第36話 僕の出番?
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まだ原始文明の獣人王国を、一流国家にするため、ちいさな料理番が活躍します。
是非よろしくお願いします。
開始の合図を出しても、ブレイブさんも変装したアリアも動かなかった。
まるで達人同士の戦いを見ているような緊張感が鍛錬場に満ちる。
けれど、そんな空気を読めなかったのは、ゴルドさんとボルマン3世陛下だった。
「何をしている、ブレイブ! やれ!!」
「いや、待て待て。そっとだ。顔を傷付けないようにそっとだぞ」
2人ともあべこべな意味の言葉を叫ぶ。
一方、鍛錬場の中心に立ったブレイブさんたち奴隷と、アリアはじっと睨み合っていた。どちらも頻りに耳と鼻を動かす。おそらくだけど、心音と匂いでコミュニケーションを取っているんだと思う。
どうやら、筋書きが決まったみたいだ。
互いに微かに相槌を打つと、ブレイブさんが先に仕掛けた。
「御免!」
と言いながら、拳を振り抜く。
比べ合いと言いながら、武器はなしだ。
互いに素手での戦いとなったのは、ボルマン3世陛下の意向だった。
ブレイブさんの拳は、アリアの顔面を打ち抜く。
普段のアリアなら、難なくかわしたことだろう。
しかし、アリアの華奢な身体は鍛錬場の端まで吹き飛ばされた。
「おいこら! 貴様! か弱い娘を全力で殴るとはどういうことであるか?」
ボルマン3世陛下が喚くのだけど、困惑しているのはブレイブさんも同じだ。
黒い鼻が真っ青になっている。何か手違いでもあったのだろうか。
「団――――」
「失礼しました、旦那様方」
ブレイブさんが何か言いかけた時、女性は立ち上がる。
本人は平気といい、ペロリと垂れた血を舐めていた。
それを見て、ゼファさんは息を吐く。
「ご心配なく、ボルマン3世陛下。今のは女性が一般人であることを証明するためのデモです。本番はここから」
女性は懐から例のパウ団子を取り出す。
モチモチとした食感の団子を数回咀嚼した後、アリアはごくりと飲み込んだ。
「うっ!」と声を上げる。何事かとボルマン3世陛下とゴルドさんは身を乗り出す。すると先ほどまで微笑を浮かべていたアリアの姿が一変する。身体が一回り大きくなり、鋭く眼光を光らせた。
匂い立つような殺気に、普段アリアと接している僕ですら背筋に冷たいものを感じる。ブレイブさんたちもその豹変振りにおののいていた。
目を輝かせているのは、ボルマン3世陛下と当のアリアぐらいだろう。
「いくよ」
「ひっ!」
ブレイブさんや他の獣人の顔から血の気が引いていく。
もうこうなると、アリアの独壇場だった。
フッと僕たちの視界から消えると、獣人たちの背後を突く。
1人、2人と一瞬で倒し、さらに他の獣人たちに襲いかかった。
「ちょ! やり――――」
アリアの動きに、ブレイブさんも着いていくことができず、鍛錬場の床に沈む。その中心に立っていたのは、華奢な女性だけだった。
暴風のような動き。まさしくアリアの戦い方だ。でも――――。
(さすがにやりすぎじゃないかな?)
僕は苦笑いを浮かべる。
そっと戦いを見ていたボルマン3世陛下とゴルドさんを盗み見た。
2人とも口を開けて、眉間付近をピクピクと動かし固まっている。
これはさすがにバレたかもしれない。
パチパチ……。
拍手を送ったのは、ボルマン3世陛下だ。
「素晴らしい! 獣人を一蹴するとは。しかも元『番犬』の団員を!」
「し、しかし、陛下。あの娘、強すぎますぞ。何かおかしい」
「良いではないか。余は強くて美しい女子が好きである。余も蹴ってくれぬかなあ」
疑うどころか、大きなお尻を振って感動していた。
この戦いの趣旨を陛下は誤解しているように見えたけど、勝負は僕たちの勝ちだ。
これでゼファさんはブレイブさんやお仲間を取り戻すことができる。
「ボルマン3世陛下、見ての通りです。何を考えているかわからぬ獣人奴隷を配下とするよりも、ももたろう団子で最強の騎士団を作る方がよっぽど効率がいい。……陛下好みの騎士団を作ってみてはいかがかな?」
「うむ。ゼファとやら。見事である。ぐふふふ……。余好みの騎士団か。美女を集めてハーレム騎士団というのも悪くないのである。昼も、そして夜のベッドでも余の身辺を守ってもらうのだ。ぬははははは!」
笑い声を響かせる。
一体、何を想像しているのだろう。
おそらく子どもの僕には想像もつかないことだろうけど……。
「お待ち下さい、陛下。わしは納得できません」
「はっ! 自慢の獣人奴隷があっさりやられて、手の平返しか。勝負に勝ったのは俺たちだ。大人しく規定に従ってもらおう」
「それはお前たちが不正していれば話は別だ」
「不正だと。今さら難癖を付けるのか?」
「陛下! 今1度、ももろう団子の真偽を見極めさせてください。あの女は強すぎます。小娘のように見えて、名うての騎士やもしれませんぞ」
やっぱりアリアのことを疑ってる。
でも、アリアは悪くない。ちょっとやり過ぎだけど、あれぐらい圧倒しなければボルマン3世陛下も首を縦に振らなかったかもしれない。
いずれにしろ、ここからが正念場だ。
「確かにであるな。ハーレム騎士団はほしいが、それが嘘であれば元も子もないのである」
「そうです。ここはルフタニア王国の騎士に食べさせては――――」
「待てよ。そのルフタニア王国の騎士はそっち側だろ。八百長しないってどうやって証明するんだ」
ゴルドさんはゼファさんの指摘に舌打ちを鳴らす。
議論は平行線になるかと思われたその時、ゴルドさんと目が合った。
僕を見ながら、奴隷商人は口角を上げる。
「ならば、そこにいる子どもで試すのはどうだ?」
「なるほどである。子どもならば、元から強かろうと獣人に勝てるはずがないのである」
妙なことになってきた。
すかさず僕を抱きしめたのは、アリアだ。
「どうかそれだけはお許しを」
「おい。さすがに子どもで試すのはダメだろう」
ゼファさんも追随すると、ゴルドさんはニヤリと笑った。
「なんだ? 自信がないのか? ももたろう団子は犬が竜を倒す力を得たのだろう? ならば、子どもが獣人を倒すことなど造作もないであろう」
「あれは英雄譚の中の話だろう。ももたろう団子は……」
「わかりました。僕――やります!」
自ら進み出ると、アリアもゼファさんも反対した。
「る――――無茶よ。あなたじゃ」
「そうだぜ。無理することはない」
「大丈夫です。僕はももたろう団子の力を信じていますから」
ニコリと笑って、2人を安心させる。
ゴルドさんはよく言ったとばかりに拍手を送りつつ、口端の笑みを隠さない。
「代わりに、そこの木刀を使わせてください」
「小僧の勇気に免じて許可しよう。子どもと大人ではリーチ差があるしな」
僕は木刀を一本握り、鍛錬場の中心に立つ。
アリアやゼファさん、ボルマン3世陛下とコルドさん、そして多くの騎士が見守る中、ブレイブさん率いる獣人たちと向かい合った。
そのブレイブさんの耳と尻尾を垂らしている。
琥珀色の瞳は今にも泣きそうだった。
「君、本当に大丈夫か?」
「はい。思いっきりやってください。じゃないと意味がないので」
いよいよ審判役の騎士が、僕たちの間に入る。
獣人vs子ども……。
異色の対決は静かに始まった。




