第30話 しょっぱいのと甘いのと
早速僕がやってきたのは、王宮の地下にある食品庫だ。
カイン兄様のギフト【血の饗宴】に操られた魔獣によって、半壊状態だったのだけど、無事セリディア王国から賠償金が支払われたことで新品同然になっていた。
しかし、今回僕が立ち寄ったのは、被害を受けなかった旧食品庫だ。
「この辺り、随分と古い感じね」
「料理長の実験室みたいな所ですからな」
「ルヴィンくんの実験室?」
バラガスさんの言葉に、カリーナさんは目を輝かせた。
「ええ。炊事場で仕込むのが難しい料理とかもあるので
「そんな所に、私たちのような部外者を連れてきても良かったのかい?」
「お二人には後で試食をしてもらおうかと」
「やった。それは楽しみだわ」
僕たちは食品庫に入る。
冷暗所になっていて、ひんやりとしていた。
壁にかかった棚にあったのは、壺だ。
ちょうど僕が一抱えできそうなぐらいのサイズの壺がずらりと部屋の奥まで並んでいる。
その1つ出してきて、蓋を開ける。
ツンとした独特の香りに、カリーナさんは顔を顰めた。
「この匂い? なんなの、これ?」
「醤油といいます」
「醤油?」
「えっと……。僕の第二の生まれ故郷といいましょうか」
「第二……?」
「ともかく舐めてみませんか?」
僕は壺を差し出す。
カリーナさん、グラストさん、さらにバラガスさんも加わって、壺の中の真っ黒なソースを舐める。
「しょっぱ!」
「なんだい、これは? 独特だね」
「匂いも凄いが……。味も凄いなあ。これ腐ってないですかい、料理長」
慣れない味に、3人は戸惑う。
各々の反応を見てると、見てて楽しくなってしまった。
「腐ってませんよ、これが醤油の味なんです?」
「味は魚醤と煮てるけど……。それより薄くて、まろやかだ。一体、どんな風に作ったんですかい、料理長」
その言葉を待ってました。
醤油は僕の前世で使われていた調味料だ。
でも、この世界にはない。一般的には魚醤が代わりとして使われている。
ただ魚醤はその匂いに加えて、塩みがダイレクトすぎて、使用時にとても気を使う。特に素材の味を生かしたものに対して、その味を消してしまう可能性がある。
その点、醤油は魚醤よりも塩みが弱く、素材の味を生かしやすい。
僕が今から作る、パウ団子のソースには持って来いだ。
さて、バラガスさんの質問に話を戻そう。
醤油といえば、大豆と小麦に、米麹を加えて作るものだけど、僕が知る限り米麹なるものがない。そもそも米自体が見当たらないのだ。
どうしようかと考えた時、大豆と小麦から材料を見直すことにした。
そこで【料理】が提案してきたのは、『雷豆』という豆だ。
実は、大豆が魔草化したもので、米麹を入れた時みたいに勝手に発酵するという性質を持つ。
僕と【料理】は、その性質を利用して、醤油を作ったのだ。
「それって雷油の作り方と似ているね」
「らいゆ?」
グラストさんの話に、僕は耳を傾けた。
実は、雷豆は摘み取った直後、帯雷している。
その帯雷を抜く工程はいくつかあるのだけど、その1つに小麦粉をまぶすという方法があるらしい。
ある時、薬を作るために薬屋の店主が、雷豆から帯雷を抜くために小麦粉をまぶした。けれど、急遽薬が必要なくなり、店主はすっかり小麦粉をまぶした雷豆の存在を忘れた。壺には窓から雨が入り、さらに長い間放置された。薬屋の店主がその壺のことを思い出し、恐る恐る壺を開けると、中には黒い水のようなものが溜まっていたという。
「飲んでみると甘塩っぱく、疲労回復の効果があるとわかって、強壮剤として売ることにしたのだそうだよ」
なんてこった。
こっちの醤油は薬として売られていたのか。
道理で調味料として売られていないわけだ。
雷油のことはひとまず置いておくとして、今はパウ団子のソースを決めないと……。
僕は雷油こと醤油を、炊事場まで持っていく。
「これで何を作るの、ルヴィンくん」
「蜂蜜醤油を作ろうと思います」
「蜂蜜醤油??」
蜂蜜醤油? つまり前世でいうみたらし餡。
そのヴァルガルド大陸バージョンだ。
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醤油と蜂蜜で作るパウ団子のソース
【材料】
醤油 :大さじ2
蜂蜜 :大さじ3(甘さは好みで調整)
水 :100ml
片栗粉 :大さじ1(とろみつける)
【作り方】
1.鍋に水・醤油・蜂蜜を入れ、中火で加熱する
蜂蜜を溶かしながら、ゆっくり混ぜる。
2.水溶き片栗粉(小さじ2杯の片栗粉を水で溶く)を加え、
弱火混ぜる。
3.焦げないように注意しながらとろみがつくまで加熱し、完成。
諸注意 蜂蜜を入れすぎると甘くなりすぎます。
とろみをつけたい場合、水溶き片栗粉を多めにしてください。
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最後に僕はできたソースを、パウ団子にかける。
ソースは爛れた蜜よりも美しく、飴色の色はさらに食欲を誘った。
「できた。餡かけパウ団子の完成です」
エストリア王国のお土産試作第一号が爆誕する。
早速、僕、バラガスさん、カリーナさん、グラストさんは団子を頬張った。
『うまっっっっっっっっっっ!!』
声を揃えて叫ぶ。
「おいしい。蜂蜜よりも断然こっちの方がおいしいわ」
「口が――いや、手が止まらないねぇ」
「蜂蜜のように甘く、さらに独特のこのしょっぱさ。そしてパウ団子の食感と、塩っ気。すげー。あっしが食べていたパウ団子とまるでちげぇ!」
みんなからの大絶賛をいただきました。
僕も食べてみたけど、これは大成功だ。
パウ団子のモチモチした歯ごたえに、濃厚餡かけが抜群に相性がいい。
さらに甘いのと、塩っぱさを同時に混ぜ合わせたことによって、味の単調さがなくなった。口の中で長く噛んでる分、食べている間の飽きが来ないし、醤油と蜂蜜を合わせたことによって、相乗効果によって互いの味が強く感じる。
全部自然由来のものだから、腐りにくし、餡かけに浸してお渡しできれば、なるべく空気に触れないようにもできる。
いける。これはエストリア王国の代表的なお土産になるぞ。
「お二人ともいかがでしょうか?」
「聞くまでもないでしょ。もうバッチリよ。これを食べるために、エストリア王国に来たいぐらいだわ」
「本当ですか、カリーナさん?」
「カリーナは嘘が苦手なんだ。だから今言ったことはホントだと思う」
「嘘なんか言ってどうするのよ。ところで、今ここで予約できるかしら」
「よ、予約?」
「50、いや100本注文するから」
「そ、そんなに買ってどうするんですか?」
「生徒にお裾分けして宣伝してもらうのよ」
カリーナさんは早速、このお土産を広めるつもりらしい。
僕とエストリア王国にとっては、ありがたい限りだ。
「こりゃ話題になりますぜ。早速、御嬢にも食べてもらいやしょう」
バラガスさんの言葉に僕は頷く。
たぶん、アリアも喜んでくれるはず。
まさしくエストリア王国を代表する逸品になるだろう。
そう思い、僕は急いでアリアのもとに向かった。
今日は客人が少ない。たぶん執務室だと思い、僕たちは踏み込む。
「アリア、一品食べてもらいたい料理ができたん……だ…………けど」
意気揚々と踏み込んだ僕のテンションが次第に下がっていく。
横にいたバラガスさんも執務室に漂う沈鬱な空気を感じて、空いた口を閉じた。
僕の目に映ったのは、執務机で頭を抱えるアリアだ。
横では残念そうに肩を落とすマルセラさんの姿があった。
「アリア、どうしたの?」
体調でも悪いのだろうか。
こう言ってはなんだけど、エストリア王国には数々の問題が山積している。
それでもアリアは笑顔を絶やさず、困難をクリアしてきた。
むしろ困難があればあるほど、燃える方だ。
だから、こんなに落ち込んでいるアリアを見たのは初めてだった。
「アリ――――」
「取られた……」
「へっ?」
「お金……。国のお金、取られちゃったぁぁぁぁあああああ!!」
「え……!?」
え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!




