第4.5話 トロイントのステーキ(後編)
【料理】の力がおよぶ範囲は、料理に関係性があるか否かだ。
料理の作り方や食材はもちろん料理に関連する物に反応することが、この2年間【料理】を調べてわかった。こうして本物の魔獣を目にするのは初めてだけど、【料理】が反応したということは、このトロイントは食材か何かになり得る可能性があるということだ。
「ホントに食べられるの、ルヴィンくん」
「ちょっと調べてみますね」
【料理】を使用すると、例の文字が頭に浮かんだ。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
トロイントの解体方法③
まずは放血を行いましょう。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
僕は【料理】通りにトロイントの急所を探る。
しかし、すでにトロイントからは血が出つくしていた。どうやらアリアがとどめを刺し、運んでいるうちに血が綺麗に出て行ってしまったようだ。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
トロイント解体方法④
皮を剥ぎましょう。脚の付け根から胴体に向けて剥ぎます。
脂肪に沿って削ぐと、作業がスムーズに進むでしょう。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
簡単に言うけど、実際やってみるとかなりの重労働だ。
これだけ大きな猪の皮を真面目に剥いでいたら、朝がやってくるかも。
「ボクたちの出番だね。……マルセラ」
「秘書の仕事ではないのですが」
マルセラさんは手を出し、地面と水平に薙いだ。次の瞬間、トロイントを中心に突風が巻き起こる。反射的に目をつむった僕だったが、次に瞼を開けた時、トロイントの皮は剥がれ、綺麗な身が露わになっていた。すごい。アリアの一撃を受けてもびくともしなかった皮を一瞬で……。
やっぱり、アリアと同じくマルセラさんも只者じゃないんだ。
マルセラさんは僕の方に振り返ると、一振りのナイフを僕に渡す。
「切り刻むことは得意ですが、繊細な制御は苦手です。あとは頼みます」
「ありがとう、マルセラさん」
いよいよ解体本番だ。
皮を剥いだトロイントは、もはや大きな豚も同然。
豚の解体は、王宮でやったことがある。
ちょっと大きすぎるけど……。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
トロイントの解体方法⑤
お腹を裂き、内臓を取り出しましょう。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
「ここからが問題ですね。トロイントの肌はああ見えて硬い」
「魔力で強化されてるからね」
「手伝ってあげないんですか?」
「大丈夫。それにさ。自信があるみたいだよ、ルヴィンくん」
そんな2人の会話を僕は耳にできなかったぐらい集中する。
頭に浮かんだ【料理】を見ながら、僕は慎重にナイフをトロイントのむき出の肌に押し付けた。するとナイフは頑強な魔獣の肌にあっさりと沈んでいく。そのままゆっくりと腹を切り裂いた。
お腹にポッカリと穴が空く。そこから内臓を取り、沢の水をかけて洗浄する。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
ポイント 魔獣の解体について
魔獣は魔力によって身体を強化し、大きくなった魔獣です。
急激に身体を成長させたため、どこかに負荷がかかっており、魔獣は破裂しないように魔力を使って抑えています。したがって、その魔力の筋に沿って切れば、自然と魔獣の肌を切り裂けるのです。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
【料理】はその魔力の筋を教えてくれる。
僕はその筋に沿って、ナイフを入れ、四肢、頭、骨という感じで切り分けていく。
ホッと一息吐いた時には、トロイントはバラバラになっていた。
「すごいよ、ルヴィンくん。弱点だけじゃなく、解体までしちゃうなんて」
「まだまだだよ、アリア。まだ終わってない」
「わぁおん?」
「解体したら、食べないと」
僕は王宮から持ってきた荷物を馬車から降ろす。
王宮から脱出後、僕はアリアにお願いして、馬小屋に立ち寄ってもらった。
持ち出したのは、調味料だ。
「塩に、砂糖、胡椒。ビネガーに、魚醤もあるよ」
手持ちの調味料を使って、早速調理を開始する。
【料理】の力を使えば、なんでも作ることができるけど、残念ながら調理器具は限られているし、肉料理に欠かせないワインもない。
「なので、豪快にステーキにしましょうか?」
「おお! ステーキ!」
「トロイントのステーキですか?」
如何にも食いしん坊なアリアは当然として、普段クールなマルセラさんまで目の色を変える。魔獣のステーキという魅惑的な言葉だけで、2人とも唾を呑んだ。
焚き火を石で囲い、即席の竈を作る。
トロイントの赤身肉を適当な大きさに切り、さらに切れ目を入れて、中まで火が通りやすくする。そこに胡椒と塩を塗り込み、味付けをしていく。これは肉の臭みを取るためでもある。魔獣とはいえ、元は野生の動物。臭みがまったくないわけじゃない。
しばらく肉を寝かせた後、アリアと一緒に沢で石探し。
闇夜の中、苦労しながら平たい石を見つけると、即席竈の上に置いた。
これでいつでも焼くことが可能だ。
「脂身を石に擦りつけて、熱が入ったら……」
豪快に焼き上げる。
ジュッという音ともに、肉が焼ける香りがお腹を刺激する。
アリアも、マルセラさんも尻尾を揺らしながら、白煙を上げる肉を見つめていた。
ここで一工夫。近くに生えていたハーブを散らして、さらに肉の臭みを消していく。両面を、両側面をしっかり焼いて……。
「トロイントの豪快石焼きステーキの出来上がりです」
熱々の石の上で、脂がパチパチと踊っている。
白い湯気は激しく立ち上り、同時に焼けた肉の芳ばしい香りが鼻腔を突いた。
ナイフで切ってみると、またその断面が魅力的だ。
肉汁が蜜のように爛れ、熱い石の上でパンパンと弾けていた。
僕たちは早速、口を付ける。
「う~~~~~~~~~~ん!」
「わぉお~~~~~~~~ん!」
「あぁお~~~~~~~~ん!」
「「「おいしい!!」」」
声が揃った。
「肉質がやわらかい。旨みもあっておいしいですね」
「はっふ……。カリカリに焼けた表面と、中の肉のやわらかさがたまらないよ」
「魔獣の肉とは思えません。こんなにおいしいとは!?」
良かった。アリアにも、マルセラさんにも口にあったらしい。
焼き石の上のステーキがあっという間になくなり、お代わりも2人でペロリと食べてしまった。本に書いてあったから知っていたけれど、獣人の食欲って半端ない。特にアリアは夢中でトロイントのステーキを頬張っていた。
余ほどお腹が空いていたのだろう。全部ってわけじゃないけど、3分の1がアリアのお腹の中に消えてしまった。
アリアは思わず腹鼓を打つ。
「どう、マルセラ? 少しはルヴィンくんのこと見直しただろ?」
「なんであなたが得意げなのですか、アリア」
「ルヴィンくん、実はマルセラは君を王国に連れていくことに反対なんだって」
「アリア! 今、言わなくてもいいじゃないですか!?」
「むしろ今言うべきなんだよ。どうだい? これでもルヴィンくんはボクの王国にいらないと思うのかい?」
どうやら、アリアの冗談ではなく本当のことらしい。
無理もないと思う。僕は子どもで、しかも政治的にややこしい立場にあって、持っているギフトだって凡庸だ。マルセラさんが反対するのは理解できる。ここで放置しようと言われても、彼女には文句は言えないだろう。
「王子、トロイントのステーキとてもおいしかったです。ご馳走様でした」
「ありがとうございます。こちらこそお粗末様でした」
「その……。もし良ければ、また作っていただけますか? どうやら我が女王は大層あなたの料理を気に入っておられるようなので。毎日とはいわないので、週に1、2度でも構いません。女王のために腕を振るっていただけないでしょうか?」
「それは有り難いのですが、いいんですか?」
「はい。それにトロイントの件ではあなたのギフトが役に……」
「いや、そうじゃなくてマルセラさんの分はいいんですか?」
「私の――――」
マルセラさんの顔が急激に赤くなっていく。
尻尾を小刻みに震わせながら、何か耐えている。
え? もしかして、僕はマルセラさんを怒らせるようなことを言っちゃった? 確かに女性にお肉を入りませんかって訊くのは、配慮が足りなかったかもしれない。
「そのあなたが良ければ……。またステーキを作ってください」
「わかりました。じゃあ、僕はアリアの国に行ってもいいんですか?」
「もちろんです。あなたがそう望むなら」
マルセラさんは微笑み、そして手を差し出した。
僕は迷うことなく、マルセラさんの手を取る。
アリアの国で、僕の料理を思う存分震える。そう考えるだけで、心臓が弾んだ。
「マルセラ、ボクは決めたよ。ルヴィンくんにやってほしいこと」
「え? もしかして、料理人として雇うとか言いませんよね」
「いや……。ルヴィンくんにはもっと大役を担ってもらう」
「ボクの料理人……。つまり――――」
女王の料理番さ。
というわけで「女王の料理番」の爆誕です!
ここまで読んでくださりありがとうございます。
ブックマークと、後書き下部にある☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけたら幸いです。
創作の励みになります。よろしくお願いします。




