第28話 お土産
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『獣王陛下のちいさな料理番~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる~』が、4月25日発売です。
イラストレーターは『聖女じゃなかったので、王宮でのんびりご飯を作ることにしました』をご担当されているたらんぼマン先生です。
是非ご堪能ください!
「わぁ! ホントに飛んでるわ!」
1000名の外交使節団で披露した魔導気球に乗りながら、人族のカップルは声を上げた。カイン兄様は非常に空の旅を怖がっていたけど、こちらのカップルは空から眺めるエストリア王国の風景に興味津々だ。北の山の麓まで続くエストリアの森は海のようにさざめき、立ち上る霧がさらに幻想な雰囲気を醸し出している。何より鳥になったように感じる俯瞰視点は、ただそれだけで人々を興奮させていた。
外交使節団の一件は、非常に悲しい事件でもあったけど、決してマイナスなことばかりではない。魔導気球の遊覧から始まり、一流の国に負けないホスピタリティ、さらに魅惑の料理の数々は、多くの使節団員たちの心を打つことができた。甲斐あって、エストリア王国はいくつかの国や地域と国交を結ぶことに成功した。
国交が生まれたなら、多くの方にエストリア王国を知ってもらいたい。
そこで、ぶっつけ本番で始めたのが観光業だ。
意外にも好評で、外交使節団に披露した魔導気球は、1日4組までのフライトながら、すでに4カ月先まで予約でいっぱいになっている。
観光とはいえ、自由に動き回るには、まだまだエストリア王国は物騒だ。
国土の大半を占める森の中には魔獣もいるし、人族に対して強い恨みを持つ獣人や種族も少なくない。そのため騎士団の護衛が必ず2人以上つくことになっている。
魔導気球のフライトも終わり、カップルは満足そうに声を上げながら下りてきた。その彼らをアリア・ドゥーレ・エストリアが出迎える。エストリア王国の女王と聞き、カップルはそれぞれ背筋を正した。執務の間で起こる待ち時間などを利用して、こうして観光客を歓待しているのだ。
「楽になさってください。いかがだったでしょうか、ぼ――わたくしの国は?」
「とっても良かったです、女王陛下」
「非常にエキサイティングな体験でした」
「是非また利用させてください」
アリアの問いに、興奮冷めやらぬカップルは宣言する。
どうやら忘れられない旅行になったみたいだ。
すると、カップルの女性が屈託のない笑顔を浮かべてこう尋ねた。
「1つお伺いしてもよろしいでしょうか、女王陛下」
「なんだい?」
「貴国には名産品はありますか? そのお土産を買いたいのですが」
「名産……品? お土産……?」
アリアは首を傾げ、そのまま黙ってしまった。
◆◇◆◇◆
「お土産?」
慌ただしい朝から昼食までの時間が終わり、炊事場は短い休息時間に入っていた。僕はもはや日課となってしまった家庭菜園のある王宮の裏の庭に行くと、アリアから呼び出しを受ける。
早速、謁見の間に馳せ参じると、エストリア王国独自のお土産を考えてほしいと頼まれた。
「うん。思いの外、観光業が軌道に乗りそうだからね。お客様には何か国に帰って、エストリア王国を思い出してもらえるようなお土産をもたせたいんだ」
「…………」
「ルヴィンくん、反対かい?」
「そうじゃないよ、アリア。ただ――――」
問題はそれを何にするかだ。
やはり定番といえば、スィーツやお菓子類だろう。
前世の記憶によれば、旅行へ行った際、その国や土地ならではのお土産を買って帰ったとある。
「何かいいアイディアはないかい、ルヴィンくん」
「木彫り熊とか、木刀とか……」
「へ? 木彫りの熊? 木刀なんかがお土産になるのかい?」
「わわわ……。今のは忘れて。そうだね。日持ちのするお菓子とか考えみるよ」
「わぉん! さすがルヴィンくん。頼りにしてるよ、ボクの料理番様」
こうして僕は女王の料理番の傍らで、お土産開発を行うこととなった。
お土産と一口で言っても、難しい。
【料理】に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
【お土産】
旅行や出張、訪問先から帰る際に、その土地の特産品や記念品として持ち帰る品物。また、訪問先や職場、家族、友人などへの贈り物としても使われることが多い。贈り物を通じて感謝や親愛の情を表現し、絆を深める目的がある。具体的な例としては、地元の名産品や手作りのお菓子、工芸品などが挙げられる。
(例) 木彫りの熊 木刀
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
なんか辞書みたいな説明が返ってきた。
【料理】はとても便利で、料理と関連尽けるならどんなものでもレシピにして、説明してくれる。ただ僕のイメージが曖昧だったりすると、表面的な部分しか掬い取らないから、こんな辞書みたいな説明が出てくるのだ。
「【料理】の説明に1つ加えるなら、まずご当地ものであることだよね。出来れば、地域で作られている名産品や食材が1番だけど……」
エストリア王国の名産品といえば、黒豚肉だろう。
でもお肉は日持ちしないし、干し肉はどこの国にもあるものだ。
できればエストリア王国にしかない! と言わせるようなものがいい。
「う~~~~~~~~~~~~~~~~ん…………冷たッ!」
炊事場の隅で唸っていると、突然僕は頭から水をかけられた。
振り返ると、ジャスパーとフィンが立っている。手にはバケツを持っていた。
「ちょっ! ジャスパー! フィン! 何をするんだよ!」
「ギギギギッ!!」
「ギーギ! ギーギ!」
「いや、全然わかんないって。悪戯にもほどが……」
もう! ずぶ濡れだよ。
完全に濡れ鼠だ。
その主犯は手で何かを訴えている。
でも、言葉が通じない僕にはさっぱりだ。
そこにバラガスさんが炊事場にやってくる。
「頭から煙が上がっていたら、消してあげたんだとよ」
「煙?」
「随分と悩んでるみてぇだな、料理長」
「そうなんだ。ひとえにお土産って言われても、なかなか思い付かなくて」
「なら、料理長。あっしと森に行きやせんか?」
「森へ?」
「へぇ。実は今日来る観光客の案内なんですが、担当の騎士団が腹を下しまして」
「え? その騎士さん大丈夫なの?」
「ジャスパーとフィン用の賄いに、こっそり手をつけた罰っす」
「あ~」
ジャスパーとフィンの好物は少し腐ったぐらいの生肉だ。
だから、自分らで賄いを作って、1日2日放置する。
おそらく騎士は炊事場にあったジャスパーとフィンの好物を見つけて、うっかり食べてしまったのだろう。
「ただ炊事場に腐ったものを残しておくのが悪いってんで、あっしが案内することになったんですよ。ああ。でも大丈夫。夕飯の支度には戻ってきますから」
観光客の案内か。いいかもしれない。
初めてエストリア王国を来訪された観光客の方の感想は、お土産に何かいいヒントを与えてくれるかもしれないし。
「行きます。同行させてください、バラガスさん」
◆◇◆◇◆
今日の観光客は、50代の男女2人組だった。
夫婦かと思ったが違うらしく、大学の教授と、1人は子爵位を授与された貴族だった。昔からエストリア王国の森に興味があって、観光ツアーに参加したらしい。
空のフライトを終えた後で興奮冷めやらぬようで、大変喜んでいた。
その男の方の口元には、フライトで食べたサンドウィッチのパン屑がついていた。気球に乗って軽食を食べるというプランは最近、僕が提案したものだ。おかげさまでこちらも好評だ。
「え? あのサンドウィッチ、君が作ったのかい?」
「はい。お気に召したでしょうか?」
「おいしかったよ。レタスはシャキシャキ、トマトは甘くて程よい酸味あって」
「タマゴサンドも美味しかったわ。胡椒を入っていたわね。ピリッとしていて食べやすかった。なんと言っても、空の上で食事が取れたのが最高だったわ」
大絶賛だ。料理や観光プランの感想は護衛についた騎士団を通して、今まで聞いていた。こうやって、直接聞くのは料理人として励みになる。
2人は女性がカリーナさん、男性がグラストさんと言って、共にヴァルガルド大陸南西にあるキンダース王国出身らしい。
小さい国ではあるけど、学問が盛んで他国からの留学生も積極的に受け入れている。キンダース王国立大学は名門大学の1つで、他の国の王子王女も通う由緒正しい教育機関だ。2人はそこで生物学を教えていると自己紹介してくれた。
「生物学?」
「わたしの専門は珍しい昆虫の生態よ。これまでエストリア王国の森は実質禁足地だったからね。これから色んな昆虫を発見するつもり。ちなみに彼は助手」
驚いたことに叙勲されたのはカリーナさんで、グラストさんは助手なのだそうだ。
エストリア王国はともかく、セリディア王国では基本的に男しか叙勲できないことになっている。キンダース王国では男女を分けることはないらしい。
早速、森に入ると、2人は次々と新種の昆虫を見つけていく。
さらには新しい茸、草などにも新種を発見して、熱心にスケッチしていた。
その種類は1時間半のトレッキングで、7種類以上もあった。
「時間が足りないわ。もっと森の奥へは行けないかしら」
「ダメだ!! その先にいっちゃ」
バラガスさんの忠告を聞く前に、カリーナさんはさらに森の向こうへ行こうとする。
すると、幹の影から大きな影が飛び出てきた
クラウンベアだ。三つの角がまるで王冠を被っていることから名付けられた大きな熊のような魔獣が、カリーナさんに突進してくる。僕は「逃げて」と叫んだけど、カリーナさんは逆にペタンと尻餅を付いてしまった。恐怖で身が竦み、僕たちの声すら聞こえていないようだ。
「ひぃ! ひぃいいいい!!」
クラウンベアがカリーナさんに爪を下ろす。
その一撃を受け止めたのは、バラガスさんだ。
魔獣の攻撃を片手で軽々と受け止める。普段は炊事場で繊細な手つきで調理しているイメージしかないバラガスさんだけど、やはい最強の傭兵団『番犬』の一員だっただけはある。
そのままクラウンベアの襟首の皮を捻ると、豪快に投げ飛ばす。
衝撃は凄まじく、クラウンベアは目を回してしまった。
「大丈夫ですかい、お嬢さん」
「お、お嬢さん(ポッ!)」
バラガスさんはカリーナさんに振り返る。
魔獣と対峙したからだろうか。ちょっと気が立っているらしく、バラガスさんの表情は剣呑としていたけど、カリーナさんは何故か頬を染めていた。
「は、はい!」
「そいつは良かった。この引っ掻き傷がある木の近くには近寄らない方がいい」
バラガスさん、他の木についた引っ掻き傷を指差す。
どうやら先ほどのクラウンベアが引っ掻いたもののようだ。
「もしや、この引っ掻き傷は縄張りを示すものですか?」
「それもあるけど、樹液を舐めるためだな」
「樹液?」
初耳な話を聞いて、僕もお二人と一緒に首を傾げる。
百聞は一見にしかず。バラガスさんは近くにあった木の皮を素手で剥いだ。
現れたのは、白い樹液だ。粘り気が強い樹液で、空気に触れると固まって、プニプニしていた。まるでお餅みたいだ。
「こいつはパウの木って言ってな。エストリアの森には結構生えてるんだ。この樹液は食べることもできてな。団子にして昔はよくおやつ代わりに食っていたもんだよ」
「へぇ……。お団子ですか」
「是非。食べてみたいものですな」
「それだ!」
僕は思わず叫んでしまった。




