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第五十三話 心の声は強敵です!

心の声が音として聞こえるという洞窟『星の腹』。

魔王城に行く道具『天球儀』復活のためには、その中にあるという『蒼の鉱石』が必要になります。

ラテルは心の声の試練を乗り越え、『蒼の鉱石』を手に入れられるのでしょうか?


どうぞお楽しみください。

 ラテルは『星の腹』の中を進みます。

 手には『火球』の魔法を宿し、明かりがわりにして。


「これなら暗くても大丈夫だし、万が一魔物が出ても、すぐ投げつけられるもんね。僕ってやっぱり天才かも!」


 フイットの町で身に付けた技術が役立ち、上機嫌のラテル。

 暗闇を物ともしない様子で進みます。


「『蒼の鉱石』もそんなに深くない所にあるって言ってたし、さっと採って、さっと帰ろう!」

『こんな怖い所、早く出たいもんね』

「!? 今、声が……!」


 自分の声のような、誰かの声のような、聞いた事のない不思議な響きに、ラテルは慌てて周りを見渡しました。

 しかしラテル以外に動くものは何もありません。


「……これが、『星の腹の試練』、なのかな……」

『何だか気持ち悪いや……』

「! また……!」


 自分の心が漏れ出すような感覚に、ラテルは身震いをします。


『こんな所、一人で来たくなかったなぁ』

『そりゃ僕の秘密がばれるのは困るけど……』

『僕が勇者じゃなかったらなぁ』

『ソレイユとか代わってくれても良かったのに』

「う、うるさいうるさい!」


 ラテルは声を振り払うように走り出しました。

 しかし声は至る所から響いてきます。


『何で僕ばっかり頑張らなきゃいけないんだろう』

『勿論ソレイユやエトワルやリュンヌは頑張ってくれてる』

『でも世界の命運をこんな若い僕に任せるなんて』

『勇者の子どもだからって酷いよね』

「わあああ! やめろ! やめろぉ!」


 走っても、頭を振っても、声から逃れる事はできません。

 何故なら……。


『僕はこれが僕の本音だって知ってるから……!』

「やめてぇ!」


 絶叫するラテル。

 それでも声は止まりません。


『冒険が楽しい気持ちも確かにあるよ』

『でも怖い気持ちの方が多かった』

『女の子ってばれちゃいけなかったから、心から楽しめなかったもんね』

『本当は自由に冒険したかったのに……』

「もうやだぁ……。やめてよぉ……」


 もはやラテルの足は走るのをやめ、熱にうかされたかのように、ふらふらと進むのみでした。

 ラテルの目からは涙がこぼれ、しゃくり上げる音が洞窟の中に響きます。

 それをかき消すように続く声。


『女の子って事を隠すのも、本当に大変だよね』

『アフェリさんは女を武器にして商売していてすごかったなぁ』

『マーレさんは堂々と女って明かして海賊のお頭をやってたよ』

『女の子って事を隠してる僕とは全然違うや……』

「うぅ……! 僕は、僕は……!」


 拭う事もできない涙が、よろよろと歩く爪先を濡らします。

 手のひらの火球は、今にも消えそうなほど弱々しくなっていました。

 まるでラテルの心のように。


『そうだよ。僕はこれまですっごく頑張ってきたんだから、もう頑張らないで脱出魔法で帰っちゃおうか?』

『でもそうしたらみんなに失望されないかな……』

『大丈夫だよ。元々天球儀にこだわらなくても良いって言ってたし』

『でも信じて送り出してくれたんだよなぁ……』

「……」


 とうとうラテルの足が止まりました。


『大丈夫だよ。みんな僕に優しいから』

『きっと誰も責めないから』

『魔王城に行く別の方法を見つけてくれるから』

『頼れる仲間だから』

「……うん、そうだね……。だから……」


 ラテルの手のひらの火球がふっつりと消えます。

 真っ暗になった洞窟が一瞬静寂に包まれ、


「『だからこそ期待に応えたいんだ! 仲間だから!」』


 ラテルの声と洞窟の声とが唱和し、さっきよりも明るい火球がラテルの手に蘇りました。

 その意志に応えるかのように、壁の一角に輝く青い光。


「! あれだ!」

『良かった! これでこの嫌な場所から帰れるよ!』

「うん! そうだね! もうこんなところはこりごりだ!」

『でも大事な事を思い返せた! ありがとう!』

「それは僕が言いたかったんだけど……」


 くすりと笑ったラテルは、壁から生えるように出ている青い石を剣で掘り出します。

 それを手に握ると、ラテルはすかさず詠唱を始めました。


「閉ざされたこの場所から我が身を解き放ち、空と風とに触れさせたまえ! 脱出魔法!」


 魔法の光に包まれるラテル。


(ありがとう、みんな……。僕に勇気をくれて……。僕を勇者にしてくれて……。だから僕も、みんなに勇気を示すんだ……!)




 その頃『星の腹』の入口では。


「……ラテルが入ってからどれくらい時間が経った……?」

「……三十分だ」

「心配」

「……『蒼の鉱石』はさほど深くないところにあると言っていたから、見つけてすぐ脱出魔法を使えばもう戻ってきてもおかしくはないが……」

「……どうする? た、助けに行くなら……、だ、脱出、魔法を、つ、使えるのは、おおお俺様だけだから……」

「自分ならラテルを抱えても三十分以内に戻れる」

「……精神が無事であれば、な……」


 ソレイユの言葉に三人を重い空気が包みます。


「畜生! やっぱり俺様がこの洞窟ごと吹き飛ばしてた方が良かったんじゃねーか!?」

「滅茶苦茶。でも気持ちは分かる」

「信じるしかないのか……」

「だがここはなぁ……」

「不安」


 気を揉む三人。

 そこに、


「お待たせー!」


 『蒼の鉱石』を手にしたラテルが戻って来ました。


「ラテル!」

「ラテル! 無事か!?」

「元気そう。良かった……」


 駆け寄る三人。

 それをラテルは満面の笑みで迎えます。


「ほら見て! これ『蒼の鉱石』!」

「あぁ! 見事だ! すごいぞラテル!」

「えへへ……」

「おい、ラテル、その、し、試練はどうだった……?」

「最初はちょっと落ち込みそうになったけど、みんなの事思い出したら大丈夫だった!」

「うぇ!? お、おう、そ、そりゃあ良かった……。うん、良かった!」

「ラテル。心配した」

「ごめんねリュンヌ! でも大丈夫! みんなのお陰で頑張れたよ!」

「うん。無事ならそれで良い。うん」


 こうしてラテルは無事『星の腹』から『蒼の鉱石』を持ち帰る事に成功したのでした。

 大きな勇気と共に……。

読了ありがとうございます。


精神攻撃を仲間の絆で乗り越える展開は胸熱です。

もっとも他の三人だったら、ラテルとの絆があってもこうも簡単に乗り越えられるかわかりませんが……。


ちなみに「引き返せ!」連呼の後に行き止まりで、「人の言葉に従うもまた勇気」な展開も好きです。


残り二話プラス一話で完結予定です。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラテルくんが試練を乗り越えたところが、自分の心の嫌な本音から仲間を大切に思う気持ちに変わっていくところが好きです。 洞窟の声とまるで会話をしているようになって、それは自分が言いたかったと…
[良い点] ウルウルしちゃいましたよ。 さすがラテル! (実はもっと能天気に、純粋なラテルなら大丈夫だと安心しきって読み始めたのです) 完結近いのですか? 嬉しいようで淋しいような。 引き続き頑張って…
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