第二十九話　海洋交易都市に着きました！

　夕日が赤く染める水平線。

　橙色の光を背に、港に向かって帰って来る船々。

　かと思えば夜の漁に出るのか、港を出る船も見えます。

　そんな船の出入りで、港近くの市場は賑わっていました。

「わぁー！　すごいねー！」

　目的地である海洋交易都市に到着したラテルは、その賑わいに歓声を上げます。

「フイットは世界でも有数の港町だからな。世界中の珍しいものが集まるそうだ」

「こういう町には旨い飯と酒があるんだよなー！　早速夕飯と行こうぜ！」

「まずは宿の確保」

「うん、そうだね！」

　トローワの町で三部屋しか取れなかった経験から、ラテル一行はまず宿の確保に向かう事にしました。

（またお風呂付きの部屋があるといいけど……）

　ラテルはそんな淡い期待を抱きます。

　しかしそれが難しい事も、ラテルはよくわかっていました。

　大抵の宿には風呂は付いていますが、そのほとんどが客全員共用の風呂で、男女で分かれているのが普通です。

　男のふりをしているラテルは、男湯にも女湯にも入れません。

　ドウの村での貸切風呂や、トローワの町での部屋付き風呂を、ラテルは頭の中から追い出します。

（……一人部屋が取れたらお湯の桶を借りて、布で身体を綺麗にしよう……）

　そう決意して宿を探すラテルの視界に、

「んんっ！？」

　目を疑うような看板が飛び込んできました。

「どうしたラテル」

「何か面白いもん見っけたか？」

「興味ある」

「え！？　いや、その、大した事じゃ、ないんだけど……」

　ラテルが指差した先には、

『全室身体洗い場あり！』

『個人用身体洗い場完備！』

『大浴場が苦手な方は当宿へ！』

　といったいった看板がずらりと並ぶ宿屋街。

　しかもその下に示されている宿代は、特別高いものではありません。

「へぇ！　どの宿も風呂付きの部屋を売りにしてんのか！　いい町だな！」

「この町好き」

　エトワルとリュンヌが喜ぶ中、ソレイユ一人が冷静でした。

「……あぁ、そういう事か。ラテル、エトワル、リュンヌ。多分これは思っているのとは違うぞ」

「え？　ソレイユ、どういう事？」

　疑問を投げかけるラテルに、ソレイユは穏やかに答えます。

「ここは港町。宿に泊まるのも船員が多い。そして船旅では水が貴重だから、風呂にはまず入れない」

「あー、そりゃそうだな」

「長期の船旅で数日、あるいは数十日風呂に入れなかった人間が、しかも複数で湯船に浸かったらどうなると思う？」

「阿鼻叫喚」

「だから各部屋に『身体洗い場』を付けたのだろう。つまり湯船はなく、水で身体を洗い流す設備が付いているだけなのだと思うぞ」

「そっか……」

　若干の落胆がラテルにのしかかりました。

　それでも人目を気にせずに身体を洗えるのは、ラテルにとって大きな利点です。

「じゃあ四人それぞれの部屋が取れる宿を探して、そこに泊まろう！」

「あぁ、そうだな」

「んー……、俺様としては風呂がある部屋がいいんだが……、ま、そいつは贅沢か」

「同意」

　こうしてラテル一行は、宿を探しに宿屋街へと向かいました。

　港町の宿屋の本当の恐ろしさを知らないまま……。