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【書籍化決定】獣王陛下のちいさな料理番 ~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる〜  作者: 延野正行
第二章

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第18話 世界一強い女王陛下(前編)

 気が付いた時には、僕はずぶ濡れになっていた。

 どうやら水をかけられたらしいのだけれど、前後の記憶が曖昧だ。

 晩餐会の席で、外交使節団の方々に料理を振る舞ったところまで覚えている。

 大きな手で、僕の小さな手をしっかり握ってくれた温かな感触はまだ残っていて、夢じゃないことだけはわかった。


 なのに僕は今王宮ではなく森の中にいる。

 側にはカイン兄様が取り憑かれたかのように喚いていた。

 耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言はまるで呪いの言葉みたいだ。


 ここに連れてきたのは兄様らしい。混乱の最中、アリアたちが煙に動じている間にエストリアの王宮を脱出し、セリディア王国の国境付近まで馬を飛ばしてきたそうだ。そこまで説明してから、カイン兄様はこう言い放った。


「オレはお前が嫌いだった、ルヴィン」


【万能】を持って生まれた僕。

 たった1つ持って生まれたギフトも使えないカイン兄様。

 その兄様は言った。僕とカイン兄様はセリディア王家の光と影だと。


「ルヴィンが【万能】を失った時、てめぇはオレたちの方に落ちてくるのだと思っていた。でも違った。お前は必死になって光ろうとしていた。まるでオレの生き方を否定するみたいにな」

「そんなことは……ない」

「あるんだよ!」


 カイン兄様は僕の髪をむしり取るみたいに乱暴に掴むと、耳元で叫ぶ。


「あのアリアって女王だけじゃない。外交使節団もお前に夢中になっていた。【万能】を失っても、国が変わっても、お前は輝こうとしやがる。そんなにみんなにちやほやされたいのか? ええ!? そんなに構って欲しいのかよ」


 兄様の言葉は、兄様の言葉でしかない。1人よがりで勝手な解釈だ。

 ちやほやされたいから、僕はアリアを助けたわけじゃない。構ってもらいたいから、エストリア王国の料理長になったわけでもない。カイン兄様も、獣人たちも幸せに暮らす世界になって欲しいから、包丁を振るっているんだ。


「兄様が影なら、アリアたちだってそうだ」


 アリアたち傭兵団『番犬(ドーベル)』は帝国の影となって働き、今も人々の恐怖の対象になっていた。だけど、アリアたちはその過去を清算するために必死に努力をし、エストリア王国を一流の国家にしようとしている。人族に獣人たちを認めてもらうためだ。


「カイン兄様だって、いつか影から出たくて、こんなことをしてるんじゃないのですか? お父様が喜ぶから……。そう思って、僕をセリディアに連れていこうしてるんじゃないのですか?」


 僕には僕の目指す幸せがあるように、カイン兄様にだってあるはずなんだ。

 教えてほしい。カイン兄様の幸せを。


 カイン兄様は僕から手を離すと、声を上げて笑った。

 何がそんなにおかしいかわからない。ただカイン兄様の目は何も笑っていない。ゾッと背筋が凍るほど憎しみに満ちた目を、僕の方に向けるだけだ。

 すると腰に佩いていた剣を抜き始める。

 息が詰まるような血臭が辺りに広がった。


「僕を殺すのですか?」

「心配するな。殺さねぇよ。殺したらつまんないからな」

「つまん、ない……?」

「オレのギフトのことは知っているか?」


 僕は首を振る。恐ろしい能力であることは聞いたことがあるけど、具体的な能力はその名称も含めて秘匿されていた。


「【血の饗宴(ブラッドフェスト)】……。死んだ者の遺体や骨を動かすギフトだ。オレの能力を受けたものは、動くものがいなくなるまで殺戮の限りを尽くす。そいつを王宮に放ってきた」

「王宮に……」


 そうだ。王宮には魔獣の骨を保管している倉庫がある。

 いつかその出汁を使って、おいしいものを作れないかと考えていたからだ。

 それがカイン兄様に見つかれば……、いや兄様はとっくに知っている。だから僕をパニックに乗じて、誘拐したのだ。


 骨の中にはトロイントの骨もあったはず。

 アリアですら苦戦する魔獣だ。いくら獣人が強いからと言って……。


「ククク……。そういう顔だよ。オレはそういう顔が見たかった。オレはさ。そうやって輝こうとしている奴の絶望に落ちていく時の表情(ツラ)が好きなんだ。お前風にいえばそれが幸せなんだよ。この瞬間がな」


『自分が思う他人の幸せが、他人にとっての幸せとは限らん』


 フェリクスさんの言葉が脳裏によぎる。

 僕は自分の幸福を押し付けることが、他人にとって時に不幸になることを学んだ。

 でも、カイン兄様のは違う。自分の幸せを、他人の不幸で補おうとしている。


「特にお前があのフィオナってメイドと別れなければならない時は傑作だったな」

「え? フィオル? 兄様、まさか……」

「察しがいいな。フィオナをお前から遠ざけるように仕向けたのは、オレだよ。あの時のあの女のツラも最高だった。家令を殺さんばかりに詰め寄った時とかな」


 僕はその時、初めて人を憎んだかもしれない。


「兄様!!」


 剣閃が僕の側を横切る。

 咄嗟に躱していなければ、僕の喉は切られていただろう。


「その顔だよ、ルヴィン。やっとお前にも影が生まれたな」

「はあ……、はあ……、はあ……」

「お前はしつこいんだよ。落としても落としても、光ろうとする。なら手足を使い物にならなくなるまで切り刻んでやるよ。そうすれば、いくらお前でも生きようなんて思わないだろ」



 ギィン…………!



 乾いた音が僕のすぐ側で聞こえた。

 僕の四肢を斬ろうとして、剣を振り上げたカイン兄様の手が吹き飛ぶ。

 衝撃は凄まじく、身体は浮き上がって、そのまま近くの樹木に叩きつけられた。


 一体、何が起こったのか、僕にもさっぱりだ。

 カイン兄様も半ばパニックになりながら、明後日の方向を見て喚いていた。

 何かを見つけると、咄嗟に横に飛ぶ。直後、鋭い音を立て樹木に抉れたような穴ができる。その痕を見たカイン兄様は悪魔でも見たように叫んだ。


「魔砲銃だと……!? ここは森の中だぞ。どうやって射線を通した?」


 魔砲銃という言葉を聞いて、僕は1つの異名を思い浮かべる。

 かつて戦乱の最中、セリディア王国から派遣された部隊の中に優秀な銃使いがいた。長距離からの狙撃を得意とし、多くの兵士に恐怖と不吉を与えたことから、こう呼ばれていたという。


「『セリディアの兇銃』……」


 呟くと、カイン兄様は僕を羽交い締めにした。

 僕を盾にすると、大まかな射線の方向を向き、再び叫んだ。


「何が『セリディアの兇銃』だ! フィオナ! いるんだろ? この状態ならいくらお前の狙撃も――――痛ッ!!」


 カイン兄様は突然すっ転ぶ。森の木の根に足を掬われたわけじゃない。

 見ると、足の甲に穴が開いていた。狙撃されたのだ。


「カイン兄様。僕を置いて逃げてください」

「うるさい! ここまで来て、何の手柄もなしに王都へ帰れるものか!」


 おそらくカイン兄様は先ほどの狙撃でだいたいの位置を掴んだのだろう。

 僕を羽交い締めにしながら、大きく土から張りだした根の裏に隠れる。

 すると、狙撃が止んだ。兄様の狙い通り、僕たちは射線から外れたのだ。


「気が変わった? お前を殺す、ルヴィン」

「え?」

「見たくなっちまったんだ。お前の死体を目撃したフィオナのツラをな」


 カイン兄様はゆっくりと剣を振り上げる。

 その切っ先は僕に向けられていた。逃げようとしたけど、カイン兄様は僕のお腹に膝を押し付けて、全体重をかける。あとは子どもと大人の差だ。カイン兄様はすでに片足と片腕を撃たれているけど、7歳と成人男性では力の差が歴然だった。


 こんな時に【万能】があればと思う。

料理(レシピ)】を使って、死を回避しようとしたけど、残った唯一のギフトは応えてはくれない。代わりに脳裏に映ったのは、様々な人の顔だった。エストリア王国で出会った人たちだけではない。セリディア王国にいる家族、料理長や家令、僕の元から去っていった人たち……。今まで思い出そうとしても思い出せなかった人の顔まで、はっきりと脳裏を横切っていった。

 これが走馬燈……。


 僕はついに死ぬのだ。


「アリア……」

「お前に王子様も王女様も来ねぇよ。今頃、あいつらは骨に骨までしゃぶりつくされてるだろうさ、アハハハハハハハハハ!」

やきもきするところで、今日はこれにて。

明日また更新しますので、ブックマークと後書き下部の☆☆☆☆☆を★★★★★にしてお待ち下さい。

書籍化、コミカライズ化を狙いたいので、よろしくお願いします。

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