第23話 麦酒を一杯
タイトルを書籍用に変更させていただきました。
改めて『獣王陛下のちいさな料理番 ~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる〜』をよろしくお願いします。
すでにネット書店ではご予約が始まっております。
正式な発表はこの後ですが、是非ご予約お願いします。
「どうしたんですか?」
炊事場の中央に置かれていた鴨肉を見て、思わず声をかけてしまう。
一斉に皇宮の料理人たちの目が僕の方へと向いた。
その1人が、先ほど厨房を案内してくれた料理長だ。
「ルヴィン王子。何故ここに?」
「料理の進行が遅れているようだったので、何かトラブルが起きているのではないかと。そこで何かお手伝いできることがあったらと思って、参上しました」
どうやら僕とバラガスさんの勘は当たったようだ。
トラブルの下は、間違いなくテーブルにのった鴨肉だろう。
本来なら鮮やかな赤紫色をした身が、緑色に変色している。
鼻を近づけてみると、かすかにアンモニア臭のような臭いがした。
相当痛んでいるんだろう。
「お恥ずかしいところを見られてしまいましたな」
「どうしたんですか、その鴨肉」
「今回のコースのメインだったのですが、この通り腐っていて」
皇宮の調理場には2つの氷室がある。
1つは普段使いしている氷室。もう1つが今回のような大規模な晩餐会に備えて、大量の食料を保存しておく氷室である。後者の氷室の冷凍魔法がいつの間にか切れていたらしく、晩餐会が始まる3日間、常温のままで保存してしまったらしい。
盗難を防ぐために鍵をして、冷凍魔法の効率を上げるために極力扉を開けない管理態勢にしていたのが、裏目に出てしまったそうだ。
「他の食材で代用できないのですか?」
「氷室には他の鶏肉や牛肉といったものも入ってました」
「なるほど。それも全部ダメに」
料理長は力なく項垂れる。
料理人たちを集めて知恵を絞ってみたものの打開策が見つからないまま晩餐会が始まり、料理を遅らせてでも問題解決をしようとしていたらしい。
だが、状況は芳しくない。
1番の問題は2500人分の料理を用意するかだ。
現在、料理人を帝都の方々に送って食材を探しているみたいだけど、それもあまりうまくいっていないらしい。皇帝陛下の誕生祭は皇宮の中だけではなく、外でも行われている。外に出て食べる人がほとんどで、おそらくどこの食堂も人がいっぱいだろう。
(1000人ぶんの料理を出したことがある僕はわかる。それだけの食材を集める難しさを……)
でも、できませんでした――とは言えない。
国の威信がかかっているからだ。
だからといっても、代替の料理を生み出すことは簡単なことではない。
前菜でもデザートでもなく、鴨肉を使ったメイン料理なのだ。
生半可な食材では代替できないだろう。
「こうなっては仕方あるまい。わたしから参加者の皆様に……」
「諦めるのはまだ早いです」
「ルヴィン王子……。しかし、もう時間が……」
僕はバラガスさんに耳打ちして、食材を持ってきてもらう。
薄く半透明の白い身に、程よくのった脂。見た目はプリプリと食べる前から、その弾力感を想像させる。何より驚くべきは大きさだろう。鮪――それ以上の大きさの切り身は、当然ながら料理人たちの注目を浴びた。
「ウルフフィッシュの赤身です」
「う、ウルフフィッシュ! 魔物の?」
「はい。実は我が国の献上品でして、こっそり陛下に食べていただこうとエストリア王国からお持ちしました」
ウルフフィッシュはエストリア王国北東にある港町で捕獲した。
港町の漁船を破壊する厄介な魔物で、町民も困り果てていた。
その捕獲を担ったが、リースさん率いるエストリア騎士団だ。
いつもは森に住む獣人たちは、対海でも無類の強さを誇り、全長が大人の3人分はある巨大ウルフフィッシュを捕獲した。
僕はウルフフィッシュを〆て、血を抜き、その後氷漬けにして、皇帝陛下の献上品とすることに決めたのである。
「魔物を食料に……」
「ウルフフィッシュの正体は真鱈です」
「真鱈?」
「はい。真鱈が大量の魔素を浴びて、恐ろしい魔物になりました。しかし、その食感や脂の乗り方、旨みは冬に食べる真鱈に引けを取りません」
僕はウルフフィッシュの身を一口大に切る。
皿に盛って、料理長に差し出した。
「ぬおおおおおおお! う、うまい!!」
絶叫する。
料理長の反応を見るや否や、他の料理人たちも手を伸ばした。
「うまい。総じて淡白だが、噛めば噛むほど旨みが広がってくる」
「食感もいい。真鱈より肉厚で、とろけるように喉の奥に入っていく」
「脂ものってて、これ本当に魔物なのか?」
どうやらウルフフィッシュは、皇宮料理人たちの舌を唸らせることができたらしい。先ほどまで意気消沈していた料理人たちの目に生気が戻る。次々にウルフフィッシュをメインの食材として出そうと話になる。
でも、料理長は冷静だ。
「しかし、我々には未知の食材すぎる。真鱈はともかく、魔物を扱ったことなど」
「なら僕にやらせてください」
「ルヴィン王子が!? ウルフフィッシュの調理の経験が?」
「ありません。でも――――」
僕には【料理】があります。
セリディア王家の者だけが使えるギフト。
僕の【料理】は料理に精通するものであれば、レシピにして扱うことができる。たとえ食材が魔物であろうと関係ない。何より困っている料理長や、皇帝陛下の誕生祭を台無しにするわけにはいかなかった。
「料理長、ご用意いただきたいものがあります」
「待て。君、本当にここで料理するつもりかね」
包丁を握った僕を見て、若い料理人が止めに入る。
「ここは神聖な帝国の厨房で――――」
「いいんだ。ルヴィン王子に任せてみよう」
「料理長!?」
「ルヴィン王子、何を用意すればいい」
料理長が若い料理人を制止すると、僕の方を向いて尋ねた。
「麦酒を1杯」
「麦酒?」
「はい。できればキィンキィンに冷えた奴でお願いします」
「……わかった。誰か酒房から麦酒を持ってきてくれ」
料理長は指示を飛ばす。
一方、僕はウルフフィッシュの切り身を一口大にカットする。
「バルガスさん」
「はい。塩胡椒を振って、馴染ませるんですな」
「さすがわかってる。あとは乾いた布で水分をとって」
次に僕は鍋に火を入れ、温める。
その後、たっぷり油を入れた後、狙った温度まで熱を入れた。
すると、僕は炊事場にぽつんと置かれたソースを見つける。
いい香りに思わず鼻を近づけた。
「オレンジソースだ」
「元々鴨肉に使う予定だったのですが……」
「なるほど。この爽やかな酸味……。このソースを使っていいですか?」
「かまいません。どうせ捨てるものだったので」
そこに丁度、麦酒を持った料理人が戻ってくる。
注文通りキィンキィンだ。
僕はボウルに小麦粉を入れると、卵、そして冷えた麦酒を入れる。
「バッター液か」
料理長が唸る。
そこにウルフフィッシュの切り身が並んだトレーを、バラガスさんが持ってくる。艶があり、丁寧に水分が拭き取られていた。僕はそれをバッター液にくぐらせると、適温となっていた油の中に入れる。
ジュワッ!
万雷の拍手を思わせるような音が炊事場に響き渡る。
バッター液をくぐらせたウルフフィッシュの切り身は、徐々に狐色になっていくと、サクサクの衣を形成し始めた。
「どうやら揚げ物を作るようだね」
「淡白なウルフフィッシュの味を、鴨肉に負けない大味にしようというわけだ」
「それにフリッターなら時間はあまりかけず、調理できますからね」
「そこまで考えての調理のチョイスというなら……」
料理人たちの目の色が変わったのが、背中越しに感じながら僕は調理を続ける。
はっきり言うと、とても緊張する。人がいっぱいいるところで調理をしたことはあるけど、今ここにいる人たちは全員プロフェッショナルだ。ミスも、そして誤魔化しもきかない。そんなことすれば、鋭い視線を送られるだろう。
それでも僕は楽しい。
自分のすべてをぶつけても、凌駕する人々の前で料理ができる。
きっとこの困難が終われば、僕は知ることになる。
今、自分が料理人として、どの位置にいるかを……。
「笑っている?」
皇宮の料理長は、ルヴィンが笑っていることに気づく。
時間は刻一刻と差し迫っており、2500人のうちの500人どころか、まだ1皿もできていない。そんな状況を楽しんでいる小さな料理人を見て、料理長もまた口元をほころばせた。
「それに……。あの獣人の料理人もそうだが、よく動く」
いつしか料理長の視線は、ルヴィンだけに向いていく。
その動きはとても子どもとは思えない。
まるで歴戦の料理人のように洗練されていた。




