詐欺師が居ます
「麗奈さん、私何か余計な事してしまいましたか……?」
大河さんが広大さんと空き教室に行っている間、先程の事が気になった私は、麗奈さんに小声で尋ねてみた。
「ううん、そんな事ないわよ。本当に凄く助かるわ。でもまさか、大河君まで手伝ってくれるとは思わなくて……フフッ。」
麗奈さんは可笑しそうに笑いながら教えてくれた。
「私、取り澄ました感じの大河君しか、見た事なかったから。冴香さんのメイド姿を見て顔を赤くしたり、取り乱したり、冴香さんのお願いに弱い大河君とか、面白過ぎて……っ。」
麗奈さんはまた肩を震わせる。
取り澄ました感じの大河さん……って、どんな感じなんだろう? 私、逆にそっちは見た事ないんだけどな?
首を傾げていると、ガラリと後方の扉が開いて、大河さんが戻られた気配がした。気になって、衝立の向こうを覗きに行く。
黒の執事服の大河さんは、予想通り、いやそれ以上に格好良かった。スーツ姿はいつも見ているけれど、執事服姿だとまた別の格好良さがあって、白手袋をキュッと嵌めている仕草が本当に絵になっている。流石イケメン、何を着ても似合う。不貞腐れた表情をしていなかったら、もっと良かったのに。
「じゃあ大河君、接客時の注意点だけど……。」
「それはさっき、広大から聞いたから大丈夫だ。」
憮然とした表情で、雄大さんの説明を遮る大河さん。
本当に大丈夫かな? 接客には笑顔が欠かせませんよー、と不安になってくる。
だけど、衝立から一歩出た瞬間、大河さんは極上の営業スマイルを浮かべた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
新たに入って来た女性二人に、大河さんが挨拶すると、お二人は顔を赤くして黄色い歓声を上げた。その様子を間近で見てしまった私も面食らう。
何あれ。何なのあの笑顔。大河さんのくせに、滅茶苦茶格好良いじゃないか。
大河さんはにこやかな笑顔を浮かべたまま、紳士的に女性達を案内する。オーダーを取って衝立の向こうに立ち去る大河さんの背中に、女の人達は熱い視線を送っていた。お二人だけでなく、教室内に居る女性客全てだ。
うん、分かる。あんな笑顔を浮かべて声を掛けられたら、女の人なら皆一瞬で恋に落ちてしまいかねない。いつもの残念な大河さんとは全然結びつかないよ。これは詐欺だ。詐欺レベルだ。お巡りさーん、ここに詐欺師が居ますよー。
それにしても、と私はちょっぴり複雑な気分になった。
取り澄ました大河さん、ってあんな感じなんだろうか。私は家の中での三枚目な大河さんしか知らないけれど、一歩外に出て会社に行けば、さっきみたいな二枚目な大河さんになるのかな。そりゃ女の人にモテますよね。そうですよね。ちょっと、いや大分猫被り過ぎなんじゃないですかね。
「すみません、お会計お願いします。」
「あっ、はい。」
お客様に声を掛けられ、今はそんな事はどうでも良いと、お会計を済ませて送り出す。テーブルの後片付けを済ませると、また新たにお客様が入店された。
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
「うっわ、超可愛いじゃん!」
「本当だ、待った甲斐あったな!」
入ってくるなり歓声を上げ、私をじろじろと見て来る男性客二人に、私は思わずその場で硬直してしまった。
この人達、お酒臭い。酔っているのかな?
「ねえ君、一緒に写真撮ろう、写真!」
一人の男がスマホを取り出し、断る間もなく、もう一人の男が私の肩に手を回した。と思ったら、急に肩から手の感触が消えた。
「いててててっ!?」
「ご主人様、当店ではメイドとの写真撮影、及び接触は固くお断りしております。」
振り向けば、笑顔を浮かべたまま男性の手を捻り上げている大河さん。
わあ、笑顔なのに目が据わっていて怖いんですけど。
「約束をお守り頂けないとは、困ったご主人様達ですね。そんなご主人様達には、我々執事がお仕置きをしなくては。」
にっこりと黒い笑顔を浮かべて言ったのは雄大さん。
わあ、お二人共笑顔なのに怖過ぎる。
怖かったのは男の人達も同じだったようで、お酒のせいか赤くなっていた顔が、今は青くなっている。私は麗奈さんに呼ばれて、その場を離れた。
「冴香さん、後はあの二人に任せておけば良いわ。ごめんなさいね、怖い思いをさせてしまって。」
「いえ、私なら大丈夫です。寧ろ大河さん達の方が怖かったと言うか……。」
振り向けば、男の人達はそそくさと退店して行く所だった。
あれ、折角あの長蛇の列に並んでくださったんだから、せめてお茶して行ってもらえば良かったのに。
「おい、休憩は後どれくらいで終わるんだ?」
より一層不機嫌そうな気配を増した、表情だけは取り繕っている大河さんが、小声で雄大さんに尋ねる。
「悠樹さんと悠奈さん、兄さんが帰って来たら、次は新庄さんと麗奈と僕だね。」
「クソ、さっさと終わらせろよ。」
「そう言われても。」
雄大さんはまるで他人事のように肩を竦めた。
お二人がそんな遣り取りをした後、少ししてから後ろの扉が開く音がした。どうやら休憩に行っていた方々が帰って来たらしい。
入れ違いに、麗奈さん達が休憩に行かれる。新庄さんがしてくださっていた行列の整理は、悠樹さんが代わってくださった。広大さんの執事服は大河さんが着ているので、広大さんは雄大さんの執事服を着る事にしたようだ。
それからは、忙しかったけれど特に何かが起こる事も無く、麗奈さん達が戻って来たのを合図に、私達のお手伝いは終わった。
「ありがとう、冴香さん、大河君! 本当に助かったわ!」
「お二人共、本当にありがとうございました。」
「冴香ちゃん、良かったらまた来てね!」
着替えて服を返却し、皆さんと別れて再び大河さんと並んで歩き出す。お昼時を過ぎてしまったし、私もお腹が減ってきたな。
「冴香、二度と人前であんな短いスカート履くなよ。」
大河さんが機嫌悪そうに言いながら、手を繋いできた。
「こんな機会でもなければ、あんなミニスカート、自分からは履きませんよ。……そんなに見苦しかったですか?」
そんなに酷かったかな、と少しばかり落ち込んでいると、大河さんが慌て出した。
「ち、違う! 履くなら、俺の前だけにしておけって事だ。さっきみたいに、変な男共が寄って来るだろうが。」
「あれは偶々だと思いますけど。と言うか、それを言うなら大河さんだって、人前で猫を被り過ぎなんじゃないですか? 常日頃からちゃんと残念な中身を曝け出しておかないと、いざと言う時に詐欺師扱いされかねませんよ。」
「はあ!? 何だそりゃ!? どういう意味だよ!?」
詐欺師って何だよ!? 等と口煩く訊いてくる大河さんの質問には答えずに、私は少しだけ……ほんの少しだけ、大河さんと繋いだ手に力を込めた。
皆さーん。この人、イケメンだけど、中身はこんな感じで残念なんですよー。だから惑わされないでくださいねー。
昼食代わりになりそうな物を売っているお店を探して歩いていると、先程大河さんが接客をしていた女性達と出くわした。大河さんに熱い視線を送っていた女の人達が、今は呆気に取られたように、まだ憤慨している大河さんを眺めているのを見て、ちょっとだけ安心してしまった私は、やっぱり意地が悪いかな、と少しばかり反省した。
因みに後日、文化祭の時の写真を、麗奈さんがジュエルに持って来てくださった。メイド姿の写真は、ちょっと恥ずかしいけれど、楽しかった思い出の品になった。
「あ、後これ、大河君に渡しておいてくれる?」
麗奈さんから預かったのは、かなり年季の入った軽トラックに乗っている大河さんの写真。
「何時の間にかこの写真が出回っていて、『このイケメンは誰だ!?』って、ちょっとした騒ぎになっていたのよ。ついでだし、記念にどうぞ。」
「へえ……ありがとうございます。」
真面目な表情で写っている大河さんを見ながら、私はまた少し複雑な気分になった。
相変わらず大河さんはモテるよね。まあ、何だかんだ言ってもイケメンだし、仕方ないって分かってはいるけどさ。
……もし私がモテるようになったら、大河さんは、こんな風にやきもきしたり、心配したりとかしてくれるのかな? ……って、そんなの無理か。悲しいけど、そもそも私がモテる所が想像出来ないや。
「冴香さん、どうかしたの?」
唇を尖らせていると、不意に麗奈さんに尋ねられ、私は思わず赤面した。
「あ、いえ、何でもありません。……ただちょっと、大河さんが私にやきもちを妬いてくれるような事なんてある訳ないよなー、なんて事を考えていただけで……。」
笑って誤魔化そうとしたら、麗奈さんに凄く呆れたような、残念なものを見るような目で見られてしまった。何故だ。




