第21話 能力のある者の国
初めての帝都は、圧巻の一言だった。
白煉瓦で埋め尽くされた大通り、完備された上下水道。
馬宿や井戸水といったものが、そこかしこにあって、住人だけではなく旅行者に対する配慮も忘れていない。
そして人、人、人だ。セリディア王国も人が多いけど、帝都は優にその倍の人が通りを行き交っていた。活気ならば、さらに倍の熱量を感じる。
ヴァルガルド帝国君主――セオルド皇帝陛下は徹底した能力主義者だ。
能力がある者なら、その人間が奴隷身分のものであろうと、即日に自由市民にして取り立てる。その指針は人族だけではなく、獣人にも適用されていて、帝都には獣人の姿もあった。これはセリディア王国にはなかった光景だ。
こうした門戸の広さが、今ヴァルガルド帝国の勢いと強さになっていることは確かだと思う。
(この帝都の姿こそがエストリア王国の理想になるかもしれない)
僕は馬車の車窓から帝都の姿を目に焼き付けるように見続けた。
やがて馬車は皇宮の中へと入っていく。
そこには国の紋章がついた馬車がズラリと並んでいた。
みんな、セオさんの誕生日を祝いに来たのだろう。
僕たちも馬車から降りると、1人の鎧の騎士がやってきた。
戦争中でもないのに、兜のフェイスガードを下ろし、僕たちの方に近づいてくる。鎧からして帝国の騎士団みたいだけど、纏う雰囲気がこれまで見てきた衛兵とは全く違う。僕は近くにいたフィオナの後ろに隠れたけど、アリアたちは特に警戒していない様子だった。
「よう。やってきたな、アリア」
「相変わらず礼儀がなってないな。せめて女王様ぐらいはつけてくれよ」
向こうの軽口に、アリアも軽口で返す。
すると騎士は兜を脱ぐ。現れたのは、ふさふさ耳をした虎牙族の獣人だった。
「ベーター、久しぶりだね。息災だったかい」
「アリア、知り合いなの?」
「昔、ボクたちの傭兵団にいた仲間さ。金に目が眩んで帝国騎士団に入った裏切りものだけどね」
「裏切り――――」
思わずベーターという獣人を見つめる。
「ちょちょちょ。人聞きの悪いことを言うなよ。俺様はセオルド皇帝陛下の男気に惚れたって、『番犬』を抜ける時に言ったろ?」
「あれ? そうだっけ?」
「おいおい。まるでリースみたいなこというじゃねぇか、団長。……って、そういえばリースの野郎はどこだ?」
今やエストリア王国の騎士団の団長であるリースを「野郎」って。
ベーターっていう人、よっぽどアリアたちと関わりが深いんだろうな。
きっと固い友情で結ばれているに違いない。
ドシャッ!!
突然、地面が弾ける。
そこはさっきまでベーターさんが立っていた場所だった。
ベーターさんはかろうじて避けていたのだけど、危害を加えた獣人は特に悪びれるもなく、その鼻息で威嚇する。
「我が女王陛下に対する度重なる失礼な言動……。その恰好、どうやら騎士のようだが、騎士道という言葉を知らぬとみた。そこに直れ。我が輩が折檻してやろう」
リースさんは戦斧を振り回す。
目はつり上がっていて、もうすでにお怒りモードだ。
火蜥蜴というよりは、興奮した闘牛のようだった。
「おっぶねぇな、リース。てか、俺様を忘れたのかよ。お前の相棒だぞ」
「相棒………………………………知らん。お前、誰だ」
「ベーターだよ。元『番犬』の!」
ベーターさんは絶叫する。
困惑するベーターさんを見ながら、隣に立ったバルガスさんが2人の関係性を説明してくれた。
「リースとベーターは『番犬』の副長で、ダブル№2だったんだ」
「それって、ライバルってことですか?」
「昔から仲が悪くてな。……つっても、ベーターの方から喧嘩をふっかけることが多かったけど」
たぶん、リースさんからふっかけなかったのは忘れていたからだろうな。
「まあ、いいや。リース、天覧試合にエントリーしてるだろ」
「無論だ。皇帝陛下の前で、我が輩の鍛錬の成果を見せる場であるからな」
僕だけ「天覧試合?」と首を傾げていると、マルセラさんが教えてくれた。
セオルド皇帝陛下の誕生日には、毎年必ずトーナメント制の闘技会が開かれているらしい。大陸全土から集めた様々な強者たちが戦う余興で、そこにリースさんとベーターさんも参戦する。
陛下も毎年楽しみにしている余興だそうだ。
「今年こそ勝ってやるからな!」
「お前もこりんなあ、ベーター。お前、今のところ1勝しかしてないんだぜ」
しかも、その1勝はリースさんが闘技場の場所を忘れてしまったことによる不戦勝だったらしい。
「うっせぇ、バラガス。去年はな。こいつが『はじめ』の合図で開始するのを忘れて、不意をつかれたんだ。今回は最初から最後まで油断しねぇ」
リースさんらしいけど、それってルール違反じゃないかな。
むしろ試合として成り立つこと自体、問題だと思うのだけど……。
「到着したと聞いたから、玄関で出迎えてやろうと待っていたのに、こんなところで油を売っていたのか。アリア、お前はいつから狐になったのだ?」
聞き覚えのある声に、心臓を鷲掴まれたような気がした。
叱責にも似た強い口調には、威厳と畏怖が込められていて、自分の中の動物的本能が反応したのがわかる。事実、僕以外の人たちはすぐに反応し、その場で膝を突いていた。
振り返る。
そこに青年にも見間違う、若く生気に溢れた黒髪の男性が立っていた。
軍服にも似たデザインの黒の上着に、腰に儀礼用らしき剣を佩いている。
紫の色の瞳は苛烈で、目の奥で静かに燃えているような印象があった。
立っているのがやっとの威圧感。
その中でアリアだけが、どこかいつも通りだった。
「狐が好きなのは、油揚げだろう。油じゃない」
「ほう。少しは学を身に着けたか」
「ボクだっていつまでも物を知らない女王様じゃないさ、セオルド」
アリアは気さくにヴァルガルド帝国皇帝陛下のファーストネームを呼ぶ。
皇帝陛下とアリアは、元は雇い主と雇い人の関係だ。
でも、この2人にはもっとそれ以上の強い絆を感じる。
思えば、陛下はともかく僕はアリアのことを何も知らない。
特に『番犬』の団長だった頃のことは、アリアは全く話さないし、そういう空気すら作らない。僕が知っているのは『セリディアの恥辱』の中心的人物であったことぐらいだろう。
「ルヴィン、そなたも遠路はるばるご苦労だった」
「セオさ……セオルド皇帝陛下。父――いえ、エストリア王国ガリウスを説得いただきありがとうございます」
「そなたの滞在のことか。気にするな。我は領地のトラブルを解決したに過ぎぬ。あの程度のことは、些末なことだ。戦争に比べればな」
いや、十分凄いことだと思う。
もし問題があのままこじれていれば、僕をダシにしてエストリア王国はセリディア王国に対して、戦争をふっかけていたかもしれない。
陛下はその落としどころを見つけて、父を説得して下さったのだ。
「それと、お誕生日おめでとうございます」
「あ。そういえば、誕生日だった。セオルド、誕生日おめでとう」
「なんだ、そのもののついでみたいな祝いの言葉は。ルヴィンを見習え」
やれやれと首を振る。
皇帝陛下を見つけて、大臣が慌てた様子で駆け寄ってきた。
どうやら他の用事をすっぽかして、僕たちを出迎えてくれたらしい。
「では、アリア。天覧試合でな。リース、ベーター、2人には期待しているぞ。存分に我を楽しませよ」
「御意!」
「陛下、今度こそリースを倒してご覧に入れます」
2人は静かに燃え上がる。
そのままセオルド陛下が去っていくかと思ったが、すぐに足を止めてしまった。
「ルヴィン」
「は、はい」
「皇宮の厨房に入ることを許可する。見学でも、料理を作るでも好きにせよ」
皇宮の厨房……!
え? 入っていいの? すごい。見たい!
皇宮に行くことばかり考えていて、厨房のことなんて気にも留めていなかったけど、見てみたい!
ヴォルガルド帝国には、制度上、多くの能力ある人間がやってくる。
きっとその厨房には腕利きの料理人たちがひしめいているはずだ。
それは僕からすれば、知識の宝庫も同然だった。
「良かったね、ルヴィンくん」
「うん!」
楽しみだなあ、皇宮の厨房!
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