第34話 ルフタニア王国
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ルフタニア王国はエストリア王国の西に位置し、セリディアからは北西に位置する小国だ。セリディア王国とは古くから盟友関係にあり、そのためヴァルガルド大陸の戦乱において、反帝国側についている。
大昔、火山の噴火でできた凹地――つまりカルデラの中心も据えた国は、肥沃な土地と、豊富な天然資源に恵まれていた。そしてルフタニア王国といえば、温泉が出ることで有名だ。子どもが落とし穴を掘ったら温泉が出てきた、などというジョークが囁かれるほど、湯量が豊富で、ルフタニア王国の観光産業の基盤になっている。
そんなルフタニア王国の王城の前に、僕たちは立っていた。
「覚悟はいいな」
ここまで案内してくれたゼファさんが、僕とその横に立つ女性を睨む。
頭からすっぽりローブで身を包んだ女性は、薄く笑うと小さく頷いた。
ゼファさんが門番と話すと、つり上げ式の城門が上がる。
小国といえど、お城はかなり広い。経済力ではエストリア王国の倍以上あるだけあって、城の広さも倍――いや、それ以上の大きさ感じた。
しばし待機所で待たされた後、謁見の間に通される。
歓待する様子はなく、壁際には槍を持った衛兵たちが並んでいて、僕たちを警戒する様子が見て取れた。
赤いカーペットの先の玉座に座っていたのは、贅肉をたっぷり蓄えた男だ。
盛り上がった頬と瞼の脂肪に潰された細目に、撫でつけた黒髪。
服はとにかく派手で、金糸や宝石などで彩られている。
こうやって正面から見るのは、僕も初めてだけど、何度かセリディア王国の王宮で開かれるパーティーで見かけたことがある。
間違いない。ボルマン・ゴルディス・ルフタニア3世。
ルフタニア王国の国王陛下だ。
隣に立っていた男もまた、ボルマン3世陛下と似たような体型をしていた。
丸鼻に、丸パンのように膨らんだ頬。目は魚のように大きく開き、鼠のような出っ歯が口元から見えていた。陛下に負けず劣らず恰好が派手で、体型のこともあって、まるで兄弟のように見えた。
確かボルマン3世陛下に兄も弟も、もうこの世にいないはず。
どちらも主戦派に与して帝国と戦い、戦死した聞いた。
元は兄が治めていた国を、弟のボルマン3世が国王として治めることになった――というわけだ。
「あれがゴルドだ」
ゼファさんが教えてくれた。
なるほど。あれが奴隷商であり、ルフタニア王国の御用商人でもあるゴルド・トルバスさんらしい。
そのゴルドさんは、僕たちが国王に対して拝跪するのを見て、切り出す。
「して。ゼファよ。陛下に何用か? お前がどうしてもというから、陛下に取り次いでやったのだ。しかしながら陛下は忙しい。要件は手短にしろ」
「ケチ臭い奴だ。たっぷり袖の下をもらった癖に」
「何か言ったか?」
「いえ。何も……。ボルマン3世陛下、この度は謁見に応じていただきありがとうございます」
ゼファさんは挨拶するのだが、ボルマン3世陛下はさして歓迎することもなく、鼻の下のちょび髭を弄っていた。
「くるしゅうないのである。……ゼファとやら。なんでも余に買ってほしいものがあるとか。それはなんであるか?」
「はい。その前に陛下、1つお伺いしたいことが……。陛下はゴルド殿から獣人の奴隷を買うご予定があるとお聞きしました。どうかその取引を俺に譲っていただけないでしょうか?」
「事情はゴルドから聞いておるのである。そなたのかつての仲間なのであるな」
「はい。仰る通りです。ですから……」
「断るのである」
それまで淡々と質問と応答を繰り返していたボルマン3世陛下の様子が変わる。
顔の脂肪の重みで、いまいち表情が読み取れないけど、僕には笑っているように見えた。
「そなたは『番犬』の参謀であったと、ゴルドから聞いた。そなたが仲間というのであれば、ゴルドの奴隷もまた元『番犬』ということであろう。今まで皇帝陛下しか首輪をつけることができなかった世界最強の傭兵団の獣人を、余が従える。このステータスは、どんな美酒よりも勝ると思わぬか?」
「お言葉ですが……」
「余の話は終わっていないのである……」
「…………」
「知っていると思うが、余の兄弟や一族は『番犬』によって殺された。その番犬たちを余の思うままにすることができる。鞭打つことも、屈辱を与えることも、そして同胞に向ける剣としても使うことができるのである」
ボルマン3世陛下は給仕から渡されたワイングラスを受け取る。
グラスにはなみなみと注がれた赤ワインは、血のように赤く光っていた。
そのワインの向こうには、醜悪に歪んだ陛下の顔がある。
言葉を聞きながら、ゴルドも「ククク」と笑いが堪えきれない様子だった。
「陛下はエストリア王国と戦争をなさるおつもりか?」
「冗談の通じぬ奴よのぉ。最後のは言葉の綾というもの……。しかし、奴隷を如何様に扱うかは買い主が決めるものである。そうだな、ゴルド」
「はい。まさに陛下の御心のままに」
二人は声を上げて笑う。
仲間思いのゼファさんの気持ちを踏みにじるかのように、だ。
事実、ゼファさんは猛っていた。嘴をギュッと結び、鋭い視線を送っている。
獣人の殺意を諸に浴びても、2人は笑っていた。
知っているのだ、ゼファさんが何もできないことを……。
仮にここで暴れれば、国際問題になり、アリアに迷惑をかけることになる。
そんなことをゼファさんはできない。
それすら、ゴルドさんたちは理解しているようだった。
ヤケにあっさりとボルマン3世陛下に会わせてくれたな、と思ったけど、たぶん今この状況を見物するために、僕たちを謁見の間に通したのかもしれない。
兄弟を殺された陛下からすれば、獣人をいじめて、少しは溜飲が下がる思いだろう。
でも、人の気持ちを弄ぶことが許されていいはずがない。
「仰る通りかと……」
ゼファさんは怒りを鎮めながら話を続けた。
「しかし、まだ取引は完了していないはず」
「悪あがきを……。いい加減諦めたらどうだ、ゼファ」
「良いのであーる、ゴルド。何か策があって、ここに来たのであろう。『番犬』の元参謀殿は」
「はい。例えば陛下。俺があなたが買う獣人以上の商品を提示できれば、俺の仲間を買うことを諦めていただけますか?」
「獣人の奴隷以上のものであるか?」
「そんなものなどない。そもそも貴様は風来坊であろう。どこにそんなもの」
「こちらにございます。どうかお確かめください」
ゼファさんは僕に合図する。
大きな葉にくるんだ包みを解き、僕は中身を陛下に見せた。
出てきたのは、パウ団子だ。
「なんだ? 団子?」
「なかなかおいしそうなのである」
ゴルドさんが目を細めれば、ボルマン3世陛下は唇を舐める。
前者はともかく、後者は食に目がないのだろう。
ゼファさんはサーカスの案内役のように大仰に手を振って見せた。
「とくとご覧あれ、ご両人。こちらの団子。普通の団子ではございません。なんと魔獣の肝を潰し、作り上げた魔獣の料理となります」
「魔獣の料理……?」
「驚くのはここからです。この団子を食べれば、誰でもたちどころに千人――万人力の力を得ることができるのです。その名も――――」
ももたろう団子です!




