第4話 トロイントのステーキ(前編)
◆◇◆◇◆ アリアとマルセラ ◆◇◆◇◆
セリディア王国の手の者と思われる暗殺者の強襲。
さらに召喚魔術を使ったトロイントの出現。
それらの事件を躱し、エストリア王国女王アリアと秘書官マルセラは、無事セリディア王国を越えて、エストリア王国に広がる深い森の中に逃げ込んでいた。
馬車であと半日も走れば、エストリア王国の王宮に辿り着く。
しかし、その前に陽が暮れてしまう。アリアもマルセラも夜目が利く方だが、馬はそうではない。森の中は鬱蒼としていて、障害物が多く、夜駆けは危険と判断したアリアは、仕方なく野宿を選択した。
手分けして火を熾し、暖を取る。
夏の盛りだが、この辺りは北に位置し、すでに秋風が吹いていた。
「眠ってしまいましたね」
マルセラは薪をくべながら、アリアの太股の上で眠るルヴィンを見つめる。
特にアリアの尻尾がお気に入りらしく、丸めた尻尾をなかなか離そうとしなかった。
「色々あって疲れているのさ。ボクのために料理を作ってくれたり、トロイントの弱点を暴いたり、大活躍だったからね」
アリアは小さく寝息をつくルヴィンの額を優しく撫でる。
焚き火の明かりを受けて、はっきりと映ったルヴィンの顔を見て、アリアは「天使みたいだ」と言葉を付け加えた。
(まるで母子ですね……)
マルセラがそう思えるほど、アリアはルヴィンに心を許していた。
でも、マルセラ自身はそうではない。依然として、薄い水色の瞳は焚き火に当てられてなお冷たく、やや傾いた耳は警戒を露わにしている。
「あえて言います、アリア。王子、ここに置いて我々は先に行きましょう」
「マルセラはルヴィンのことが嫌いかい?」
マルセラの言葉を聞いても、アリアは動揺しなかった。
うっすらと笑みを湛えながら、そのルヴィンの頬を撫でている。
「あなたの指示通り、ルヴィン第七王子のことを調べました。彼は政治的に危うい立場にあります。唯一の肉親である父から見限られ、確たる後ろ盾もない。あなたは火中の栗を拾ったんですよ」
「たとえ火の中でも、向こうがいらないって言ったものを拾って何が悪いんだい?」
「後々政治的な口実に使われるのがオチです。戦争になるかもしれません」
「その時は、ボクたちがルヴィンくんを守ってあげればいい」
「本気なのですね」
「そうは見えない?」
まったくあなたは……、とマルセラは首を振る。
2人は長い付き合いだ。顔を見れば、何を考えているかわかるほどに。
マルセラは説得を諦めた。けれど、ルヴィンのことは諦めなかった。いずれ王国についた後、どうにでもできると思ったからだ。それがたとえ、無二の親友の怒りに触れることになろうとも。
マルセラは話題を変える。
「ところで、どうして食べなかったのですか?」
「もしかして晩餐会の料理のことを言ってる?」
「ルヴィン王子の言う通り、確かにわたくしたちの身体は脂を受け付けません。でも、あなたの胃は頑丈です。お腹を下すなんてことはないと思いますが」
「毒さ」
「……やはり、ですか?」
「かなり慎重に盛られていたけど、ボクたちの鼻を舐めていたね」
「予想していなかったわけではありませんが、よっぽど恨まれているんですね」
「あんなことをしちゃ、そりゃね」
7年前の終戦間際、アリアたちが与するヴァルガルド帝国と、その帝国に最後まで恭順の意を示さなかったセリディア王国との対決において、あんなことが起こった。
大陸おいて、No.1、No.2を争う大国同士の対決は、多くの時間と犠牲を伴うものだと当初予想されていた。帝国は再三再四使者を送って、停戦を申し出るも、現国王ガリウスはこれを拒否。ついに開戦の幕が上がるという時、1人の騎士がセリディア王国兵10万の前に現れる。騎士は大狼となって暴風を操ると、セリディア王国兵を震え上がらせた。
結果、10万の兵は敵前逃亡し、セリディア王国は大いに恥を掻くことになる。
こうして10年はかかると予測された両雄の戦闘は、たった1日で幕を下ろすことになった。これが『セリディアの恥辱』と呼ばれる出来事だ。
その大狼の正体こそ、アリアであった。
「あの時も、さっきのトロイントの時も無茶ばかりするんですから、あなたは」
「マルセラ、心配してくれているの?」
「し、していません!」
マルセラは顔を背け、恥ずかしそうに尻尾を振る。
「こほん。わたくしはともかく他の家臣も反対するかもしれません」
「ルヴィンくんのこと? 大丈夫さ。みんな、すぐに好きになってくれるよ」
「仲間の中には、人族をよく思わない獣人もいることをよくご承知でしょ」
「しー。その話はそこまでにしよう」
どうやら眠り王子が目覚めたみたいだから。
◆◇◆◇◆ 目覚め ◆◇◆◇◆
すぐに夢だとわかった。
空の上に、大きな花が開いていた。
花火? いや違う。でも、どの花もカラフルで、まるで万華鏡のようだ。
それと同時に聞こえたのは、誰かの子守歌だった。
フィオナ? それとも僕の母親だった人の声だろうか。
ともかく、とても美しく、幻想めいていた。
僕の母親ヘーレン・ルト・セリディアは、僕を産んですぐに亡くなった。
ギフトという奇跡を持って生まれてくるセリディアの血筋。その子を産む母親には、通常のお産よりも激しい負荷がかかる。母体が頑丈でなければ、死を伴うほど。僕の母親は身体が弱かった。それでも僕を産むことを望んだ。
だから、僕は母親の声を覚えていない。
ただ遠い記憶において、誰でもない誰かの声を僕は覚えていた。
それはもしかして、僕がまだお腹の中にいる頃に聞いた母親の声なのかもしれない。
「お母様……」
まだ微睡みにとらわれながら、僕は薄く目を開ける。
見えたのは焚き火の光が当たったアリアの顔と、大きく張りだした胸だった。
「うわぁ!」
反射的に飛び起きる。
顔面に急激に血液が集まってくるのを感じた。
「何をしてるの、アリア」
「……膝枕。知らないの?」
「知ってます! なんで僕に膝枕なんか」
「一国の王子様を地面に寝させるわけにはいかないじゃないか」
アリアは肩を竦めて戯ける。
慮ってのことだろうけど、どう見ても今、僕の反応を楽しんでいるようにしか思えない。
「マルセラの方が良かった? 悲しいなあ。ボクはルヴィンくん推しなのに」
「いたしません。秘書官の仕事外です」
「だってさ。ふられちゃったね、ルヴィンくん」
アリアは無邪気に笑う。
王宮でもどこか自由奔放な空気があったけど、今のアリアはまるで子どもだ。
でも、きっとこれがアリアの素なのだろう。
周囲を見ると、夜になっていた。
聞けば、セリディア王国の国境を抜け、アリアが治めるエストリア王国に入っているらしい。アリアたちとすれば、今日中にエストリアにある王宮に戻りたかったそうだけど、トラブルがあったことで、野宿せざるをえなかったのだ。
ひとまず安心と聞いて、僕はホッと胸を撫で下ろす。けれど、すぐに妙な気配を感じて、振り返った。
闇夜に光る双眸に、雄々しく曲がった牙を見つけた時、身が竦んだ。
「と、トロイント!!」
僕たちに襲いかかってきた魔獣が、すぐ目の前にいた。
魔獣の王と呼ばれる巨大魔猪を見て、僕は尻餅をつく。でも、一向にトロイントは襲いかかってこない。闇夜の中でその双眸をギラつかせている。
狼狽える僕を見かねて、アリアが説明してくれた。
「大丈夫だよ。ちゃんとトドメを刺してあるから。もうそいつは1歩も動けない」
「じゃ、じゃあ、なんでこんなところに……」
「それはね」
アリアは得意げに鼻を鳴らす。
「本国に帰ったら、みんなに自慢をするためさ」
真面目な理由があるかと思ったら、単なる自慢だった。
本当に自由だな、アリア。あと僕が言うのもなんだけど、子どもっぽい。アリアみたいな人が女王だと、横で頭を抱えているマルセラさんの気持ちがわかるような気がする。
「わざわざ現場から運んできた理由がそれですか?」
「こんな大きな魔獣なかなかないよ。それにほら。おいしそうじゃないか」
「無理です。魔獣を食べられるなんて聞いたことありません」
「いや、食べれると思いますよ」
次回実食!!
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