第33話 獣人の足踏み
☆★☆★ 本日発売 ☆★☆★
ついに本日発売されました。
書店にお立ち寄りの際には、是非お買い上げください。
仮に書店になくとも、売り切れているわけではなく、入荷数が少ない、
入荷自体がない可能性もございます。
ネット書店をご利用いただくか、お手数ですが書店にお尋ねください。
こうやって紙の書籍になれたのも、読者の皆様のおかげです。
末永いシリーズにしたいと思いますので、よろしくお願いします。
仲間を助けてくれ!
悲痛な叫びのような声に、顔を曇らせたのはアリアではなく、ゼファさん自身だ。
しまった、という表情をした後、玉座に座るエストリア王国女王を窺う。
アリアの呆然とした顔を見ると、今度は「やってしまった」という風に項垂れた。
他の幹部たちも動揺だ。
ゼファさんが頑なに喋らないのは、何かのっぴきならない理由があるのだろうと、僕でも予想できた。でも、ゼファさんから漏れた言葉は恐らくここにいる誰もが予想しなかったことなのだろう。
金縛りにあったように固まるみんなを見ながら、項垂れるゼファさんの前に立って、なるべく優しい声で問いかけた。
「詳しく話してくれませんか?」
とうとう観念したのか、ゼファさんはその重い口、いや重い嘴を上げた。
「ルフタニア戦線を覚えているか、団長」
「……忘れるわけがないだろう。あそこでは多くの仲間が失ったんだから」
アリアの顔色が変わる。
肘掛けに置いた拳が心なしか少し力が入っているように見えた。
ルフタニア王国は、かつての戦乱において僕の故郷セリディア王国と同じく、反帝国を掲げた国の1つだ。小さい国ながら四方を山に囲まれ、守るに易く攻めるに難い天然の要害として知られている。
無視することもできたが、仮にそうすればセリディア王国攻めの最中、後背を突かれ、帝都に帰る退路を断たれる可能性があり、帝国としてはなんとしてでも落とさなければならない要所だった。
セオルド陛下、アリア、そして参謀のゼファさんは、様々な案を考えたけど、ダメだった。肥沃なカルデラの台地は、豊富な作物を生み出す土壌となっているため兵糧攻めは難しく、凹の土地に水でも注いだらどうだという大胆な案もあったそうだが、水の獲得が難しく断念した。
3人は結局、ルフタニア王国内の穏健派を抱き込むことにして、クーデターを成功させる。けれど、山岳地帯に逃げ込んだ主戦派がゲリラ戦を展開し、アリアたちを苦しめた。
「あの時のことはまだ夢に出てくるよ。『番犬』が初めて負けるんじゃないかって思ったぐらいだ」
アリアは遠くを見るように当時のことを語る。
すると、ゼファさんは頭を振った。
「いや、あれは俺の作戦ミスだ。策に溺れて、ブレイブたちを」
「それは違います。あれは誰も予想できませんよ」
「そうだぜ、ゼファ。お前は何も悪くねぇ。御嬢も責めなかっただろう」
「しかし――――」
ゼファさんは嘴に力を入れる。
眉間に寄った皺は深く、まるで今戦争に負けたような表情をしていた。
「えっと……」
「マルセラ。ルヴィンくんに説明してあげて」
「はい。山岳地帯に潜伏した主戦派は、地の利を活かして『番犬』を加えた帝国軍を圧倒しました。そこでゼファは地元の山師たちを味方につけて、山の中に古い坑道があることを知りました」
坑道を辿れば、主戦派が根城にしている要塞の裏手に出ることがわかった。
うまくいけば、挟撃することができるかもしれない。
早速、ゼファさんは遊撃隊を坑道に向かわせた。
「けれど、それが主戦派の罠だった。あいつらは坑道に爆薬を仕掛け、ブレイブたちを坑道に閉じ込めたんだ」
挟撃作戦は失敗。
後に主戦派の要塞は数と質で圧倒する帝国軍が勝利することになるけど、相手の倍以上の損害を出すこととなった。アリアたちにとって、非常に苦い思い出が残る戦いだったようだ。
「ゼファ、もしかして君が助けてほしいという仲間というのは、ブレイブたちのことかい?」
アリアの質問にゼファさんは頷くと、矢継ぎ早にマルセラさんが尋ねた。
「彼らは坑道に閉じ込められたのではないのですか?」
「実はあいつら、自力で脱出していたんだ。でも、その頃には俺たちは戦線から離脱していた。獣人の体力を舐めていたよ。俺もてっきり死んだと思っていたんだが……」
話を聞く限り、ブレイブさんたちは長い間坑道に閉じ込められていたようだ。
飲まず食わず、明かりままならない状態で生き埋めになれば、誰だって死んだものと思うはず。僕は改めて獣人の体力に驚かされた。
「それを見つけたのが、ゴルドという奴隷商だった。意識が戻った時には、奴隷契約を結ばされていたらしい」
「奴隷の強制は帝国憲章違反となりますが」
「マルセラの言う通り、ブレイブもそう訴えたそうだ。だが、何日も坑道にいた影響でブレイブたちは目が見えず、まともに生活できる状態じゃなかったらしい。ブレイブは他の仲間たちを守るため、渋々奴隷契約に応じたそうだ」
ゼファさんは放浪生活をしている途中に、ブレイブさんたちが生きていて、奴隷商に売られたことを知った。ゴルドという奴隷商に直接掛け合い、ブレイブさんたちを解放するために金額を用意したのだけど……。
「ゴルドは交渉の途中で、突然値段をつり上げてきた。今の倍の高値で買ってくれるパトロンを見つけたと言ってな」
「パトロン?」
「ルフタニア王国だ」
「え? ルフタニアって……。あの?」
「ゴルドはルフタニア王家に出入りする御用商人だ。おそらくゴルドの方から持ちかけたんだろう。俺たちとルフタニアの因縁を調べた上でな」
「でも、今のルフタニアは穏健派しかいないんだろ。ワンチャン、ボクたちからお願いをすれば交渉を取り下げることができるかもしれないよ」
「ルフタニア王国が主戦派と穏健派で別れた時、確かに王家も別れた。でも、それはどっちに転んでも王家が生き残るように二派に別れたんだ。むしろ自分たちの親族を殺されて、ムカついている奴がほとんどなんだよ」
実際、ルフタニア王家が協力しているなら、ゼファさんもここまで苦労していなかったかもしれない。
「弱りましたね。ルフタニア王国は小国ですが、金や銀といった資源も豊富。単純計算で、我々の3倍以上の経済力を持っている国です」
「お金の積み合いになると、分が悪いか」
アリアが自分の尻尾を撫でながら、考え込む。
すると、ドンと近くで爆発音のような音が鳴った。
反射的に振り向くと、バラガスさんが毛を逆立てていた。
目をグッと上げ、鬼のような形相をしたバラガスさんの姿に僕は圧倒される。
「何を迷うことがあるんだ、御嬢。あっしらの仲間が捕まってる。それを取り返すのは、当然の権利でしょう」
「バラガスの言う通り! ブレイブたちは女王陛下の家来であり、我が輩の部下。取り戻すのは必定で!!」
「鶏頭をたまには言うこというやんけ。今回はうちもリースと同じ気持ちや。色々理由はわかるけど。ブレイブはうちらの仲間や」
バラガスさんだけじゃない。
リールさんも、サファイアさんも足を慣らして「ブレイブさんたちを取り戻そうと騒ぎ出す」。ついにはゼファさんをここまで引っ立てた獣人たちも一緒になって、騒ぎ始めた。たった数人の足音だけど、何千もの獣人が足踏みしているようだ。事実、謁見の間が揺れ、天井から埃が落ちてきていた。
「御嬢、こいつは奴隷商とルフタニアに売られた喧嘩だ」
「女王陛下、今すぐ出撃の命令を!」
「ハーピー族! いつでも出撃できるで!」
バラガスさん、リースさん、サファイアさんが詰め寄る。
その異様な雰囲気に、僕は1歩後退る。
そして、ゼファさんは何故みんなに隠していたのかわかった。
事情を話せば、バラガスさんたち――獣人が黙っていないからだ。
エストリア王国に来て、感じていたけど、獣人たちの仲間意識は人族以上に強い。
それは世界的に獣人を取り巻く環境にもよるのだろう。
人族の奴隷となり、もの同然の扱いを受けている仲間がいると聞けば、怒り心頭に発すことも無理もないことだった。
でも仮に戦争となれば、非があるのはエストリア王国ということになる。
どんな形であれば、奴隷商がブレイブさんたちは奴隷になることを受け入れた。
半ば強制的であろうと、揺るがぬ事実。
ブレイブさんを取り戻すには、お金を出して買うしかない。
それもルフタニア王国以上の金額を提示する必要がある。
でも、まともにマネーゲームをやっても、勝ち目はない。
ならどうするか。
1つの方法として、ルフタニア王国にマネーゲームから降りてもらうことだ。
……どうすれば?
少し考えてみる。
例えば、ブレイブさんの価値を下げるようにすれば……。
そうだ。ルフタニア王国は獣人の強さを知っている。
でも、ブレイブさんが取るに足らない無価値の存在だとアピールできれば、ルフタニア王国は売買を諦めるだろうか。
「フィオナ、どう思う?」
「良い案だと思いますが、どうやって価値を下げるのですか?」
「要はブレイブさんたち以上の価値あるものを、こちらが提示すればいいんでしょう。単純にブレイブさんたちより強い奴隷を提示すればいいんじゃないかな?」
たとえば、とフィオナに耳打ちする。
しばし、2人で相談していると、我ながら良いアイディアが浮かんだ。
「みんな、聞いてほしい」
騒ぎ立てる獣人たちの前で、僕は大声で叫んだ。
突然、現れた小さな陰にバラガスさんたちは少し面を食らいつつ、耳をこちらに向ける。玉座に座るアリアもまた僕の提案に耳を傾けた。
「この件について、平和的に解決する方法があります」
「ホント? ルヴィンくん?」
「ああ。そうだよ、アリア。その名も……」
パウ団子大作戦です。




