戦闘メイドの八つ当たり side第三王子
第三王子だが一番王太子に近いと言われていた私に、乱暴な口を利く者など、いなかった。今までは。
「本っ当にさぁ! 勘弁して欲しいんだけど!」
第四王子が部屋を出て行った途端に、メイドの顔つきが険しくなった。
「あいつが執事のままだったら、お嬢様が嫁に行った後に、アプローチしようと思ってたのよ。
それが、あんたが馬鹿やるから、フォローのために第四王子が必要になって。
王城に行ったから、同じ屋根の下じゃなくなったわけ。
お坊ちゃままであんたに引きずられて、阿呆なことして廃嫡になるじゃん?
そんで、お嬢様が跡取りになったら、あいつが『婿になるぞ』って張り切っちゃって。
お嬢様の婚約者、騎士団長の息子もあんたと一緒に馬鹿やったから、婚約はなかったことになったわよ。
もうもうもう、ふざけんな!
私が付けいる隙がなくなっただろ?!
謝れ。私に手をついて詫びろ」
いつ息継ぎをするのだろうか。一気にまくし立てられた。
「お、王太子が簡単に頭を下げてはいけないんだ」
「はぁ~? 王太子になり損ねたんじゃん。
なり損ねってことは、つまり、なれなかった。もう、なる見込みがないってことでしょ」
すごい。ざくざくと胸をえぐってくる。
「そんなふうに言わなくても……」
「じ・じ・つ、ですぅ~。今、立太子の行事の真っ最中じゃん。
あんた、会場にいることすら許されてない。それを理解しろ、噛みしめろ。
そんで、土下座しろっての」
「なんて乱暴な女なんだ」
「はいぃ~? あんたのスケよりマシですけどぉ。
あいつ、気に入らない平民とか蹴るからね。あいつが来たときにお世話係になった侍女とかメイドの足を見てみな。
青あざができてるから」
「そういえば、最近、入れ替わりが激しい……」
「『わたしがぁ、元平民だからぁ、言うこと聞いてくれないんですぅ』とか言ってるんだろ?
そんで、あんたもそれを真に受けてクビとか言っちゃって。ば~か。
正式に婚約してないのに王族気取りで、何様よ。
侍女頭もわかってるから、クビにしないで離宮に配置転換してるよ。どうせ、顔も覚えてないからバレないだろって」
「それは、よかった……。いや、よくないのか?」
「あんたが馬鹿で、舐められてるって話だね。
仕事ができる人は高位貴族に引き抜かれてく。そのことも、あんたが王族に相応しくないと判断された材料の一つだ。
王家の評判を落とし、快適な生活を阻害した。あんたと、浮気相手が。
王妃の背中に隠れて、本当に何も見ようとしてないんだね」
彼女は首を振って、大きなため息を吐く。
「人は、欲しいものがあったら、努力して手に入れるんだよ。
あんたみたいに姑息なことをやる奴は、嫌われる。
皆の前で婚約破棄ってさぁ、はっきり言って最低だよね。」
「嫌われ……る?」
嫌われていただろうか。
周りに人がいて、誰かが言うことを聞いてくれる。それは人気があるからでは……。
婚約破棄がうまくいかなかったのは、元婚約者の家が食料を盾にしたからだと思っていた。
「第四王子は欲しいもののために、貪欲に頑張ってるよ。
今回のこの見張りだって、そのための交渉材料だし。
『うまくいったら、婚約させてください』って宰相閣下に頼み込んだ。
自分の命張って、未来を掴むんだって」
今、このメイドの世界に私は存在しないのだろう。思うままにしゃべり、私がどう思うかなど気にしていない。
こんなふうに無視されるのは初めてだ。
なんだか……寂しいな。
「は~、かっこいい。惚れ直しちゃう。
十歳まで、お母さんと下町の食堂で生活してたんだよ。
お母さんが亡くなって、宰相に引き取られた。
そこで私と出会ったんだけど、執事見習いとして貴族のマナーをイチから学んでさ。努力家なんだ」
メイドは突然壁際に寄って、窓の外を見た。
エプロンから細長い物を取り出し、金具を取って窓から投げ捨てる。
閃光が走って、悲鳴があがった。
メイドは一瞬窓から顔を出し、素早く引っ込めた。そして、ニヤと嗤う。
「こういうの、無駄死にって言うよね。指揮官が頭悪いの気の毒~」
彼女は、何を思ったのか、ぱっとこちらに顔を向けた。
「あんたの母親と祖父の昼餐には、遅効性の睡眠薬が入ってるから。
帝国に留学させるって聞いて、ぎゃーぎゃー騒がれたら面倒だもん」
「私が、帝国に行くのか?」
「そー。まあ、厄介払いだよね。
元婚約者に復縁を迫ったり、見苦しいコトされても困るしさ」
何もなかったかのように、おしゃべりを再開した。爆弾のような物を使っても、平気な顔をしてる。
なに、この子?
「あのさぁ。あんたの暴走をフォローするために、第四王子ってことを公表して、学園に入学しなきゃいけなくなったんだよ。
高位貴族の子息たちには尻拭いできないレベルでやらかすから。
それと、あんたがいかに王太子に相応しくないか、比較対象としてあいつが選ばれちゃったの」
分かってる?とすごまれたので、首を縦に振る。何が何やら、もう分からないけれど。
「つまり、私の恋路を邪魔したのは……」
目が据わって、今にも背中から何かが飛び出しそう。
「……あんただ!」
メイドが指を突きつけてきた。目が血走ってて、怖いぃ。
「お嬢様が手に入らなくて泣いてるところを、私が慰めようと思ってたのに。
あんたは勝手に婚約破棄して、王様を怒らせて廃籍になっただろ。
あんたの腰巾着やってた騎士団長の息子も家から縁を切られて、お嬢様との婚約がなくなった。
あいつは振られるどころか、チャンス到来って張りきっちゃってんですけど。どうしてくれるんですかね。
この大馬鹿野郎が。クソ野郎。馬ぁ―鹿!」
ちょっと待って。
私の側近たちも、ひどい目にあっているのか。
宰相の長男が廃嫡された?
騎士団長の息子は宰相の娘と婚約していたが、それがなくなった。
宰相の後継ぎはその娘に替わって、第四王子が婿の座を狙っている?
そして、聞き捨てならないのが……。
「廃籍? 王族じゃなくなる……僕が?」
「ああ。今日、ついでに発表されるってさ。
昼餐会のあとの行事で、王妃が出席できなくなってから」
なんてことだ。謹慎して、父上のお怒りが解けるまで待っていればいいのかと……。
異母兄上の失態を待って、王太子の座を奪えばいいと母上と祖父様がおっしゃっていて……だけど、二人ともこいつらの手に落ちたのか。
扉の外から軽く足音が聞こえた。
メイドは手で髪の毛を整え、スカートの裾を整えた。眉間のシワが消え、なんなら頬を染めて、口元を動かして微笑みを作る。
だが手には短刀が握られていて、ミスマッチにも程がある。
「おう、戻った。ありがとな。なんか盛り上がってた?」
「え~、第三王子殿下に『しっかりしなよ』って説教? ってゆーか、激励?
この後も見張り、頑張ってね。
じゃ、また後で」
一オクターブ高い声で、媚びるようにして戦闘メイドは出て行った。
激変。
怖い。今の、何だったの?
なんか……妖怪?




