第14.5話 第3王子の策謀(後編)
次の日、セリディア王国から送られてきた要望書を見て、僕たちは驚く。
「使節団の派遣を1カ月前倒しするだって!!」
アリアは要望書を見て、素っ頓狂な声を上げた。しかも要望などではない。断れば、キャンセル料として莫大な違約金が発生するとまで書かれていた。つまり要望というよりは、事実上の命令書だったのだ。
使節団の方々の都合を聞いた結果、その日程で決まったらしい。この時点で使節団の派遣まで、1カ月半だったけど、要望はそれだけに留まらない。
その4日後には……。
「国境から王宮までの街道をすべて石畳に整備し直せだって!!」
さらに3日後には……。
「川を見たいので、王宮の庭園に川を作れ!?」
極めつけは2週間前に来た要望書だった。
「オーバル海老って何? ルヴィンくん」
「珍しい川海老だよ、アリア。おいしいけど、とっても貴重なんだ」
僕は図鑑を持ってきて、オーバル海老の絵をアリアに見せる。
「あれ? どっかで見たことあるなあ」
「問題は数だね。王宮ではオーバル海老を出す時は、1皿2尾と決まっているんだ」
「え? 2000匹! ……そんなにすぐ見つかるものなの?」
はっきり言って不可能に近い。いや、1年かければ適切な棲息地が見つかるかもしれない。でも、2週間後なんて絶対不可能だ。
どうしよう。今騎士団の人は街道の整備で大わらわだ。
バラガスさんや王宮の獣人たちも、僕が設計した庭園の改築にかかりっきりになっている。もう人員はほとんどいないのに……。
そこにリースさん、サファイアさんがやってくる。
実は今、エストリア王国は長雨に見舞われていた。
おかげで街道の整備が追いついていない。
同時に庭園や簡易宿泊所の工事にも遅れが出ていた。
「女王陛下、南側にかかっていた橋が雨で落ちました」
「え? 南からの資材搬入のためにどうしても必要な橋でしょ」
「このままやったら街道の整備に遅れが出るかもしれん」
「こんな天気じゃ。ハーピー族に飛んで資材を運んでもらうこともできないしね。弱ったな」
まずい……。このままじゃ街道の整備が間に合わない。
街道の整備に関しては、我慢してもらうか。
いや、他の作業だって……。
「ルヴィンくん、大丈夫かい。顔色が悪いよ」
「大丈夫です。これくらい」
「君、献立の用意でほとんど寝てないだろ?」
献立の用意だけじゃない。
【料理】を使って、街道や庭園に川を引く設計図を引いたのは僕だ。
料理の合間に、現場に立って指示をしたりしていた。
よく考えてみると、この前いつベッドで寝たか覚えていない。
「でも、頑張らないと……」
カイン兄様の要望は無茶なものばかりだ。でも今のエストリア王国の現状を知ってもらうには、今回ほどの機会はない。仮に成功すれば、エストリア王国のイメージは一新されるはず。アリアの国はもっと大きな国になれる。そして……。
「獣人たちが住みやすい世の……なかに…………な、る」
そして僕は意識を失った。
◆◇◆◇◆ セリディア王国王宮 ◆◇◆◇◆
「あはははははははははは!!」
カインはエストリア王国の現状を聞いて、身体をくの字に曲げた。
片手に持ったグラスから赤ワインがボタボタと落ちても気にしない。
ソファの上で暴れ回るように転がり、笑い声を響かせた。
「そりゃいい。獣人どもが半泣きになってるのが目に浮かぶよ。オレの国を2度も虚仮にしたんだ。これぐらいの罰は与えないとな」
再びカインは笑い始める。
取り巻きや集められた娼婦たちは、付き合うように半笑いを浮かべた。
「ここに来て、キャンセルもないだろう。楽しみだな。あの蛮族の国が一体どんなおもてなしをしてくれるのか。ふふふ……」
あはははははははははははははははははは!!
◆◇◆◇◆ 夢……? ◆◇◆◇◆
ふと目を覚ますと、そこには僕ではない1人の子どもが立っていた。
目の前でクルクル回りながら、はしゃぎ回り、最後に誰かの手を取って甘えていた。声は聞こえないけど、こちらを見てくる瞳は輝いていて、子どもがとても喜んでいるのがわかる。それでも僕は子どもが誰かわからなかった。
ここはどこだろう。河川敷みたいだけど、見覚えのない。川幅は広く、上流の方を見るといくつもの橋がかかっていた。それも見たことのない鉄でできた橋だ。それだけじゃない。奥には人工物らしき大きな建物がいくつも聳えていた。
そこで僕は気づく。これはおそらく前世の記憶なのだと……。
ふと子どもが空を指差した。
相変わらず声が聞こえない。「あれ! あれ!」と言っているのだけはわかる。
やがて視界はゆっくりと空へと向かっていった。
空にいくつもの丸い花が開いていた。
赤、青、オレンジ、緑、桃色……。カラフルな色の花が青い空を彩っている。巨大な万華鏡を見ているかのようだ。そこでふと僕は以前、同じ夢を見たことを思い出した。
大きな花は空へと上っていく。
必死に手を伸ばしたけど、花はするりと青空へと消えていった。
◆◇◆◇◆ エストリア王国王宮 ◆◇◆◇◆
瞼を開ける。
青空はなく、天井へと伸ばした手が寂しそうに空を掴んでいた。その手を取り、覗き込んだのは銀狼の獣人だ。耳と尻尾をピンと伸ばして、僕が目覚めたことを喜んでいた。
「アリア……?」
「やあ、目覚めたかい、ルヴィンくん」
「僕、寝て……――――!! アリア、今は何日ですか?」
「落ち着くんだ、ルヴィンくん」
アリアは1度起き上がった僕の身体を、再び自分の太股に押し込んだ。
さらに自分の尻尾を僕の胸に擦りつける。
触ってみると、感動するほどモフモフだった。
そして暖かい。これがアリアの体温なのだろうか。
さすり続けていると、自然と心が落ち着いてくる。
どうやらここはアリアの寝室らしい。
僕は普段アリアが寝ているベッドの上に寝かされていたようだ。
「ルヴィンくん、いつもボクの国のためにありがとう」
「感謝なんて。僕はアリアや、他の獣人に迷惑をかけてばかりで」
「ボクがいつ迷惑なんて言ったんだい。誰もそんなこと思ってないよ。君はよく頑張ってる」
アリアも姿勢を崩し、横になる。
僕の隣で寝っ転がると、目線を合わせながら僕の胸に手を置いた。
母親が子どもに子守歌を聴かせる――そんな体勢だった。
「ねぇ、アリアの幸せって何?」
「君とこうして過ごすことかな」
「僕と?」
「ポカポカ陽気の時に、大きな石の上でこうやって君と寝そべっていたい。それがボクの幸せさ」
とても一国の女王陛下の言葉ではないだろう。
君主ならば、国の発展と国民の安寧と答えてしかるべきだ。
アリアのそれはまるで近所の野良猫みたいな幸せだった。
フェリクスさんが僕に教えてくれた。
自分が思う他人の幸せが、他人にとっての幸せとは限らないと。
たとえ野良猫みたいな幸せでも、アリアにとって重要ならエストリアはこのままでもいいかもしれない。つまり何もかも投げ出すってことだ。
カイン兄様は怒るだろうし、多くの人がエストリア王国に失望する。
それでもいいのかもしれない……。
「アリア、僕の幸せを聞いてもらえますか?」
「なんだい?」
「エストリア王国を今より立派な国にしたい。そして――――」
獣人はこんなにやわらかく、モフモフしてることを知って欲しい……。
アリアは少し驚いた後、「ふふ……」と猫がくしゃみでもするかのように笑った。
「諦めてないんだね」
「はい……」
「ルヴィンくんは強欲だねぇ。でも、君ならそういうと思ったよ」
アリアは唐突に立ち上がると、部屋の厚手のカーテンを引き、さらに雨戸を開け放つ。強烈な太陽光線が僕の目を刺した。同時に、聞こえてきたのは人の声だ。それも10や20じゃない。1000や1000。いやもっとだ。
僕はベッドから起き上がり、窓の外を見る。
そこには無数の獣人が王宮を囲うように集まっていた。
顔を出した僕の姿を見つけると、大きな歓声が上がる。
「どうやら無事のようですね」
「あったり前よ! うちの料理長がこれぐらいで音を上げるかよ」
「「ぎぃ! ぎぃいい!!」」
「ルヴィン様……。良かった……」
「ルヴィン殿、お下知を!」
「ここからが勝負どころやで! 目にもの見せたるさかい!!」
マルセラさん、バルガスさん、ジャスパーとフィン。
フィオナに、リースさんやサファイアさん。
それだけじゃない。コロッケを広めた集落の子どもたちまでいる。
「お兄ちゃん! これ見て!! 見て!!」
集落の子どもの手を見ると、生きたオーバル海老がうねうねと動いていた。
いや、僕が知っているオーバル海老よりもはるかにデカい。
あれなら2尾で盛りつけしなくても、1尾で十分インパクトのある皿になるはず。
すると、アリアは苦笑いを浮かべた。
「よく考えたら、子どもの頃に川で取って食べてたなって」
「子どもの頃に食べてた! オーバル海老を!?」
オーバル海老ってとてもすばしっこくて、素手ではなかなか取れない。
だから専用の罠を使って、捕獲するのが一般的だ。
しかし、アリアも、子どもたちも手掴みで捕まえることができるらしい。
幼い頃から狩りを教えられている獣人にとっては、朝飯前なのだろう。
「オーバル海老を捕まえるの。僕たちも手伝うからね」
「い、いいの? 家の仕事もあるんじゃ?」
「大丈夫。ルヴィン兄ちゃんが大変な時だから手伝えって。兄ちゃんとフェリクスのおっさんにはとてもお世話になったから」
みんな……。
「泣くのは視察が終わってからだよ、ルヴィンくん」
「……はい」
「とはいえ……。他の工事も遅れてるんだよなあ」
「大丈夫だよ、アリア」
寝てちょっとスッキリしたおかげだ。
頭がクリアになって、今は色んなアイディアが湧き出てくる。
「アリア、アルフォンスさんに丈夫な布を用意してもらって。なるべくたくさん」
「ん? わかった」
僕はさらに下にいたバルガスさんに指示を出す。
「庭園の設計を変更します」
「え? 今からかよ」
「秘策を思い尽きました。きっとカイン兄様も驚くはずです」
「驚く――か。くはははは! そいつは見てみてぇなあ」
そして2週間後、1000名の外交使節団がエストニア王国にやって来た。
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