第2話 赤身肉のビーフシチュー
本日、ラスト!
ポイント3桁まで行きました!
早速、ブックマークと評価ありがとうございます。
久しぶりの新作だったので、すごく反応が怖かったのですが、こうやって反応してもらえて嬉しいです。
更新むちゃくちゃ頑張るのでよろしくお願いします。
アリアと別れた後、僕は王宮にある蔵書室に転がり込んでいた。
書物は手間と時間がかかることから、宝石並みに貴重なものだ。本来なら僕のような第七王子は見つかればすぐに追い出されるのだけど、生憎とうるさい家令はそれどころじゃないらしい。
手早く目当ての書物を見つけると、読み進めた。
内容は獣人の生態と、彼らが住む森のことだ。
「獣人って肉が主食なんだ。……あれ、でもアリアは苦手なものはあるって」
基本的に雑食ではあるけど、人族と違って、いくつか気を付けなければならない食べ物があることが本には書かれていた。
「アリア、大丈夫かな?」
王宮の料理人は全員プロフェッショナルだ。医官も間に入って、晩餐会に出席する人間の好みや、アレルギーなども把握した上で、調理している。でも、彼らがこれまで獣人に料理を提供したことがあるのかといえば、答えは否だ。
「待てよ……」
目をつむり、脳裏に今日の炊事場のことを思い浮かべる。
あそこに運び込まれた材料、下拵えの方法、火加減、使われた調理器具を想起した。すると、あるメニューが頭の中に浮かび上がる。
「ダメだ! それをアリアに食べさせちゃ!!」
僕は蔵書室を飛び出した。
◆◇◆◇◆ 晩餐会 ◆◇◆◇◆
ルヴィンが蔵書室を飛び出す少し後……。
晩餐の席で一悶着が起こっていた。
主役となったのは、エストリア王国女王のアリアである。
「どうしました、アリア女王? 料理が口に合いませんかな?」
アリアに声をかけてきたのは、顔を赤くした青年貴族だ。
名はヒールマン。セリディア王国の東部を治める大侯爵の1人である。普段は神経質で真面目な男だが、酒が入ると途端に皮肉屋になる悪癖を持っていた。
この晩餐会において、被害者となったのはアリアだった。
今、アリアの前に置かれているのは、牛肉の赤ワイン煮だ。
本日メインでもあった料理を、ヒールマンを含め、参加者全員は舌鼓を打っている。時に声を上げ、絶賛する者がいるほどの逸品だった。
「セヒロン産の赤ワインに、セリディア王国が誇るブランド牛ルンベ――そのさらに最高等級の牛肉を使ったワイン煮ですぞ。このような晩餐の席でもなければまず食べられますまい。まして……ポッと出の田舎国では。おっとこれは失礼」
ヒールマンの皮肉は耳障りで気持ちが悪い。
故に社交界でも彼は嫌われ者だ。
だが、今宵の生け贄は世界でもっとも嫌われている獣人。『番犬』に煮え湯を飲まされた敗北者たちは、ヒールマンに詰められるアリアを見て、嘲笑を浮かべていた。
アリアも黙ってはいない。目の前の貴族をキツく睨み付ける。
ナイフのように切れ味鋭い眼光にヒールマンは小さく悲鳴を上げ、後退するも、酔いで緩んだ口を閉じることはない。
「しょ、所詮は獣人か。ふん。敬意の欠片もないな」
「敬意?」
「戦乱において、多くの兵を殺し、城を焼き、文化を破壊尽くした君たちにはわかるまい。その料理を作ったものが、如何にして――――」
「わかった。食べるよ。食べればいいんだろ」
アリアはナイフとフォークを取る。
自然とその所作はルヴィンに教えられたマナー通りになっていた。
肉に切れ目を入れようとすると、力も入れていないのにナイフが入っていく。
そのやわらかさに一瞬手を止めた後、最後にフォークを刺した。
大臣は国王の方に目配せする。その国王はまるで何事もなかったかのように側のグラスを空け、アリアが肉を食べる瞬間を見届けようとしていた。
「お待ちください」
子どもの声が晩餐会の席で聞こえてきたのは、その直後だった。
◆◇◆◇◆
本来、給仕が引くべき荷車とともに、僕は晩餐会へと入場する。
視界に映ったのは、ヒールマン侯爵に問い詰められるアリアの姿だ。
アリアの前には、分厚い牛肉のワイン煮が置かれている。
(やっぱり、こうなっていたか)
荷車を押し進め、火中に飛び込むと、一斉に視線が僕の方へと向いた。
父上も僕の姿を目にするや否や、眉間に皺を寄せる。
兄姉の王子王女も立ち上がって、様子をうかがっていた。
「なんだ、あの小僧は?」
「もしやルヴィン王子では?」
「王子が何故……?」
「あの恰好? まるで料理人ではないか?」
コック服を着た僕の姿を見て、集まった来賓は一様に驚いていた。
総じて冷たく針のような視線にさらされつつ、僕は侯爵の前に進み出る。
ヒールマン侯爵は、以前を僕に忠義を誓うと宣言した貴族の1人だ。
だけど、僕が【万能】を失ってから、その顔を見ることはなかった。
「ひ、久しぶりですな、ルヴィン殿下。何用ですかな。それにその恰好……。まるで襤褸を着た小僧のようではございませんか」
侯爵は得意の皮肉を披露すると、会場は再び冷笑に包まれる。
「この白いコック服のことを襤褸というなら、それは料理人対する侮辱です。彼らはここにいる大勢の来賓のために寝る間も惜しんで今も料理を作っています。ヒールマン侯爵、あなたには料理人たちに対する敬意がないのですか?」
「はっ! 相変わらず賢しい小僧ですね、あなた」
ヒールマン侯爵はそっぽを向く。
無視してくれて結構だ。僕が用のあるのは、侯爵じゃない。
僕はテーブルの前で俯いたエストリア王国の女王の方を向いた。
「アリア――――アリア陛下がこちらの料理を食べられないのは無理もありません」
「何を仰るのですか? これはルンベ牛を使った最高級の赤ワイン煮ですぞ。知っておられますか、ルヴィン殿下。獣人は肉を主食とするのです。これ以上の贅沢はありますまい」
「知っています。しかし、獣人だからといって、すべての肉を好むわけではない。中には食べられない肉があることをご存知ですか、侯爵?」
「食べられない肉……?」
「たとえば、サシの入ったいいお肉です。今テーブルにあるルンベ牛のような」
「馬鹿な!」
僕は荷車の中から1枚の皿を取り出す。
そこには調理される前のルンベ牛がのっていた。
綺麗な霜降り肉は、晩餐会の明かりを受けてなお輝いている。
「ルンベ牛はとてもいいお肉です。やわらかな肉質に、爽やかに広がる旨み。そして上質な脂肪分は甘く、口の中で溶けるような不思議な食感を与えてくれる。セリディア王国が誇る、いえ世界でも類を見ない最高級のお肉でしょう」
「その通り! ふふ。何を隠そうこのルンベ牛が飼料としているのが、我が領地で作られた牧草――――」
「しかし……、最高級と称される肉にはある基準をクリアしなければなりません。それが脂肪分です」
「お子様ですなあ。ルンベ牛の脂肪は良質な脂で……」
「その良質な脂ですら、獣人の方々にとって、時に毒になる」
毒、という単語を聞いて、周囲がざわつく。
当のヒールマン侯爵も息を呑む。
「獣人の方の主食は肉類ですが、主に赤身肉を好み、脂肪分の多いバラや腰肉はあまり好みません。それは人族と違って、獣人の方のお腹は過度の脂肪分を消化するのに適さないからです」
アリアは「嫌い」ではなく、「苦手」と言っていた。
食べることはできても、身体が受け付けない。
そんな意味が込められていたのだろう。
「食べた場合、お腹を壊し、最悪激しい嘔吐感に苛まれるそうです。つまり僕たちはアリア陛下に毒を食べさせようとしていたということになります」
騒然としていた大広間が、水を打ったように静まり返る。
僕の説明に誰も反論するものはなく、ヒールマン侯爵ですら固まったまま動けない様子だった。
そんな周囲を尻目に僕は荷車をアリアの前に押す。
彼女の前でペコリと頭を下げた。
「アリア陛下、失礼しました。お詫びといってはなんですが、代わりの料理をご用意しましたので、食べていただけないでしょうか?」
「ルヴィン……くん……」
アリアはこくりと頷く。
僕はすっかり冷めてしまったルンベ牛の赤ワイン煮をさげると、代わりの皿をアリアのテーブルの前に置いた。銀蓋を開くと、濃い湯気とともに芳醇な香りが晩餐会に広がる。
濃く深い色合いのデミグラスソース。ソースの色が薄らと移る馬鈴薯と玉葱、さらに半分に切られたマッシュルーム。デミグラスの海の中でも、一際輝く人参。しかし、なんといっても主役は肉だろう。賽子状に切られたお肉がゴロゴロと入っていて、今も湯気を吐いていた。
湯気に混じって放たれる芳香は、熟年のワインのように豊かで、その場にいた貴賓たちのお腹を刺激する。
「赤身肉のビーフシチューです。どうぞお召し上がりください」
暗く沈んでいたアリアの瞳が、朝日の光を浴びたみたいに輝いていく。
辛抱をたまらず、思わず皿を持ってがっつきそうになったが、途中で僕との特訓を思い出したらしい。フォークとスプーンを持って、上品にビーフシチューを食べ始める。まず肉にフォークを突き立てると、ほろりと簡単に切れてしまった。肉のやわらかさに感動しながら、アリアは肉を口に含む。
「わおぉぉぉ~~~~~~~~~~んんんん!」
アリアの耳と尻尾を逆立つ。
口の中でコロコロと肉を転がすように夢中になって咀嚼を始めた。
最後にごくりと飲み込む。アリアは目を輝かせたまま、僕に訴えた。
「おいしいよ、ルヴィンくん。こんなにやわらかいお肉初めてだ」
時間がなかったので、圧力鍋を使ったのだけれどうまくいったらしい。
元々炊事場には、肉をやわらかくするための下拵えしたものが余っていた。
それを使って、圧力鍋で煮込み、短時間でやわらかいお肉を作り上げたのだ。
(【万能】……、いや【料理】のおかげだね)
圧力鍋も、下拵えの肉を使ったアイディアも、僕が操る【料理】のおかげだ。もしかしたら初めてこの【料理】を使って、人を幸せにできたかもしれない。
そうだ。何も悲観することはなかったんだ。【万能】はなくとも、僕には【料理】が残っている。このギフトを使えば、多くの人を幸せにできるかもしれない。
「驚きました、アリア陛下。まさか――――」
「アリア……」
「え?」
「今まで通り、アリアって呼んでよ」
幸せそうな顔を見ながら、僕はホッと息を吐く。
お堅い社交の場であっても、アリアはアリアらしい。
テーブルマナーに苦戦していた女の子そのままだ。
すると、僕は突然肩を叩かれた。
つまみ出されるかもと思い、思わず身構えてしまったけど、そうじゃない。
立っていたのは、ヒールマン侯爵だ。その後ろには、たくさんの来賓が大挙して並んでいた。侯爵はモジモジしながら、ちょっと頬を染めている。
なんかちょっと気持ち悪い。
「で、殿下……。あのビーフシチューは残っているのか?」
「へっ?」
思わず目が点になっちゃった。
一体、何が起こってるんだ?
他の来賓も口々に僕に要望する。中には皿を差し出す人までいた。
まさかこんなことになるなんて。
でも、用意してきた甲斐があった。
僕は荷車の下から、底の深い圧力鍋を取り出す。
蓋を開けると、解放されたデミグラスソースの香りが晩餐会に満ちあふれた。
僕は皿を用意し、器に盛ると、来賓に配膳していく。残念ながら作れたのは鍋一杯ぶんだけ。今ここにいる全員に行き渡るにはあまりに量が少ない。でも、それで十分だったかもしれない。
「うまい。なんという深いコクと味だ」
「お肉が結び目がほどけた糸のように口の中で消えていく」
「馬鈴薯も瑞々しいわ。ホクホクしてて……。こんなに甘いのは初めて」
「玉葱の甘みもいいぞ。ソースの苦みとマッチして」
みんなが喜んでくれているのを見て、頬が自然と緩む。
実は野菜に関しては、僕自ら鍬を振るって作ったものだ
しかも、ただ自分で畑を耕して作っただけじゃない。【料理】のギフトの指示を受けながら、最高の野菜を作り上げたのだ。
このギフトはただ料理を作るためのレシピを見れるだけじゃない。レシピで使われる野菜の栽培方法や、最適な家畜の育て方まで教えてくれる。言わば、万能の【料理】なのだ。
残念なのは、【料理】に書かれた方法の半分も、僕が実行できなかったことだろう。6歳の僕だけの力では、用意できる材料も道具も限られている。もっと協力してくれる人がいれば、さらにおいしくできるはずだ。
(せめてフィオナがいれば……)
出ていった側付きのことを思い出していると、突然皿が割れる音がした。
ヒールマン侯爵だ。半分ヤケになりながら、晩餐会の中心で喚き出した。
「何故だ? たかがビーフシチューがこんなにおいしいのだ!? こ、この肉などルンベ牛よりも……。わ、私は認めんぞ! こんな料理があってたまるか!!」
「うるさいよ、君」
静かに侯爵を一喝したのは、アリアだった。
綺麗にフォークとナイフを並べ、終始マナーを守ったアリアは、晩餐会を乱す皮肉屋を睨み付ける。
「食事の席では静かにするものだ。そんなこともわからないのかい」
「なんだと……」
「作る人に敬意を示せといったのは、君だよね。敬意が足りないのは、ボクと君、どっちだと聞いているんだ」
ヒールマン侯爵を非難するのは、アリアだけじゃなかった。
他の貴族や諸侯たちも、ヒールマンの皮肉にうんざりしていたのだろう。
アリア1人だけならいざ知らず、味方だと思っていた貴族たちにも裏切られて、ヒールマンの顔から血の気が引いていく。最後には「用事を思い出した」とバレバレの嘘を吐いて晩餐会を後にしてしまった。つまりは逃げたのだ。
僕は鍋の中のシチューがなくなるまで、貴賓の方々に盛り続ける。
晩餐会は落ち着きを取り戻した最中、僕に大きな影が覆い被さった。
ガリウス・ルト・セリディア――つまり僕の父だ。
雄々しい父上の姿を見て、僕は小さく悲鳴を上げそうになる。戦争の後遺症のおかげで2年前中庭で見た時よりも、さらに老いさらばえて見えた。でも、獅子のような眼光の鋭さは以前と何ら変わらない。
「僕がほぼ1から作ったビーフシチューです。どうかご賞味ください、父上」
ビーフシチューを皿に盛り、震える手で父上に差し出す。
節くれ立った父上の手が伸びていく。
瞬間、皿を持った僕の手ごと弾かれた。
晩餐会の床にビーフシチューが飛び散る。
「ルヴィン、そなたはなんだ?」
「父上、聞いてください。僕は【万能】を失いましたが、【料理】を使って」
「そなたは我が国の王子であろう!! 何故、下々の真似事などしておる」
「――――!」
「ビーフシチュー? 野菜を作った? お前は王族であろう。恥を知れ!!」
「父上……。僕はただ……、みんなを幸せに……」
「出ていくがよい。そなたのような下賤な王子。もはや我が子ではない」
父上の圧倒的な拒絶が僕の胸を撃ち抜く。ふと力が抜け、僕は跪いた。
視線を落とすと、苦労して作ったビーフシチューの無残な姿が視界に映る。演劇の幕が下りたみたいに目の前が真っ暗になった。
「なら、ボクがもらおうかな」
顔を上げると、眩い銀髪と満面の笑みが見えた。
アリアだ。ショックで蹲る僕を軽々と持ち上げると、さも当たり前のように会場から出ていこうとする。あまりにも鮮烈な展開に、周囲は誰もついていけない。近衛たちですら、例外ではなかった。
ついにアリアは晩餐会の扉の前に立つと、タッチの差で大臣が回り込む。
遅れてセリディア王国の近衛兵たちも槍を構えて、アリアの前に立ちはだかった。
「女王陛下。どうか王子から手を離してください」
「どうしてだい? ガリウス国王陛下はルヴィンくんをいらないと言った。我が子でないとも言ったよね。大臣も、この晩餐会にいる全員が聞いたはずだよ」
「だからといって! ギフトを持つセリディア王家の血族を外に出すわけにはいきません!!」
事態をまるで把握できていないようなアリアの口ぶりに、大臣は激昂する。
近衛たちが向ける槍の先を見て、僕は一層強くアリアを抱きしめた。
すると、アリアは僕に囁きかける。
「大丈夫。こんなもの怖くないよ」
鉄槍の穂先に手を掲げると、まるでパンの生地を丸めるように曲げてしまった。その力にどよめきが起こる。大臣も「ヒッ!」と悲鳴を上げて、後ろに下がったけど、近衛はそうもいかない。僕とアリアを囲う輪の形を狭めてきた。
「どきなよ、君たち。怪我をするよ」
「それが我らが役目です。女王陛下、どうか王子を」
「ならなんでルヴィンくんをそうやって助けなかったんだい」
「それは……」
「ルヴィンくんと会った時、彼は1人だった。彼がここに現れた時、誰もが冷ややかな視線を送っていた。そう。獣人のボクを見るみたいにね」
ふわりとアリアの銀毛が逆立つ。同時に空気が冷えていく。
「彼に何も期待していないのに、ケージから出ようとした瞬間捕まえようとする。まるで飼い犬じゃないか。ルヴィンくんは人間だよ」
「黙れ、ケダモノ! 近衛! 何をしておる。多少手荒くなってもいい! 2人引っ捕らえろ!!」
「うるさいなあ……」
どけ!
それは一瞬の出来事だった。
突如稲光が晩餐会に迸り、突風が巻き起こる。
濛々と煙が上がると、その中心に立っていたものを見て、近衛も、貴賓たちも、大臣も、僕自身さえ驚いていた。
それは銀毛に包まれた巨大な狼だった。
気が付けば、僕は銀狼の背に乗っていた。
下を見るとパニックなっている大臣が見える。
近衛や衛兵たちも尻餅を付いて、まるで悪魔でも見るかのように顔を青ざめさせていた。ただ1人――父上だけが違う。まるで1人銀狼に挑むように睨んでいた。
狼は僕の方に目を向ける。
その優しげな瞳を見て、すぐに誰か気が付いた。
「アリ…………ア……なの?」
「そうさ。怖いかい?」
僕は首を振った。
やわらかな銀毛に手を添えると、アリアの体温が伝わってくる。
耳を当て、僕は心臓の音を聞いた。他人の心音を聞くのは、いつぶりだろうか。
(やわらかい。それに暖かい……。人肌ってこんなに暖かかったんだ)
アリアを感じながら、自分がどれだけ冷たい場所にいたのかわかる。
そう理解した途端、急に王宮にいることの未練が萎えていくのを感じた。
「アリア、僕を君の国に連れてってよ」
「お安い御用さ。行こう……」
獣人の国へ……。
アリアは軽く床を蹴る。
ほんの少し力を入れただけなのに、晩餐の会場に爆風が吹き荒れた。
悲鳴と、シャンデリアが落ちた音が響く。ふっと明かりが消えるとさらにパニックは広がっていく。魔術による照明が会場を再度照らしたのは、3分後のことだ。
そこにあの巨大な銀狼の姿はなかった。
◆◇◆◇◆
噂で聞いたことがある。
戦争の終盤。セリディア王国は、1人の獣人の騎士に敗北を喫した。
その騎士は大狼となり、暴風を操り、万を超える兵の士気をたったひと鳴きでくじき、撤退させたそうだ。結果セリディア王国は降伏し、長きに亘って続いた大陸の内乱は終わりを告げた。
後に『セリディアの恥辱』と呼ばれた出来事は、セリディア王国の歴史上の汚点として深く刻まれている。
僕はたぶん今、自分の国を屈伏させた狼の背に乗っている。
ふと顔を上げると、大きな満月と、ミルクのような星の河が見えた。
空に檻はなく、夜気の冷たさも気にならない。
やわらかくて、暖かくて、気持ちいい。
モフモフの中で、僕はいつの間にか眠っていた。
本日はここまでになります。
次回からは獣人の王国エストリアのお話になります。美味しい料理あり、国の成り上がりあり、ざまぁありの展開ですので、お楽しみに!
ここまで読んで面白いと思っていただけましたら、ブックマークと☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけると作業が捗ります。引き続き久しぶりの完全新作をどうぞお楽しみください。




