第32.5話 素直な気持ち(後編)
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『獣王陛下のちいさな料理番~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる~』が、いよいよ明日発売です。
今度こそ末永いシリーズにしたいので、よろしくお願いします。
いよいよ喧嘩が始まろうという時、僕は2人を制止した。
濃い殺気が立ちこめる中、僕が進み出てきたことにバラガスさんとゼファさん両名他、謁見の間にいる全員が驚いていた。
アリアも「ルヴィンくん?」と聞いて、瞼を大きく開いている。
「料理長……」
「バラガスさん、少し僕に任せてくれませんか?」
「料理長が……? いや、でも……」
「大丈夫。相手は縄で縛られてます。危害を加えられるようなことないでしょ」
「わかりやした。でも、あっしはここにいますよ」
「構いません」
僕はゼファさんの正面に立つ。
こうやって近くで見ると、美しく見えた白い髪や肌が灰をかぶったように汚れているのがわかる。ところどころ、むしり取られたような跡もあった。潜伏先がさほど良い環境ではなかったのか、あるいは放浪先でトラブルに巻き込まれたのか。色々聞きたいことはあるけど、まずはゼファさんが隠していることを聞かなきゃ。
「どうした、坊や?」
「ゼファさん、お腹空いてませんか?」
「はっ??」
僕はアリアに試食してもらおうとしていたパウ団子を差し出す。
むろん、蜂蜜醤油がかかっているものだ。
「これ? もしかしてパウ団子か? 懐かしいな。けど、このタレは?」
「僕が作った蜂蜜醤油です。ちなみパウ団子はバラガスさんに教えてもらいました」
「バラガスが?」
「ふん!」
バラガスさんはふて腐れたように明後日の方を見る。
「いかがですか?」
「生憎と団子を食べてる心境じゃ……」
ぐぅ~。
ゼファさんのお腹が鳴る。
たちまちゼファさんの白い頬が赤くなっていった。
「こ、これはだな!」
「気にしなくてもいいですよ。心よりもお腹の方が素直なものですから」
「……ったく。わかった。食べるよ。1個くれ」
「はい。どうぞ。大丈夫。毒は入ってませんから」
僕は1つ団子を口にして、毒がないことをアピールしてから、ゼファさんに差し出した。しばしゼファさんは僕の手の平にのった団子を見つめる。
「食べさせてあげましょうか?」
「いい。嘴がある」
手が使えなくても、嘴がある。
こういう時、鳥類の獣人は便利だなと思う。
ゼファさんはまず嘴の前の方で団子を挟む。
さらに上を向いて、カクカクと嘴を動かす。
最後にはパウ団子を飲み込むように食べてしまった。
「うめぇ……」
王宮の柱に染み渡るような声でゼファさんは、声を漏らした。
「このタレ……。雷油を使ってるな」
「知ってるんですか? 雷油を?」
「放浪していた時にたまたまな。魚醤と違って、こくがあり、まろやかだからすぐにわかったよ。しかし、蜂蜜と混ぜるとはな。アリアが勢いで抜擢したわけじゃなさそうだ」
ゼファさんは初めて笑みを見せる。
それを聞いて、「ほとんど勢いですけどね」とマルセラさんは眼鏡を上げながらツッコミを入れた。
「僕のことをよく知ってくれているんですね」
「王子のことは嫌でも耳に入ってきますよ。その生い立ちも……、ギフトのことも知ってます。7つあったギフトが、【料理】というギフト1つだけになったこともね」
「じゃあ、これは知っていますか? 僕の【料理】は魔獣ですら料理の材料にします。その魔獣の肉や骨には、特殊な能力を秘められていることを」
たとえば『本音しか話せない』とか……。
僕の言葉にゼファさんは勿論、アリアたちも驚く。
「ハッタリだろ、坊や? そもそもこれはパウ団子だ。オレもよく知ってる。雷油はわからないが、蜂蜜だって」
「はい。パウ団子には魔獣の肉も骨も入ってません。雷油もそうです。でも、蜂蜜は違います。これはビリビーという蜂型の魔獣から取った魔獣の蜂蜜なんですよ」
「び、ビリビー……」
「ビリビーの蜂蜜の効果は『心に思ったことを話す』というもの」
「そ、そんな効果があるわけが……」
「……ほら。段々喋りたくなったりしませんか?」
「……」
慌ててゼファさんは自分の嘴に力を入れる。
でも、自然と嘴が開いていった。
手を使おうにも、今は縛られて動かせない。
僕の魔獣食の力を横で見ていたバラガスさんは「すげぇ」と声を上げた。
「ゼファさん、あなたが本音を喋れないことで苦しんでいることは、たぶんここにいる人たち全員が理解していると思います。そしてあなたを何より信用し、お金を貸した我が女王陛下は苦しんでいるあなたを見て、また苦しんでいる」
アリアの苦しみは、国の苦しみだ。
それを見過ごすことは、僕にできない。
女王陛下の料理番として……。
ゴンッ!!
ゼファさんが思いっきり床に額を叩きつけた音だった。
大きく頭を垂れた姿は土下座しているようにも見える。
すると、ゼファさんはゆっくりと頭を起こした。
額はパックリと割れて、白い髪と肌に血が滲んでいた。
「助けたい」
それは唐突な告白だった。
ゼファさんは真っ直ぐアリアを見つめ、言った。
「アリア、仲間を助けてくれ」




