第五十七話 予想と違う展開です!
いよいよラテル一行は、魔王の潜む地下室へと足を進めます。
そこで待っていた予想だにしない展開とは……?
どうぞお楽しみください。
池の真ん中にある階段から地下に降りると、何やら禍々しい空気が満ちていました。
自然とラテル一行の身体に緊張が満ちます。
『よくぞ来た勇者よ』
「!」
地の底から響くような声。
身構えながら、ラテルは心の中で首を傾げました。
(何だろう、この違和感……)
そう考えている間にも、燭台に炎が灯り、鳥を模した仮面を被った魔王の姿が浮かび上がります。
『しかし愚かだな。大人しく自分の国だけを守っていれば良かったものを。わ、余の前に立った事でその命運は尽きた』
ラテルが横に立つソレイユにちらりと視線を送ると、ソレイユも小さく頷きました。
肩越しに目をやると、後ろに構えるエトワルとリュンヌも頷きます。
『はらわたを焼き尽くし、神の恩寵でも蘇れぬようにしてくれる! さぁ! 覚悟は良いか!』
魔王の咆哮と共に凄まじい魔力がラテル一行に吹き付けました。
しかしラテルは怯まず、大きな声で問いかけます。
「ねぇ!」
『何だ! 命乞いか!』
「君、女の子!?」
『何ぃ!?』
明らかに動揺する魔王。
すかさずソレイユが言葉を継ぎます。
「威厳を取り繕う為の芝居がかった言い回し。どうにも違和感が拭えない」
『う、うぐ……』
「それにその声は魔法で作ってんだろ?」
エトワルが指を弾くと、魔王の口元の魔法がぱきんと音を立てて壊れました。
「な、何をする貴様!」
「可愛い声。魔法で変えるのは勿体無い」
「な、何だと……!? き、貴様等、妾を女と知って何をする気だ! ま、まさか、よってたかって嬲りものにする気では……!?」
怯えた声に変わる魔王に、ラテルが明るく手を振ります。
「そんな事しないよ。僕達みんな女の子だから」
「何!? う、嘘をつけ!」
「嘘ではない」
「わ! 金髪美人!」
「ここでそんな嘘つく意味ねーだろ」
「あ、赤髪の美少女……!?」
「自分達も昨夜知ったばかりだけど」
「……黒髪短髪美女……」
ソレイユが兜を、エトワルが仮面と帽子を、リュンヌが覆面を取ると、魔王は絶句した後、その仮面を外しました。
「……貴様等の言う通りだ。妾は魔王の娘……」
紫色の髪と瞳を持つ幼い顔立ちに、ラテルはにっこりと微笑みます。
「やっぱり魔王の身内だったんだ……」
「何故わかった……?」
「僕も勇者の娘だけど、息子として育てられて色々無理してたから、君の声を聞いた時何となくそうかなって」
「そうか、お主も……」
諦めとも安堵ともつかない溜息をつく魔王。
そこに三人も続きます。
「私も騎士の家に生まれたが、他に男子が生まれず、男として振る舞う事を強いられてきた」
「そうか……。生まれというものは難儀だな……」
「俺様も男のふりをしてきた。魔法使いの世界じゃ若い女はそれだけで差別されるからな」
「わかる……。何故女というだけで低く見られねばならぬのだろうな……」
「自分も里で一番強い。でも言われるのは優秀な子を生めとだけ。うんざり」
「妾も年頃になっておったら、そのように扱われておったかも知れぬ……」
魔王は三人の言葉に深い共感を示しました。
身体を大きく見せる為の衣装を脱ぎ、魔力で浮かせていた身体を地につける魔王。
ラテルが歩み寄り、魔王の小さな手を取ります。
「魔王もやりたくないけどお父さんがいなくなったから、仕方なく魔王をやってるんだよね?」
「う、うむ……。父が先代の勇者と激闘の末、地底へと消え、代理を務めておった……」
「……僕のお父さんと魔王のお父さんが……」
「相討ちだったのか……。ヴァーラント殿……」
「んで、お前が跡を継いだって訳だ」
「あぁ……。部下達が魔王不在では人間に殺されると混乱しておったからな……。父譲りの魔力と趣味の読書で得た知識で、何とか魔王をしておった……」
「では侵略の意思は」
「……ない。本当はいつ人間が襲ってくるか、怖くて怖くて……! だから魔物を生み出して戦線を維持できた所から、配下の者達を少しずつ地底に戻して……」
「それでお城に魔物しかいなかったんだ……」
「だが大魔王様の命令を達成できなかった妾は帰る訳にもいかず、罠と魔物を配置して、ここに隠れておったのだ……」
震える手にソレイユ、エトワル、リュンヌの手が重なりました。
「ならばもう戦う理由はないな」
「けっ、こんな可愛い魔王ぶっ飛ばしたら、俺様の方が悪者だぜ」
「一件落着」
魔王は驚いて目を見開きます。
「わ、妾は仮にも魔王だぞ……? 討伐して名を上げようとしていたのではないのか……?
「あ、そう言えば……」
それぞれに事情がある事を思い出したラテルが目を向けますが、
「何、魔王を説得して和平に漕ぎ着けたとなれば、騎士としては十分すぎる功績だよ」
「俺様は本気出せば、権威主義のじじい共なんか蹴散らしてやれるしな。……その、お前らから勇気ももらったし……?」
「自分もこの国で生活できる確信を得た。里には戻らないから手柄も必要ない」
三人の明るい言葉にラテルはにっこりと微笑みました。
「僕達は平和になればそれでいいんだし、それなら君とここで友達になっても同じ事じゃない?」
「友、達……」
魔王の目から涙が溢れます。
嗚咽に震える身体を、囲んで抱きしめる四人。
「……ねぇ、僕はラテルって言うんだ」
「私はソレイユ」
「俺様は大魔導師エトワル様だ!」
「リュンヌ」
「ラテル……、ソレイユ……、エトワル……、リュンヌ……」
噛み締めるように繰り返す魔王の背を撫でながら、ラテルが慈母のように問いかけます。
「君の名前は?」
「……ジューヌ。妾の名はジューヌじゃ……!」
「よろしくジューヌ!」
こうしてこの国の歴史には、こう記される事となったのです。
『勇者ラテル一行は魔王と和解し、世界に平和をもたらした』と……。
読了ありがとうございます。
ジューヌはフランス語で『幼い』を意味するjeuneから。
さてこれにて一件落着の予定でしたが、もう一話エピローグを挟んで完結となります。
次回もよろしくお願いいたします。




