第38話 傭兵の一員
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◆◇◆◇◆
ブレイブさんたちを取り返すと、僕たちはその日のうちにルフタニア王国の王都を出た。馬車で走ることを数時間。野生動物が集まるオアシスを見つけると、そこで僕たちはアリアの耳や尻尾に縫った塗料を洗い流していた。
「ああ。さっぱりした」
アリアが塗料と一緒に汗を流す。
久方ぶりに露わになった尻尾をブルブルと動かして、水を切る。
人族に見えるアリアも綺麗だけど、やっぱり獣人の姿をしたアリアが一番綺麗だ。
アリアは頭の横につけていた義耳を取っていると、唐突にブレイブさんは頭を下げた。
「団――――アリア女王陛下、この度は拙者らを助けてくれてありがとうございます」
「そんなかしこまらなくていいよ。昔のままで。それにボクはほとんど何もしていない。君たちを助けたのは、ゼファだよ」
「そんなことは……。あ――すみません。あの時、思いっきり殴ってしまって」
「その心配もいらないかな。あれはボクなりの罰の受け方だから」
「罰の受け方?」
「作戦を立てたのはゼファだけど、命じたのはボクだ。しかもボクはその作戦の失敗の責任はおろか、君たちが生きているかもしれないという可能性すら考えずに置き去りにしてしまった。その事に比べれば、ゴルドなんてまだ可愛い小悪党さ」
それを聞いて、僕はある1つの可能性を考えた。
もしかしたら、アリアは最初からゼファさんが仲間を取り戻すためにお金を必要としていると、知っていたのかもしれない。
そもそも大事な国費を、なんの相談もなくゼファさんに渡すわけがないからだ。
罪の意識があったからこそ誰にも言わず、国費にそれも学校を建設するという大事なお金を、ゼファさんに託したのかもしれない。
「そんなことは……」
「そんなことはねぇ。あの状況で主戦派の策を見破り、ブレイブたちが生きているなんて判断できる司令官はいない。同じぐらい、愚直に責任を取ろうとする司令官もいないけどな」
「ゼファ……。その通りです、アリア団長。拙者らは決して団長を恨んでなんかいません。何よりこうしてまた団長の下で、あの森に帰ることができる。責任とかそういうのはどうでもいいんです。拙者らにはそれで十分なんです」
ブレイブさんの目から涙がこぼれる。
それをきっかけに他の獣人たちも、ゼファさんも涙を流した。
かくいう僕ももらい泣きしてしまう。
良かった。本当に。
涙するブレイブさんの前に、獣人の姿に戻ったアリアが立つ。
大きく腕を広げて、ゼファさんやブレイブさんたちを囲い込むようにギュッと抱きしめた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんんんんん!!」
まさに狼の咆哮を上げる。
アリアの目にも涙が浮かんでいた。
ひとしきり泣いた後、ブレイブさんは僕の方に振り返った。
まだ自己紹介をしていなかった、と思い出す。
「ゼファ、この子は?」
「ルヴィン・ルト・セリディア。訳あって、エストリア王国で預かってるそうだ」
「セリディアって……。あの……?」
7年以上経過しているとはいえ、ブレイブさんにからすれば、僕は敵国の王子様だ。それがアリアとゼファさんに付いてきているのを見て、さすがに奇異に映っただろう。
すると、アリアがウキウキでゼファさんから説明を引き継いだ。
「ルヴィンくんはね。ボクの専属の料理番なんだ」
「じょ、女王の料理番ってことですか?」
「そう。他にもルヴィンくんは凄いんだから」
「それは確かに……。あの剣術、見事でした。まるで歴戦の強者と対峙したような」
「そうだろそうだろ」
何故かアリアが胸を張る。
一瞬、ボクのなくしたギフトの力を出せたのは、ギフト【料理】で作った薬のおかげだ。一時的に呪いを解呪できるけど、一定時間しか効果がない。それに副作用もあって、使用は慎重に選ぶ必要がある。
「今回のももたろう団子の案を出したのも、ルヴィン殿下のおかげだ。お前ら、よくお礼を言っておけよ」
「そうだったのか。ルヴィン殿下、ありがとうございます」
頭を下げるブレイブに、僕は手を振った。
「僕はアリアやゼファさんが困っているのを見過ごせなかっただけです。あと、ルヴィン殿下はちょっと……。ルヴィンと呼んでください」
「拙者のこともブレイブと……。しかし、力が強くなる団子を作るとは、凄いですな」
あ、あれ? もしかして、ブレイブさんもももたろう団子が、人を強くする団子だと思ってる?
そっか。アリアはともかく僕が強くなった理由を知らないからか。
「あれは真っ赤な偽物だ。ももたろう団子なんてそんな都合のいい食べ物はねぇよ」
ゼファさんがあっさり内情を暴露する。
みるみるブレイブさん以下、獣人たちの顔が青くなっていった。
「え? じゃあ、拙者らここにいるのは不味いのでは」
「ああ。偽物だってわかったら、ゴルドもボルマン3世陛下も目くじら立てて、俺たちを追いかけるだろうな。最悪、戦争になる」
物騒なことを、ゼファさんは楽しそうに話す。
ゼファさんにとってゴルドさんは、煮え湯を飲まされた相手だ。それが今頃、ももたろう団子が偽物とわかって悶絶していると考えると、楽しくて仕方ないのだろう。
「というわけで、お前ら……。とっととずらかるぞ」
「だぁぁぁぁあああ! そういうことは早く言え! ったく、お前の作戦はいつもなんでこう危ない橋ばかりなんだよ」
「俺じゃなくて、発案者のルヴィンに言うんだな」
「ルヴィンくんをいじめたらダメだからね」
ゼファさんが笑い、ブレイブさんが頭を抱えて叫ぶ。
それを僕はアリアに抱えられながら、時に笑い、時に驚きながら見つめる。馬車の中はお祭り騒ぎだ。きっとアリアたちが戦争をしていた時も、こんな毎日だったのかもしれない。
僕は『番犬』時代のアリアたちを知らない。
だから、少し疎外感みたいなものを感じていた。
だけど今、僕はその『番犬』の中心にいる。
そんな気がした。
◆◇◆◇◆
ももたろう団子が偽物と知って、ルフタニア王国国王はさぞお怒りかと思ったが、その日アリアたちに追撃隊が送られることはなかった。それどころか、ルフタニア王国から兵が差し向けられることもなく、抗議の手紙もなかったという。
それには訳があった……。
「陛下! ももたろう団子はやはり真っ赤な偽物でした」
鼻息を荒くして、謁見の間に飛び込んで来たのは、奴隷商であり、ルフタニア王国の御用商人であるゴルドだ。自分でもももたろう団子を作ってみたところ、予想通り真っ赤な偽物であったことがわかった。
ゴルドは詐欺にあったと喚き立てる。
ついにルフタニア王国より追撃隊を出してもらうよう、王宮へとやって来たのだが、謁見の間に飛び込むなり、固まってしまった。
その目線の先にいたのは、山盛りとなったももたろう団子をパクパクと食すボルマン3世陛下の姿だった。
「へ、陛下?」
「どうした、ゴルド? なんだ、そなたも食べたいのか?」
「いやいや。そういうことではなく、ももたろう団子は」
「偽物という話か? よいよい。代わりに余はこの団子と出会うことができた。うまいのう。この弾力感と、蜂蜜と雷油を組合わせたタレは絶品。何個でもいけるわ。どうだ、そなたも1個」
「い、いりません。陛下、お考え直しを! 我々は詐欺にあったのですぞ」
「詐欺にあったのは余ではなく、そなたであろう。あんなむさ苦しい獣人よりも、よっぽどこの団子の方が余には魅力的な商品である。ぬふふふ……、うまいうまい。無限に食べられそうだ」
ボルマン3世陛下の手は止まらない。
ゴルドはそれを見ながら、膝から崩れ落ちるのだった。




