第15話 空飛ぶおもてなし
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カイン兄様が集めた外交使節団は、続々とエストリア王国国境付近に集結しつつあった。様々な国の紋章がついた馬車が並び、さながらレースの開始を思わせる。最後に一際豪奢な馬車から降りてきたのは、当のカイン兄様だった。
煌びやかな衣装を纏っているものの、その表情は冴えず不機嫌だ。辺りに何もないことを確認した後、出迎えた僕と騎士団長リースのところにやってくる。
「遠路はるばるエストリアまでお越しいただきありがとうございます、カイン兄様」
「どういうことだ、ルヴィン」
「……石畳のことですね」
カイン兄様は表情を変えず、僕の挨拶などなかったかのように話を始めた。
その視線の先は、僕の背後――エストリア王国の街道へと向けられている。
兄様の要望書によれば、期日までに街道はすべて石畳になっているはずだが、見えるのは荒れた田舎道だけだった。しかも昨今の長雨のせいでぬかるんでいて、馬車が通るのは危うい状況だ。仮に通れても、王宮に到着する頃には御者も馬もドロドロになっているだろう。
「言ったよな。石畳にしておけって。それとも何か? お前も含めて蛮族どもは、満足に文字も読めないのか?」
背後で聞いていた大使たちからは嘲笑が漏れる。
対するカイン兄様は怒り心頭だ。自分の要望を突っぱねられた上、恥を掻かされたと思っているのだろう。目は血走り、今にも僕に掴みかからん雰囲気だった。側にリースさんがいなければ、今頃僕は殴られていたかもしれない。
「申し訳ありません、兄様。長雨のせいでこの先の橋が落ちてしまい、工事が終わっていません」
「オレは『しろ』と命じた。兄に恥を掻かせる気か、ルヴィン」
「いえ。別の方法で皆様を王宮にご案内することにいたしました」
「別の方法だと……」
「舗装された石畳を馬車で走るよりもお気に召すかと」
僕はそれ以上何も言わず、リースさんに合図を送る。
リースさんは角笛を持つと、高らかに音を響かせた。
すると、不意に僕たちの周りが暗くなる。影ができたのだ。
自然とみんなの視線は上を向く。見えたのは、空に浮かんだ大輪の花だった。
「なんだ、あれは? 花? ……ルヴィン、なんだあれは?」
カイン兄様たちは慌てふためく。
それを尻目に、大輪の花たちがゆっくりと降りてきた。
兄様たちが〝花〟と呼ぶその花弁部分は大きな袋だった。花托の部分には大きな樽があって、獣人が乗って掲げた魔法石を操作している。袋部分は色とりどりで、下から見ると空に浮かんだ万華鏡のようだった。それは僕が見た夢の光景と酷似している。
「気球という空飛ぶ乗り物です」
「馬鹿な! いや……しかし……」
カイン兄様だけじゃない。他の外交使節団の参加者も一様に驚きを隠せなかった。
この世界には魔術が存在するけど、自在に風の魔術を操って空を飛べるのは一握りの天才だけだ。しかも気球のように何人もの人間を乗せて運ぶなど、未だに誰も成し遂げたことがなかった。
「どうぞカイン兄様。お乗りください」
勧めるのだけど、カイン兄様は1歩も動かない。
見かねたリースさんが、カイン兄様に声をかけた。
「どうされたカイン王子。留まっていては王宮に着くこと叶いませんぞ。それとも我が輩の背中に乗っていかれますかな」
「う、ううう、うるさいぞ、獣人! 良かろう、ルヴィン。今回は大目に見てやる。しかし、次はないぞ。いいな!!」
しっかりと釘を刺すと、気球に向かっていった。
足が震えているのは気のせいだろうか。
「間に合って良かったよ。これだけの生地を縫うのも探すのも難しかったでしょ、リースさん」
「街道をすべて石畳にすることに比べれば、造作もないことです」
生地を縫うのは、森で暮らす獣人たちにも手伝ってもらった。
元々動物の皮をなめしたり、切ったり縫ったりしていたから、裁縫は得意らしい。狩りの道具を作ったり、修理したりするのも自分で行うため、元々手先が器用なのだ。
「それにしてもこんな乗り物まで設計するとは……。さすがルヴィン殿」
【料理】は最終的に料理に繋がるものなら、その道順を示してくれる。たとえそれが僕が前世で見たものであってもだ。
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気球の作り方(ヴァルガルド大陸ver)
① バルーンの作成。
厚手の生地を大きな気球型に縫い合わせ、耐火性能を上げるために特殊な加工を行います。
② ゴンドラの設置
乗車部分を設置しましょう。バルーンとゴンドラをしっかりと固定します。
ゴンドラには土の魔術陣を描き、飛行中のバランスを調整すると良いでしょう。
③ 火の魔導石の設置
バルーンの下部に火の魔導石を設置します。
魔導石が燃焼を続けることによって、上昇し続けることができます。
④ 気球の膨張
風の魔術を使い、バルーン内に空気を送り膨らませます。
バルーンに浮力がついた後、土の魔術陣を起動し、バランスを取ります。
⑤ 飛行の準備
気球が膨らんだら、火の魔導石を作動させます。
上昇後、風の魔術あるいは魔術陣を起動し、制御してください。
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「僕よりも徹夜で試作機の安全性のチェックに付き合ってくれた、サファイアさんたちハーピー族を褒めてあげて」
「かしこまった!」
「さて、カイン兄様も乗り込んだことだし、始めようか」
リースさんは再び角笛を鳴らすと、気球は上昇し始める。
慣れない感覚に戸惑う人たちが続出した。カイン兄様もその1人だ。
「ば、馬鹿な……。本当に浮いてるだと!」
樽の縁をしっかりと握り、カイン兄様は恐る恐る外の景色を眺める。
先ほど乗ってきた馬車がすでに指先ぐらい小さくなっているのを見て、悲鳴にも似たような声を上げていた。空を飛ぶのは、きっと兄様でも初めてなのだろう。
僕はリースさんの背に乗って、カイン兄様が乗った気球を追いかける。
気球はすでにエストリア王国王宮よりも高い場所を飛んでいた。
眼下には見渡す限り緑が広がり、顔を上げると険峻な高山が聳えている。
セリディア王国は広く、川や肥沃な平地、海があるけど、ここまで自然豊かな土地はない。いや大陸中探したってないはずだ。
「カイン兄様、初めて空を飛んだ感想はいかがですか?」
「る、ルヴィン! 貴様、そんな獣人の背に乗って、怖くないのか?」
「……? カイン兄様は怖いのですか、高い所?」
カイン兄様の顔がみるみる赤くなっていく。
「ば、馬鹿を申せ! そ、そそ、そんなことはない」
「その割にはゴンドラの縁にしがみついて、動けないようですが」
「う、うるさいぞ、蜥蜴獣人!! ここまでの長旅で疲れただけだ」
「そうですか。ならば、もっと広い方が良かったかもしれませんな」
「なに?」
作ることができた気球は10機。1機に乗れるのは、最大30人だから、ざっと300人を乗せている計算になる。残りの1700人をどうしたかというと、答えは簡単だ。気球がダメなら、人力で飛ばすしかない。人族は難しくとも、獣人には空を自在に飛ぶ種族がたくさんいる。
その1人がハーピー族だ。
「皆様、本日はハーピー交通をご利用いただきありがとやで。あんたらの空への旅をサポートするカワイイハーピーちゃんこと騎士団の青い宝石――サファイアちゃんとは、うちのことや!」
軽快な挨拶を披露するサファイアさんの足元には、船が括り付けられていた。
船には200人以上の使節団の方々が乗船し、縁に捕まって、空からの眺めを楽しんでいる。その船を浮かせているのは、総勢20名のハーピー族だ。身体は華奢でも、彼らが持ち上げる力は、人族の想像を絶する。1人で大きな石材を運搬することも可能で、戦乱の最中では敵城の内側に大きな石を落として、城主たちを震え上がらせたらしい。
ハーピー族だけではない。空の雄と呼ばれる獣人たちが翼を広げて、船に乗った使節団の方々を運んでいた。
その様子を見て、カイン兄様は絶句していたけど、概ね使節団の方々には好評だ。
「火で浮力を得ているのか……」
「最新の魔導研究技術にもこんなものはないぞ?」
「私は恥ずかしい。我が国の技術の数段先をいってるではないか」
絶賛している。
最新とかそんなレベルじゃない。
異世界の技術だからね。驚くのは仕方ないだろう。
中には僕に気球の作り方を教えて欲しいという方もいたけど、丁重にお断りした。
戦争に利用される可能性があるからだ。平和利用なら歓迎だけど、戦いに利用されて、アリアたちを苦しめることになれば、僕は自分を許すことはできないと思う。
それよりも、外交使節団の方々に見て欲しいのは、エストリア王国の美しさだ。中にはすでに魅了され、うっとりした目で山の麓まで続く森を眺めている人もいる。見かけだけじゃない。ここには多くの資源が眠っている。それはあのクレイヴ家の当主アルフォンス伯爵が認めるほどだ。
僕が発見された魔草や、湧き水、豊富な森の恵みについて話をすると、使節団に加わっていた商人たちは驚いていた。気球に乗りながら、商談を始める人も少なくない。みんなが大はしゃぎするなか、1人縁に腕をかけて、青い顔をしている男性がいた。
「カイン兄様、大丈夫ですか?」
「う、うるさい! も、もういい! さっさと下ろせ」
「あとエストリア王国の良さについて、3時間は語ろうと思っていたのですが」
「3……。馬鹿か! そんなものはどうでもいい。それよりもオレはお腹が空いた」
「わかりました。料理はご用意できているので、ご安心を」
「それだけではない。要望に書いた川……。ちゃんと用意できたのだろうな?」
もちろん覚えているし、準備もできている。
「わかりました。空の旅はこれぐらいにして……」
というと、外交使節団の方々からブーイングが上がる。
一生にあるかないかの体験だ。高いところに慣れている人たちは、ずっとここに留まっていたいと叫んだ。
「黙れ、お前ら!!」
カイン兄様は一喝する。赤くなった顔を見て、使節団は押し黙った。
気球はカイン兄様の要望通り、王宮に向かって降下していく。
予定の半分も消化できなかったけど、好評で何よりだ。
気球の旅は今後エストリア王国の貴重な観光資源になるかもしれない。
エストリアの森や山々はとても美しいから、きっと観光客が押しかけるだろう。
大成功の初フライトを締め括りながら、僕の目は次のことに向けられていた。
まだまだカイン王子様には、ひどい目にあってもらわないと……。
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