第24話 鱈のフリット オレンジとバターのエマルジョンソース
☆★☆★ 4月刊 ☆★☆★
お待たせしました。
『獣王陛下のちいさな料理番~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる~』の第1巻が、グラストノベルス様より発売されます。
発売日は4月25日。
イラストレーター様は『聖女じゃなかったので、王宮でのんびりご飯を作ることにしました』のたらんぼマン先生になります。おいしい飯絵を描いていただいております。
ご予約よろしくお願いします。
最後にオレンジの皮とハーブで彩りを調えると、僕の料理が完成した。
「できました」
鱈のフリット オレンジとバターのエマルジョンソースです!!
カラッと狐色に仕上がったフリット。
そこにオレンジ風ソースに、少し手を加えたエマルジョンソースがかかっている。
フリットの香ばしい香りは勿論のこと、爽やかなオレンジが香る一品だ。
僕はその皿を料理長に向け、掲げた。
「試食を、料理長」
何故か呆然としていた料理長は我に返ると、フォークとナイフを握る。慎重に鱈のフリットを切ると、白い湯気が上がった。切り口から見えるホクホクの白身が、また食欲を誘う。実際、料理長は1度唾を飲んだ。
ゆっくりというより、恐る恐るという感じで口にする。
僕のような小さな料理人が作る料理に、信じがたさがあるのかもしれない。
サクッ!
気持ち良い音を立てて、料理長は一口食べる。
慎重に咀嚼していたけど、すぐに表情に変化が現れた。
「うまい!」
カッと目を見開き、叫ぶ。
料理長の言葉に、他の料理人たちも驚いていた。
「なんと肉厚な鱈だ。しかもプリッとしてやわらかく、脂の質もいい。鴨に負けないぐらいボリューミーだ」
絶賛する。
ヴァルガルド帝国の西側の港では、旬ではないけど、北に位置するエストリアの西側の北海では、今が鱈の最盛期だ。北海の荒波で鍛え上げられた身と、寒さに負けない脂は上質な鴨肉に勝るとも劣らない。
加えてフリットにしてあるため、ボリュームをさらに増している。
衣を纏ったことによって、鴨肉以上のインパクトを口に与えることにしたのだ。
料理長の絶賛は続く。
「オレンジソースの爽やかな酸味が、いい意味でフリットのボリューム感を下げている。口の中でオレンジの酸味が広がることによって、フリットの脂分をまったく感じさせないのだ。しかし、ここまで対照的な味なのに鱈のフリットのボリューム感が死んでない。私が作ったオレンジソースとは違うのか?」
「その通りです。元々あったオレンジ風ソースに、バターを加えました」
「バター!? いやしかし、元々あったオレンジ風ソースは水分を多く含んでいる。一方、バターは油だ。1つ間違えたら、分離して見た目の悪いソースになってしまうぞ」
そうか。『乳化』のことを知らないんだ。
乳化とは、水と油のように本来混ざり合わないもの同士を、どちらか一方に分散し、均一な状態にすることだ。
どうやら、この世界ではまだ知らない技術らしい。
僕も前世の記憶から、レシピが引き出さなかったらできなかったけど。
「仰る通りかと。だから弱火の鍋に、少しずつバターを加えました」
「そう言えば、妙に時間がかかっていたのは?」
「はい。その作業をしていました。一気にやってしまうと、やはり分離してしまうので」
「そんな調理法初めて聞いた。エストリアの技術は侮れないということか。陛下が一目置くのもわかる気がする」
エストリアの技術というよりは、【料理】のおかげなんだけどね。
でも、これで少しでもエストリア王国に興味を持ってもらえれば、もしかしたらうちの厨房で働きたいという料理人が現れるかもしれない。うちは大食漢が多いからね。厨房はいつも火の車だ。是非働きに来てもらいたい。
「料理長、俺にも食べさせてください」
1人の料理人が手を上げると、次々と料理人たちが申し出てくる。
作った分のフリットはすぐになくなってしまった。
代わりに炊事場は絶賛の嵐に包まれる。
「うまい! こんなフリットを食べたのは初めてだ」
「ソースもいい。後味は爽やかなのに、味が濃厚だ」
「フリットのサクサク感もいいな」
「普通の食感じゃないな。オレが作る衣より軽い感じがする」
特に衣の食感が気になるらしい。
しかし、その絡繰りに料理長が気づいていた。
「バッター液に麦酒を使ったからだろう。熱を入れた時に炭酸が抜け、空気が入ったことによって、サクサクなのに軽い食感になっている。その分、鱈の旨みを味わえるのだ。そうだね、ルヴィン料理長」
「はい。その通りです」
さすが皇宮の料理長だ。
その料理長はさらに続けた。
「麦酒を使ったことによって、鱈の臭みを緩和されている。さらに苦みが加わることよって味を複雑化させ、飽きの来ない味に仕上がっているのだ。素晴らしい。ここまで考えられた料理が、かつてあっただろうか」
皇宮の料理長は、僕の方を向く。
そしておもむろに頭を下げた。
「ルヴィン料理長、謝罪を」
「え?」
「十分あなた方のことをリスペクトしていたつもりでした。しかし、やはり心のどこかではあなたや獣人たちを侮る気持ちがあったことは事実です。しかし、この料理を食べて、自分が井戸の中の蛙であったことを思い知らされました」
「それはこっちの台詞ですよ。僕もすごく勉強になりました」
「いや、ルヴィン料理長も、そしてバラガス殿の動きは、我々が見本とする料理人そのものでした」
「そんなに褒めてもらえると、照れくせぇなあ」
バラガスさんは頭のコック帽をとって、赤くなる。
「料理長、それよりも早くメインの料理を」
「……実は、先ほど足をくじいてしまいましてな」
「え? 大丈夫なんですか?」
「なに……。1日もあれば治る怪我です。よろしければ、ルヴィン料理長。私に代わって、メイン料理の指示を出していただけませんか?」
「ぼ、僕が指示を……?」
それって僕が一時的に皇宮の料理長になるってことじゃ。
「はい。私が指示をするよりも、あなたから直接指示を出してもらった方が効率がいいでしょう」
料理長の好意は嬉しいけど、はっきり言って他の料理人たちの反発が怖い。
ああは言ってるけど、やはり子どもに指示されるのは抵抗があるはずだ。
そう思って、僕は周りを窺う。
心配はまさに杞憂だった。
1人1人の料理人の眼に、侮るような気持ちはない。
帯を締め、コック帽を被り直して、指示を待つ料理人たちの姿があった。
(そうか。関係ないんだ)
僕も含めて、料理人はいい料理を作りたい。
そのお題目の前に、子どもも獣人も関係ない。
いい料理のために、純粋に技を盗みに行く。
それがプロの料理人の姿なのだろう。
「わかりました。それではメインの料理を『鱈のフリット オレンジとバターのエマルジョンソース』に変更します。指示を出すので、よろしくお願いします」
『わかりました、料理長!!』
料理人たちが一斉に動き出す。
バラガスさんも加わって、次々とフリットが上がっていくと、香ばしい香りが炊事場を包んでいった。
◆◇◆◇◆ アリア ◆◇◆◇◆
「ルヴィンくん、大丈夫かなあ」
アリアは心配そうに空席になった隣を見つめる。
あれから料理は次から次へと出てくるものの、大好きな料理番が一向に戻ってこない。1度は厨房に出向き様子を窺おうとしたが、秘書官のマルセラに再三再四止められていた。いくら心配だからといって、健康を害さない限り、一国の君主が宴席の場を離れることはNGだ。エストリア王国の評判は少しずつ上がっているが、再び悪評に転じてしまうかもしれない。
「落ち着いてください、アリア。バラガスもついていますから。心配は無用です」
「……そうだね。ルヴィンくんのことだから、きっとボクが想像もつかないことをしているかもね」
「なんですか、その不穏な予想は……」
バンッ!
突然、扉が開く。
何事かと思わず中腰になったマルセラだったが、現れた人物を見て目を丸めた。
アリアは表情を歓喜に輝かせた後、マルセラの方を向いてニヤリと笑う。
「どうだい、マルセラ。ボクの予感はよく当たるだろ」
晩餐会の席に、まず最初に入ってきたのは、ルヴィンだ。
コック帽を取り、1度おじきをした。
「ご来賓の方、お待たせしました。本日のメイン料理になります」
皿をのせた荷車が晩餐会の席になだれ込む。
50人以上の給仕たちが洗練された動きで、来賓の前に皿を提供した。
皆に行き渡ったのを確認し、ルヴィンは銀蓋を開けるように指示する。
湯気とともに現れた狐色のフリットを見て、歓声が上がる。
淡いオレンジ色のソースに、その皮とハーブがのったフリットは見た目も美しく、香ばしい上に爽やかな酸味が利いた香りに、皆が酔いしれた。
「おいしそう! いただきます」
アリアは一口食べる。
直後、涙を流さぬばかりに顔を輝かせた。
他の来賓の反応も上々だ。時々アリアのように大げさに声を上げて、鱈のフリットを称賛する人もいる。
特に強く絶賛していたのは、本日の主役セオルド皇帝陛下だった。
鱈のフリットを半分食べ、白ワインを呷った後に大広間の入口で来賓の反応を見守っていた料理長に声をかける。
「見事だ、料理長。褒めて使わす」
「ありがたき幸せ。ですが、陛下。仮にフリットの評価であるなら、どうかルヴィン王……ルヴィン料理長に言葉をかけてあげてください」
皇宮の料理長はルヴィンを紹介する。
そのルヴィンは緊張していた。
晩餐会にいるのは、上流階級の人間でもさらに上の位の人間ばかり。
中にはアリアのように国の君主が含まれている。
そうした人間たちが、子どもの作った料理を如何に評価するのかわからなかったからだ。
握っていたコック帽を、ルヴィンは自然と力強く握りしめる。
多くの来賓がその姿に戸惑う中、1つ拍手を送る者がいた。
しかも立ち上がってだ。
「なるほど。あまり食べたことのない味だと思っていたが、ルヴィン。そなたの仕業か。うまかった。さすが我が認めた料理人だ」
最後の一言が、来賓たちがどうするかべきかという決定打になる。
思わず立ち上がってしまう、食事の席にかかわらず万雷の拍手に包まれた。
来賓の顔は良い歌劇を見た後のように充足し、まさに興奮冷めやらぬといった様子で賛美を送る。その言葉に、ルヴィンは再びおじきをすることで応えていた。
来賓から認められた自分の料理番を、アリアは頼もしく感じていた。
「言ったろ。ルヴィンくん、とってもすごい料理長だって」




