俺の幼馴染とその婚約者
大河の幼馴染、本城敬吾視点です。
昼休憩になって食堂に行き、定食を手にして、席を取っておいてくれた大河の元に向かうと、何やら難しい顔をしていた。
ふむ……。大河がこういう顔をしているって事は、さてはまた冴香ちゃん絡みで何かあったな?
「大河、今度は一体何があったんだ?」
「冴香に車を買ってやるって約束したのに、何だかんだ理由を付けて、また逃げ回られているんだよ。」
期待を裏切らない答えが返ってきて、俺はやはり笑ってしまった。じろりと大河に睨まれるが気にしない。
どうやら婚約しても、大河は冴香ちゃんに振り回されてばかりのようで、日々大河に愚痴を聞かされては、俺は笑い転げている。この間なんか、冴香ちゃんの頼みで、大河が執事服着て接客した、なんて話を聞いた時には、暫く笑いが止まらなかった。マジで酸欠になるかと思ったね、あれは。
「冴香ちゃんらしいな。確か婚約指輪もそんな感じで、未だに買わせてもらえてないんだっけ?」
「ああ。お蔭で一向に話が先に進まない。って言うか、冴香の事だから、あれは絶対にわざと進ませないようにしている気がするな。ったく。」
不貞腐れた表情で愚痴を零しながらも、冴香ちゃんお手製の弁当を口にした途端、条件反射のように頬を緩ませる大河に、俺はまた笑いそうになった。今まで女たらしだった大河が嘘のように、すっかり冴香ちゃんに骨抜きにされている。会長の差し金で、社長がいきなり婚約と同棲を決めて来た時は荒れていたが、今は幸せそうで何よりだ。
俺も結構頑張ったしな。冴香ちゃんが引っ越して来た日、万が一大河が家から追い出すような事があれば、ちゃんと保護してくれと頼まれて、大河のマンションの前で密かに張り込んだり、大河の家にお邪魔した時とか、飲み会の直後とかに、二人の近況を社長や会長に報告したり。谷岡さんが何か企んでいないか調べたり、凛とのデートを邪魔されたり……あれは腹が立ったけどな!
急に居なくなった冴香ちゃんを探して走り回った事もあったし、凛と一緒になって大河の家に泊まった事もあったし。いくら冴香ちゃんがいるとは言え、大河の家の食器が足りないんじゃないかと、急な出来事にもかかわらず、咄嗟に凛の分まで食器代わりの弁当箱を持って行ったあの時の俺、偉かった。お蔭で俺達まで冴香ちゃんの手作り弁当に有り付けたしな。
冴香ちゃんが襲われて、堀下工業を潰す為に色々調べたり、元従業員達の再就職先の調整に奔走したり、冴香ちゃんが家を出て行った時に大河をフォローしたり。色々大変だったけれど、まあ何はともあれ、二人が無事婚約し直してくれて良かったよ。俺も漸く安心出来る。
大河も落ち着きそうだし、俺もそろそろ、身を固めても良いかな? と凛の顔を思い浮かべながら、つい口元を緩ませてしまった。
「……おい、聞いてんのか、敬吾!」
「あ、悪い、聞いてなかった。」
大河に怒鳴られ、俺の思考は現実に引き戻される。
「ったく……。どうすれば、冴香に言う事聞かせられるか、って訊いたんだ。」
「うーん……。言う事を聞かせる、っていう考え自体が無理なんじゃないか?」
俺が指摘すると、大河は息を呑んで目を見開いた。
「大河と冴香ちゃんの主張が正反対で、どっちも譲らないから、一向に話が進まないんだろ。だったら、お互いに妥協点を探っていくしかないんじゃないか?」
「妥協点、ねえ……。」
「例えば車なら、高級車じゃ確かに冴香ちゃんが気後れしてしまうだろうから、車種は冴香ちゃんに任せる代わりに、新車の購入を承諾してもらう、とか。指輪なら、二人の希望価格の平均を取るとか、結婚指輪と重ね付けして、ずっと着けられるようなデザインにする、とかさ。」
「成程な……。」
俺が助言すると、真剣な表情で考え込む大河。
おーおー、冴香ちゃんの事になると、仕事よりも真面目だね。さて、どうなる事やら。また今度結果を聞かせてもらおう。
それにしても、女の子に対して冷めた考えを持っていた大河が、こんなに一途に冴香ちゃんを想うようになるとはな。幼馴染の変わりように、ついつい口角が上がってしまう。
「……何笑っているんだよ、敬吾。」
「いや、別に。」
冴香ちゃんは面白い子だから、これからも大河を振り回し、俺を笑わせてくれるに違いない。
まあ、どう転んでも、冴香ちゃんには敵わないような気もするが、せいぜい頑張れよ、大河。




