第17話 晩餐会(前編)
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◆◇◆◇◆
それはちょっとした想定外だった。
エストリア王国の川で捕まえたオーバル海老は、外交使節団との晩餐会まで王宮の中に作った生け簀に入れていた。貴重な材料ゆえ、さらに盗難も考えられる。生け簀には太くて硬い金網を乗せて、外れないように鍵までかけて厳重に保管していた。
想定外だったのはここからだ。
金網こそ破られはしなかったもの、薄い蝶番の部分を切られてしまった。
犯人はオーバル海老だ。
魔素を豊富に含んだ森の恵みをたらふく口にしたであろうオーバル海老は、他国に棲息するものよりもはるかに大きい。料理をする上で、それは大変なメリットになったわけだけれど、デメリットもあった。エストリア王国で育ったオーバル海老は、薄い金属の板なら壊してしまうほど力が強かったのだ。
蝶番を破壊したオーバル海老は大脱走。
王宮のあちこちに逃げ去ってしまった。
人族なら慌てふためいただろうけど、今回は相手が悪い。
鼻の利く村落の獣人たちにも手伝ってもらって、オーバル海老を捕獲してもらったのである。そもそも捕まえたのは、獣人たちだから造作もなかった。
「これで最後、と……」
僕は捕まえたオーバル海老を生け簀に返す。大脱走を演じたオーバル海老は観念したのか、生け簀の底に大人しく潜っていった。
「ありがとう、助かったよ」
「ルヴィン兄ちゃんの頼みならなんだってやるよ。その代わり」
「今度、おいしい料理を持っていくよ」
「オーバル海老がいいな~」
「わかった。考えとく」
やった、と大はしゃぎしながら、村落の子どもたちが帰っていった。
子どもたちにとってオーバル海老を捕まえることは、遊びの一環ぐらいでしかなかったのだろう。
獣人たちのおかげで、また危機を回避できたけれど、まだ終わりじゃない。
僕たちには捕まえたオーバル海老を使って、メインディッシュを作るという大仕事が残っている。すでに晩餐会は始まっていて、食前酒が配り終えたところだ。
メインまで、あと1時間と少ししかない。
その間に、僕たちは1000匹のオーバル海老を捌く必要がある。
バルガスさんが集めた獣人のコックたち、クレイヴさんが紹介してくれた料理人たちは慌てふためいていた。今回の晩餐会の料理はフルコースのディナーと決まっている。どれだけ素晴らしい前菜でも、1滴口に含んだだけで感動してしまうようなスープがあっても、メインがなければ、それは成立しない。
人の味覚は時間が経てば経つほど変わっていく。
料理人たちはその変わりゆく味覚まで計算しつくし、その時最高の料理を出している。たとえトラブルがあろうと、メインを出す時間を大幅にずらすなんてことはできない。
「こうなったのも、獣人たちが管理をしっかりしていないからだ」
「なんだと! 俺たちのせいだと言いてぇのか!?」
炊事場の隅で人族の料理人と、獣人の料理人とで口論が始まった。
包丁の音が止まり、キューキューと音を立てて、鍋の中身が煮詰まっていく。
それとともに、口論は熱を帯びていった。
「バラガスさん、お願いします」
「へい……」
バラガスさんは大きく息を吸い込む。
直後、一気に吐き出した。
うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
王宮はおろか、エストリア王国全体に響いたんじゃないかってぐらい、バラガスさんの雄叫びが響き渡る。ドラゴンだって裸足で逃げるぐらいど迫力の雄叫びに、それまで口論に加わっていた人族も獣人も目を点にしてこちらを向いた。
「とりあえずそこの鍋を火から離してください。あと、そこの葱は廃棄します。同じタイミングで切らないと、味に差が出てしまうので。新しい葱を出して、切ってください。あ――。鍋の中の鶏は後で使うので、氷水で冷やしておいてくださいね」
そこまで指示しても、まだ料理人たちは目を点にしていた。
「ルヴィンはここの料理長だ。今回の晩餐の総料理長も任されている。お前ら、料理長の指示に返事は?」
バラガスさんが睨みを利かせる。
料理人たちはたちまち我に返ると、背筋を伸ばした。
「今からオーバル海老の下拵えの方法を教えますので、見ていてくださいね」
これほどのオーバル海老を捌くのは、僕を含めて炊事場にいる全料理人が初めてだ。獣人の料理人たちも我流がほとんどで、綺麗に殻を剥いたことがない。ほとんどゼロの状態から、僕たちはオーバル海老を捌くことになる。
でも、僕には【料理】がある。
「まずオーバル海老を氷水に入れ、動けなくしてから捌きます」
僕はあらかじめ氷で絞めていたオーバル海老を取り出す。
まずは頭からだ。頭と胴体の境に包丁入れ、慎重に取り外していく。頭の中に詰まった味噌を取り出した後、胴体側に移って、腹側の足の付け根部分を切っていく。背殻と腹殻が切れたら、腹側を持ちながら、慎重に殻を剥がしていった。
「すごい」
「なんと的確だ」
「それに速い!」
流れるような僕の捌き方に、料理人たちは驚く。
それまで遠巻きに見ていた料理人たちは近づいてきて、気が付けば僕の周りに輪ができていた。自分の店で、あるいは貴族の炊事場で腕をならしてきた大人の料理人たちが、子どもの僕の手先に釘付けになっていた。
背わた、脚、触覚と次々と切っていく。
1尾が終わった。50秒か。もうちょっと速くできるかな。
僕が100匹捌くとして、今手が空いている料理人は15名弱いる。
時間としてはギリギリ間に合うはずだ。
「今回は尾を切らずに残しましょう。少しは時間短縮になるので。姿盛りの予定なので、殻は捨てずに残しておいて……くだ、さ……い」
炊事場がしんと静まり返っていた。
僕が囲んだ料理人たちが、口を開けて唖然としていた。
あれ? 僕……、なんかやっちゃいました……?
呆然としていると、拍手が鳴る。
素晴らしい! と声が上がり、称賛する声が相次いだ。
「素晴らしい技術だ!」
「一体どこでそんな……」
「まさに神業だな」
褒め称える。おかしい。僕はただ【料理】通りにオーバル海老を捌いただけなんだけどな。
「お、落ち着いてください。時間がありません。すぐ取りかかってください」
『わかりました、料理長!!』
皆がにこやかに敬意を持って、返事する。
一瞬――ほんの一瞬だったけれど、その瞬間前世の記憶と重なった。
遠い……、遠い昔、僕はこうやって人から『料理長』と呼ばれる存在だったのかもしれない。
◆◇◆◇◆
「失礼します」
料理長の僕、副料理長のバラガスが晩餐会に入場する。談笑がやみ、自然と僕たちに視線が集中するのを感じた。一般的に国際的な晩餐の席では、メイン料理が配膳される前に料理長あるいは副料理長が挨拶することになっている。これも立派な料理長の仕事なのだ。
「エストリア王国の料理長、そして女王陛下の料理番のルヴィン・ルト・セリディアです。改めて外交使節団の方々、遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。またこのような機会を作っていただいたカイン王子に感謝を申し上げます」
コック帽を取り、僕は深々とお辞儀する。
次に今日の料理のコンセプトを話し始めた。
まず今回の料理のテーマは調和と敬意だ。
普段僕たちは肉料理を主として、女王陛下に料理を出しているが、今回はあえてエストリア王国にはあまりない魚介類にこだわった。そこにエストリア王国が誇る食材を組み合わせ、調理している。
「たとえばトリュフ風味のスカラム蟹のビスクは最たるものです。皆様もご存知のスカラム王国で取れる蟹は、強い旨みと風味を持ちます。その殻を刻み、数種類の野菜、魚介出汁、白ワインで煮詰め、濾したスープに、我が国のトリュフを刻み入れたものとなります」
スカラム蟹がもたらす海の旨みと風味、トリュフの山の旨みと風味が滑らかになるまで攪拌されたことによって、口当たりが良く、誰も口にしたことのないインパクトある料理に仕上がった。まさにこの晩餐会にふさわしい逸品だと、僕は自負している。
実際、ビスクの評判は上々らしい。
使節団の参加者が、味を思い出すようにうんうんと頷いた。
だけど、全員が全員というわけじゃない。
突然、1人の男の人が勢いよく立ち上がる。カイン兄様の近くに座ったその人は、おそらく男爵の位を持つ貴族だろう。背が高く、大柄の身体はよく鍛え上げられていて、正装のボタンが今にも弾けとびそうだった。
「料理長、1つ伺いたいことがある」
「なんでしょうか?」
「前菜のことだが……」
前菜は「貝のタルタル、香草のさっぱりソース添え」だ。
蒸して粗く切ったホタテ、紫貽貝に、細かく切った数種類の香草と、塩胡椒、檸檬汁、オイルを合わせたソースを添えた一皿だ。ホタテとムール貝のフレッシュな食感に、香草の効いた爽やかな味わいが後に引く。見た目にもこだわっていて、青い皿に、白い貝の身が映える姿は小さな海の中を思わせた。子どもの僕らしい、ちょっとした悪戯心で作った料理だ。
その料理に何か粗相があったのだろうか。
「味は確かに申し分なかった。それは認めよう。しかし、何故そこの老人と、私たちの料理が違ったのだ」
男爵が指差したのは、先ほどスカラム王国の大使だ。
大使も何故自分が名指しされているかわからないらしく、目を白黒させていた。
「私は貝で、そこの大使は牛のタルタルを食べていた。これは不公平ではないか? 大方料理長とその大使が懇意にあるからであろう。調和や、敬意とお題目を唱えるなら、我々にも平等であるべきだ。お前たちも、そう思うだろう」
男爵の声は晩餐の会場いっぱいに広まる。すると後ろの取り巻きとおぼしき者たちが立ち上がって、「不公平」「不平等だぞ」と僕を罵り始めた。僕はチラリとカイン兄様の方を見る。周りが盛り上がる中、カイン兄様は話の輪に入らず、ワインを傾けていた。
「てめぇ、うちの料理長の料理にケチをつけようっていうのか?」
「そうだ。聞こえなかったか? その頭についた耳は飾りか、くまこー」
「なんだと!!」
バラガスさんと男爵は睨み合う。一触即発の空気の中で、使節団の団長とアリアが割って入った。アリアはバラガスさんを、団長は貴族を諫めた。それでも盛り上がりは収まらない。ついには僕に対するブーイングの大合唱が始まった。
少し嫌な空気が立ちこめる中で、僕は冷静に話し始めた。
「どうか落ち着いてください。これには理由があります。端的に申し上げると、スカラム王国では貝を食べないからです」
「はあ? 貝を食べないだと?」
そうだ、と頷いたのは、顛末を見守っていたスカラム王国の大使だった。
スカラム王国は7割砂漠におおわれている国だ。一方海には面している。小さいながら豊富な漁場があり、先ほど話したスカラム蟹も網にかかるため「幻の蟹」などと呼ばれていた。国は魚介や穀類が中心だが、貝を食べるという文化は何故か広まらなかったらしい。
「そのためスカラム王国の大使の皿は、貝の代わりに牛のタルタルにさせてもらいました。これは本人に事前に通達しております」
「おいしかったよ。少し辛めのソースを添えてくれたのは嬉しかった」
辛い物好きで有名なスカラム王国の大使は、嬉しそうに頬を緩ませる。
スカラムの大使だけじゃない。各国の食文化や宗教、果ては出席者などの好みの味などをすべて調べて、僕は今回の晩餐会に挑んでいた。
その証拠を僕は暴れる男爵に差し出す。
「参加者の家臣の方々に聞いた聞き取り帳です」
「まさか……。本当に全員の好みや食べられないものが乗っているのか」
1000名ぶんの好みの食べ物、嫌いな食べ物のリストと聞いて、出席者は思わず絶句する。残っていた肉料理を食べようとしていた貴族は、フォークに肉を刺したまま固まっていた。
「じゃあ、1000名ぶんの皿の味をすべて1人1人変えているのか?」
「はい。すべてお口に合うように調整させていただいております」
「何故……? そこまでしてエストリア王国を、獣人を認めて欲しいのか」
「料理のテーマは調和と敬意です……。調和とは平等ではありません。1つのスープに様々な材料が混ざり会い、味を深めていくようなものだと思っています。そのためには互いの敬意が不可欠です」
敬意なきスープなんて、ただ味が均質化された水みたいなものだ。
喉の潤いを癒やすことはできても、味気ない。そんなのは料理じゃないと僕は思う。
素晴らしい、と手を叩いたのは、使節団の団長だ。追従するように手を叩き、人族も獣人族も関係なく、僕に賛美を送ってくれた。僕は少し照れくさくなりつつ、全員の賛辞に会釈でもって応える。
ついに男爵は振り上げた拳を下げたのだった。
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