第25話 皇帝陛下の奥様
書影が発表されました。
詳細とともに後書きにて書かせていただきましたので、
よろしくお願いします。
ルヴィンが、とっっっっても可愛いので、全人類に見てほしい!
晩餐会は無事終わった。
ほとんどの人が陛下の誕生日を祝い、皇宮を後にする。
その帰路で参加者たちが口にしていたのは、晩餐会で出された料理のことだ。
ほとんどの人が卓越した料理を褒め称え、充実した表情を浮かべていた。
お客さんの満足そうな笑顔こそが、料理人にとって最大のお代になる。
僕も今日出したフリットの話をしている人を見て、思わず耳をそばだててしまった。
さて、アリアと一緒に皇宮内の宿坊に帰る途中、突然皇帝陛下が僕たちの前に現れた。最初に出会った時もそうだったけど、セオルド陛下は本当に神出鬼没だ。いつもどうやって、秘書官たちの目を誤魔化して、単独行動をしているのだろう。
「セオルド、どうしたの? もしかしてルヴィンくんの料理を食べ足りなかったとか?」
うししし、とアリアは意地悪い笑みを浮かべる。
本当に意地悪い笑みだ。何もそんなこと言わなくてもいいのに。
「たわけ。お前とは違うのだ。まあ、否定はせんがな」
否定しないんだ。
「ルヴィンに用事があってな。お前に会わせたい者がいるのだ」
「僕に会わせたい人?」
そんなことを言われても、ピンとこなかった。
アリアに聞いても心当たりがないらしい。
とにかく僕たちはセオルド陛下の後に付いていく。
とある部屋の前に辿り着くと、セオルド陛下は軽くノックした。
「どうぞ」
聞こえてきたのは、綺麗な女の人の声だった。
その時になってようやくフィオナが何かに気付いたようだ。
構わずセオルド陛下は扉を開き、中に入る。
部屋の前で待っていたのは、妙齢の女性だった。
綺麗で早朝の湖畔のような輝く青い瞳。透き通るように白い肌。
やや細すぎる身体でも女性らしいたおやかさがある身体には、麻と絹を織り交ぜたクリーム色の緩やかなドレスを纏わされている。
ドレスと同じ色の髪は長く、腰にまで届いていた。
女性は僕を見るなり、パッと顔を輝かせた。
「まあ、ルヴィン……!」
「え?」
ハッと気づいた時には、妙齢の女性に抱き付かれていた。
一体何事? と思ったけど、何故か僕はその人のことを知っているような気がした。特に気になったのは、女性が纏う香気だ。普通の香水ではない。華やかな香りで、そしてどこか安心するような匂い。まるで母親に包まれているようだった。
「う……、う……」
香気に溺れる中で、女性は僕を抱きしめ泣いていた。
「良かった。無事で……。心配していたのよ」
「心配? あの……あなたは一体……」
そう言えば、女性に抱き付かれているのに、アリアもフィオナも何も言わない。
これがエリザだったら「シャー!」と奇声を上げて、追い払っただろう。
なのに2人して僕を見ながら、穏やかな笑みを浮かべている。
フィオナなんかは、目頭を押さえて泣いていた。
女性は涙を払いながら、僕を真っ直ぐ見つめる。
「そうね。あなたはわからないわよね。あなたが生まれてすぐ嫁いだから」
「嫁ぐ……。あ――――」
ようやく気づいた。
むしろ僕はなんですぐに気づいたのだろう。
いや、仕方ないことだ。
だって、実質この女性とは初対面なのだから。
「もしかして、クラリスお姉様ですか?」
僕の問いに、すでにくしゃくしゃになった顔を何度も縦に振る。
クラリス・ルト・セリディア。
いや、今はクラリス・ルト・セリディア=ヴァルガルドという名前だろうか。
ヴァルガルド大陸の二強と呼ばれた国の名を2つ持つ女性。
つまり、この女性はセリディア王家第一王女にして、ヴァルガルド帝国皇帝の妻――クラリス皇妃陛下だ。
僕が生まれてすぐヴァルガルド帝国に嫁いだ女性。
そしてセリディア王家で初めて他国に嫁いだ王女でもある。
セリディア王国はヴォルガルド帝国とその連合王国の前に敗北した。
その後、賠償金や土地の割譲などを決める中、最後にヴァルガルド帝国が出した提案は、セリディア王家の王女を帝国に嫁がせるという案だった。
これは長らくギフトという能力を独占するセリディア王国を、弱体化させる施策として提案されたと、僕は聞いた。
この件について、ガリウス国王陛下――つまり僕の父様は大反対したそうだが、結局敗戦国という立場によって覆らず、第1王女クラリスがヴァルガルド帝国に嫁ぐことになったのだ。
クラリス姉様が言ったように、生まれてすぐのことだったから、すっかり忘れていた。そうか。セオルド陛下の奥さんなんだ。帝国に嫁いでからは、1度もセリディア王国に帰省していないから仕方ないけど……。そもそもこうして顔を合わせるのは初めてだった。
「覚えていないのは仕方ないわ。あなたがまだ赤ん坊の頃だったから」
「申し訳ありません、お姉様。こうしてお目にかかるまで、姉様がこちらにいらっしゃることを失念しておりました」
「いいのよ。あなたにとっては遠い親戚のおばさんみたいなものでしょうから。でも、私……。あなたを抱っこしたことがあるのよ、フフ」
クラリス姉様、なんだか嬉しそうだ。
久しぶりにあった血の繋がった姉弟との再会だ。
ちょっとはしゃいでしまうのは仕方ないかもしれない。
するとクラリス姉様は僕の後ろに控えたフィオナを見つめる。
「フィオナも久しぶりね。良かったわね。運命の王子様に出会えて」
「クラリス陛下、からかわないでくださいだ」
フィオナの顔が耳まで真っ赤になる。
運命の王子様って、一体何?
「やっぱりフィオナは姉様のことを知っているんだね」
「しばらくヴァルガルド帝国に滞在していた際、主にクラリス陛下のお世話をしておりましただ。そもそもおらさ帝国に誘ったのも、クラリス様からお手紙をいただいたからなのです」
そうだったんだ。
フィオナがヴァルガルド陛下に仕えていたことには驚いたけど、背後にはクラリスお姉様の存在があったんだな。
なんでも姉様の護衛官にフィオナが務めていた時からの親友らしい。
そしてクラリスお姉様が最後に向き直ったのは、アリアだ。
それまで子どものようにはしゃいでいた姉様だったけど、アリアを見つめる表情はどこか真剣だ。一国の君主に対する立場以上のものを感じた。
「アリア陛下には、弟がお世話になっています。セリディア王宮にてルヴィンの身に何が起こっていたのか、ずっと案じておりました。その中で、陛下は立場を顧みずルヴィンを連れ出してくれた。本当に感謝申し上げます」
クラリスお姉様は深々と頭を下げた。
これには当のアリアも驚いたらしい。
「そ、そんな畏まらなくていいよ。正直に言うと、ボクがやったことは犯罪スレスレのことなんだ」
「スレスレじゃなくて、十分犯罪だがな」
「話の腰を折らないでくれよ、セオルド。……こほん。そのなんて言うか。むしろ感謝したいのは、ボクの方なんだ。ルヴィンくんにはとても助けられてるし。ああ。もう! 顔を上げてよ、皇妃陛下」
改まって返事しようとしたものの、最後には何を言っていいかわからず、いつものアリアに戻ってしまった。
その様子を見て、クラリスお姉様はクスリと笑う。
「こうやって面と向かって喋るのは初めてですけど、アリア女王陛下はセオルドから聞いた通りの方なのですね」
「ええ?? セオルド、なんてボクを紹介してたの? もしかして悪口じゃないよね、セオルド」
アリアが睨むけど、そのセオルド陛下は涼しげな表情で手を振った。
「知らん。忘れてしまった。気になるなら、我の口から悪口が出ないような立派な王様になるのだな」
「もう! 変なこと言ったら、ただじゃおかないからね!」
「まあまあ。怖いこと……。皇宮が潰されちゃうわ」
「そ、そんなことはしないよ!」
クラリスお姉様の言葉に、アリアは慌てて否定する。
ドッと笑いが起こる。僕も一緒になって笑った。
温かい空気が部屋に満ちる。
それはセリディア王国では感じることのできなかったものだった。
4月25日、グラストノベルス様より
『獣王陛下のちいさな料理番 ~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる〜』が発売されます!
久しぶりの小説!
『ゼロスキルの料理番』『公爵家の料理番様』に連なる久しぶりの料理番シリーズとなります!
イラストレーターは『聖女じゃなかったので、王宮でのんびりご飯を作ることにしました』でお馴染みのたらんぼマン先生に描いていただきました!
先生! こんなにキュートにルヴィンを掻いていただきありがとうございます!!
豪快なステーキから、繊細なフルコース料理まで、
大変お腹が空くレパートリーとなっております。
是非よろしくお願いします。




