お昼の祝砲
王太子即位の祝砲があがった。
ドーンと大気を揺るがし、それは王城の北の塔にも届いた。
第一王子の異母兄上が無事に立太子なさったのだと、胸が熱くなる。
私も第四王子として参加を打診されたが、この北の塔からお祝いの気持ちだけを送ろう。
大事なお役目をいただいたので、その信頼に全力で応えるべきだと考えた。
それは、目の前で、口汚く喚いている第三王子の監視役。
現在の正妃の一人息子。
不敬罪だと喚き立てられたら心が萎んでしまうような人間には、任せられない仕事だ。
「僕の立太子の儀を乗っ取ったな!」
うるさい。石の壁に声が微かに反射する。
「乗っ取ったのではありません。貴方は不適格だと判断され、降ろされただけです」
前正妃の子どもである、第一王子と第二王子は王族の自覚がある立派な方々だ。
前正妃が亡くなったあと、後妻として正妃になった女の息子がこいつだ。
俺は国王が侍女に手を出して産まれた、第四王子。
こいつがまともだったら、表舞台に立たずに暮らしていくはずだった。
王立学園でこいつが馬鹿を晒したせいで、色々と調整する必要が出てきたんだ。
ガツッ。
窓枠に鉤爪がかけられた。
慎重に手鏡を使って下を覗き込めば、鉤爪にはロープがついていて、その先に人影がある。
腰から剣を抜き、腕を伸ばしてロープを切った。
一瞬の間を置いて、何かが潰れるような音がした。
自分が落ちる前にロープを切られるのを見ただろうに、悲鳴を上げなかったのは偉いと思う。
「残念でしたね。囚われのお姫様の救助に失敗――ってところかな」
現在の王妃には、この第三王子しか子どもがいない。
彼女の実家の侯爵家は、この男が命綱とでも言うように奪還しようと試みてくる。
「難攻不落の北の塔を相手にして、頑張るなぁ」
俺は、ネコがネズミをいたぶっているような気持ちになった。
いや、気を抜くとネズミに逃げられることもあるから、気を引き締めないと。
タタタッと塔を昇ってくる足音が聞こえた。
俺はパッと身構える。
第三王子は期待に顔を輝かせた。
「第四王子殿下、お昼を持って参りました」
俺の分の食事を持って、顔なじみのメイドが現れた。
国王の庶子だということを秘密にして、宰相の家で執事見習いをしていたときの同僚だ。
「昼餐のお裾分けか。美味そう。ありがとな」
指輪を毒味モードにして確認。物理的にも魔術的にも毒はなし。
片手で食べられるように、パンに具が挟まっている。その具が絶品だ。
この肉、昼餐のメインディッシュに使う奴じゃないかな。
「私の分はどうした?」
第三王子がメイドに問う。
「申し訳ございませんが、第三王子殿下の分は承っておりません」
「なんだと?」
苛立った声があがる。
こいつは、今、初めて空腹というものを体験しているのかもしれない。
腹が減ると、怒りっぽくなるよな。
「あんたは夜に予定が入ってるから、昼飯抜きなんだよ」
もう、敬語を使うのも面倒くさいから、いいか。
「なんの予定だ? 昼を食べても晩餐に支障はないだろう」
器用に片眉を上げる。
「すごぉい。この状況で晩餐に呼ばれると思ってるんだ」
メイドが感心したように漏らした。
「ある意味、大物だよな」
俺は一口ずつ味わいながら、からかう。
最近のストレスの元は、コイツだった。
暇つぶしにチクチク虐めてやろうか。
あえて、現実を知らせるように会話を聞かせる。
「塔の下の方は、どんな感じだ?」
メイドに確認する。彼女は俺と自分の分の紅茶を淹れ始めた。
「まあ、追い詰められてるから、全力で来るよね。
昼までに侯爵家の王都に集結した戦力の六割を突っ込んできた感じ。
領地に残してる戦力は把握できないから……午後にも仕掛けてくるなら、全滅してでもお坊ちゃまを確保して、領地に逃げ帰って立て籠もる作戦だろうね」
「敵は正面突破のみか? 搦め手の作戦は?」
「さっき、当主の弟を捕縛したよ。これから自白剤投与するってさ。
当主の叔父がタウンハウスにいるけど、人望ないから指揮はできないと思う」
「当主は?」
質問を投げてから、淹れたての紅茶を味わう。石造りの塔は肌寒いので助かる。
「しれっと、昼餐に参加してます。
王妃も、その間に息子が救出されるって疑ってないみたい。」
「ええ~? 呑気というか、楽天的というか……」
「だから前王妃殿下の代わりができるとか、夢見ちゃったんでしょ」
「そっかー」
「なんの話だ」
「あんたの母方の実家が愚かだなって話。
あんたと共に潰れちゃうね。お気の毒様」
まったく気の毒と思っていないが、そう言っておく。
「なんでだ? 私は良心に則って、真実の愛を貫こうとしただけではないか」
俺はメイドと目を合わせて、笑ってしまった。
まだ、理解していないのか、と。
「あんたが婚約破棄したご令嬢の領地が、国一番の穀倉地帯だって分かってます?
国王陛下はお怒りですよ。本当は第二王子と婚約させたかったのに、あんたの母親が横取りした挙げ句……ですからね」
「三歳も年上なんだぞ?」
「それくらいなんだ。
逆に、ご令嬢はあんたの子守をさせられて、お気の毒でしたよ」
社交界で、学園で……あんたが馬鹿にするのに便乗した脳足りんどもがいたからな。
ご令嬢は嫌味を言われたり、軽んじられたり心を痛めつけられたに違いない。
「第二王子なら五歳年下……まあ、ありですよね。
これからはあんたから解放されて、ちゃんとエスコートしてもらって、ダンスも踊れるようになる。
彼女の人生はこれから輝くんだ」
「そうだね。第三王子のひどいセンスのドレスを着なくて済むし。壁の花じゃなくなるね」
「あれは、身の程を知らしめてやろうと……」
醜い言い訳だ。おや、腹が減ってきたのか、声が小さくなってきた。
「ええ? 確かにご令嬢に対する嫌がらせになってたけど、同時にあんたのセンスも疑われる、捨て身の戦法じゃん」
メイドが意地悪い顔をして、きっぱり指摘する。同じ女性として許せないらしい。
第三王子はなんだか悔しそうな顔をしているなぁ。でも、あんなに似合わないドレス、よく見つけてきたよな。
それに第三王子が絡まない茶会では、センス良いドレスを着るだろ。それに出席できる上位貴族は「第三王子のセンスって……」と知ってるわけだ。
「んじゃ、撤収しま~す」
メイドが昼飯を片づけた。
「ちょい待ち。トイレ行ってくる」
このあと、いつ見張りを交替してくれる要員が来るかわからないので。




