸惑う谷岡の手を握り、案内して行く大樹。
「じゃあ、俺達も。久々にゆっくり見て回るのも、悪くないよな。」
「うん。お父さん達に、お土産買って行こうよ。」
手を繋いで、のんびり歩き出す敬吾と凛。
「俺達も行くか。冴香、何処か行きたい所あるか?」
「そうですね。初めての場所なので、色々見て回りたいのと、ジュエルの方々にお土産を買いたいです。」
「分かった。俺も会社の連中に土産でも買おうかな。」
楽しそうな冴香に、自然と笑みが零れる。
夕食は旅館で午後七時半から予約している。それまではゆっくり冴香とデート出来るだろう。そう思っていたのに。
「土産なら、良い店があるから案内するぜ!」
「行こう、冴香ちゃん!」
広大と雄大が、冴香の手を取ってしまった。
「お前らなあ!! 何で付いて来るんだよ!!」
慌てて二人から冴香を奪還しつつ、怒鳴り付ける。
「えー、だって俺ら二人で居ても何にも面白くないし。」
口を尖らせる広大。
「だからって、何も俺達と一緒じゃなくたって良いだろ!?」
「元々この旅行は、麗奈達が計画したものだから、二人の邪魔をするのは悪いし。僕達は谷岡さんとあまり面識がないし。凛と敬吾の邪魔をしようものなら、後が怖いし。そして何よりも、冴香ちゃんと居た方が楽しいしね。」
「俺達の邪魔をするのは悪くないってのかよ!?」
「大河君と冴香ちゃんは、四六時中一緒に居るじゃない。ちょっとくらい冴香ちゃんを貸してくれても、罰は当たらないと思うよ?」
平然と答える雄大に、頭を抱える。
あーもう! こいつら一体どうしてくれようか!?
「……それなら、一緒に回りますか?」
冴香の提案に、俺は愕然とした。
「お……おい冴香!?」
「折角皆で来ているんですから、良いじゃないですか。それに、私もここが気に入ったので、四季折々の色々な景色を見てみたいです。また今度、二人でゆっくり来る事にしませんか?」
笑顔を浮かべる冴香に、言葉に詰まる。
くそ……。そんな風に言われたら、断れないだろうが。
「……分かったよ。」
可愛い冴香のおねだりに、溜息をつきながらも、渋々口にするしかなかった。




