第14話 第3王子の策謀(前編)
◆◇◆◇◆ セリディア王国王宮 ◆◇◆◇◆
エストリア王国での破壊工作が失敗に終わって、1週間が経ったある日の昼。
国王ガリウスの執務室に、大臣が慌てた様子で駆け込んできた。堰を切ったように大臣が話を始めると、それまでつつがなく執務をこなしていたガリウスの表情が一変する。
「我が国の諜報員が他国で次々と逮捕されてるだと!」
セリディア王国は戦後も各国に諜報員を配置し、その動向を監視してきた。他国での諜報活動は、大陸の覇者であるヴァルガルド帝国が禁止したが、事実上諜報員はいないという体裁で戦後も活動が続けられてきている。これはセリディア王国以外の国も同様だ。
他国での諜報活動は危険極まりないため、その潜伏先は国王ですら知らない。
そんな諜報員たちは芋を掘るように捕まっていると聞けば、可能性は1つしかない。諜報員が諜報員たちの居場所を売ったのである。裏切り者は誰なのか。真っ先に国王の脳裏に浮かんだのは、1人の司祭であった。
「フェリクスの仕業か……」
「おそらく」
エストリア王国に向かったフェリクスの所在は、確認できないでいた。すでにエストリア王国から離れたところまではわかっているが、消息は不明だ。しかしタイミングを考えれば、フェリクス以外に考えられなかった。長くこの世界に身を置く彼なら、他国に潜伏するセリディア王国の諜報員の居所を知っていてもおかしくないからだ。
ガリウスは顔を真っ赤にし、恥をかかされたことに憤る。
足が悪いのに、子どもみたいに地団駄を踏むと、ひっくり返ってしまった。
「何をやってるんだよ、オヤジ」
国王が醜態をさらす中、執務室に1人の男が入ってくる。
ショートボブの金髪に、如何にも傲慢げに伸びた鼻筋。白い正装には勲章とともに、いくつもの金や宝石がぶらさがっている。背丈はさほどではないが、引き締まった身体をしており、一方で笑うと悪童のような無邪気な表情を浮かべた。
薄い唇の端を上げ、青紫の瞳の青年は外套を翻し、国王に手を差し出す。
国王の前でも堂々と小さな王冠の髪留めをした青年を見て、大臣が慌てふためいた。
「カイン王子!」
「何をしにきた、カイン」
カイン・リヴェル・セリディア。
セリディア王家の第3王子。ルヴィンの歳の離れた兄である。
そのカインは父親たる国王の手を掴み、身体を起こすのを補助する。
子どもに優しくされても、国王はただ自分の子を睨むだけだった。
「実の父親が困っているなら、助けてやるのが息子ってもんだろ」
「お前のことだ。どうせ碌なことではあるまい」
優秀な兄や姉たちと比べて、カインは落ちこぼれだった。
彼が唯一持つギフトが原因でもあったが、誰からも相手にされず、まるでいないかのように周りから無視されてきたのは、【万能】のギフトが消滅した後のルヴィンとよく似ている。ただ歳の離れた第7王子と違ったのは、カインが人を傷付けることに躊躇がなかった点だ。
誰からも相手にされないから、問題を起こすことで注目を集めた。
そのために暴力は手っ取り早い手段だったのである。
暴力を愛するカインの周りには、自然と問題児が集まり、その圧倒的な力を認めた国や領地の権力者たちが跪いた。今やカインの力は王宮において、国王と第1、第2王子の勢力に次ぎ、第三勢力と言われるようになっていた。
「オヤジはまどろっこしいんだよ。いつまでもルヴィン、ルヴィンって……」
「ルヴィンが重要なのではない。エストリア王国にあいつがいることが問題なのだ」
「オレならもっとうまくやるって言ってんの」
「お前が?」
国王が目を細めると、カインは自分の胸を叩いた。
「オレがエストリア王国の評判を地に落としてやる」
「そんなことができるのですか、カイン王子」
「楽勝だ、大臣。……ついでにルヴィンも連れ帰ってやってもいい」
「お前のことだ。タダではないのだろう?」
「オレを次期国王に推挙しろ」
躊躇なく傲慢な要求するカインを見て、大臣はただ圧倒されるばかりだった。
しかし、子も子なら親も親だ。本来であれば、王族と一部の有力な貴族たちが集まり、話し合うべき大事な王位継承に関することを、国王は斬った刀を返すように返事してしまった。
「……良かろう。お前にそれができるなら検討するのもやぶさかではない」
「ひゃっほー! 言質を取ったぜ。大臣、お前が証人だ。覚えておけよな」
大臣を指差した後、カインは意気揚々と執務室から出ていった。
とんでもない話を耳にした大臣は恐る恐る国王に尋ねる。
「よろしいのですか、陛下」
「カインの力を見るにはいい機会だ」
カイン王子は問題児である。たとえ失敗したとしても、切り離せばいい。
それどころかエストリア王国の激憤に触れて、命を落とせば、それだけでかの国を攻めるいい口実となる。大臣にはそう言っているように聞こえた。
「勝っても負けても、我々の腹は痛くないわけですな」
大臣はニタッと笑うと、国王もまた口角を上げるのだった。
◆◇◆◇◆
セリディア王国の使者を名乗る男がやってきたのは、夏の初めだった。
僕がエストリア王国にやってきて、1年。そんな節目の時期だ。
アリアたちは少し警戒しつつも、使者を謁見の間に通した。
何かしらの抗議や、僕を速やかに返すよう警告しに来たのか。様々な予想が頭に浮かんだけど、使者がエストリア王国に伝えたことは思いも寄らぬものだった。
「セリディア王国第3王子カイン様が、貴国を視察されたいと申している」
「カイン王子?」
アリアは耳慣れない王子の名前を聞いて、首を傾げた。
それもそのはずだ。セリディア王国はこれまでエストリア王国に嫌がらせしてきたが、カイン兄さんの名前はこれまで1度も出てこなかった。意外な人物の名前を聞いて、僕は顔を強ばらせる。
いつか王族の誰かがエストリア王国に来るんじゃないかと覚悟していた。
でも、その第一号がカイン兄様なんて。
「今や目覚ましい発展を遂げるエストリア王国を是非勉強したい、と」
「目覚ましい発展なんて……。なんか照れるなあ」
アリアは玉座に座ったままクルクルと尻尾を動かす。
これまでエストリア王国はずっと野蛮な国として見られてきた。
悪評は多くとも、持ち上げられることはほとんどなかったのだ。
アリアが頬を染めるのも無理もない。
「歓迎する。是非見ていってくれたまえ」
「ありがとうございます。カイン様と、外交使節団の方もお喜びになるでしょう」
「え? 外交使節団?」
「おや。お話しませんでしたか。カイン様は懇意にされている外交使節団の方々と一緒に、視察を行う予定です。人数はそうですね。ざっと1000名といったところでしょうか?」
1000名と聞いた瞬間、謁見の間に戦慄が走った。
多すぎる。いや、エストリア王国が受け入れることができるギリギリの人数だ。
そもそも1000名規模の視察団なんて、各国の君主が集まる国際会議並みの規模だし、普通はもっと格式の高い主要国で開催されるものだ。それをまだ国として日の浅いエストリア王国で開催するなんて常識から外れてる。よちよち歩きの子どもを、騎馬に乗せるようなものだ。
「まさか断るなどと仰いませんな。セリディア王国の王子が、野蛮な後進国に来られること自体、光栄なことなのです。カイン王子は今のエストリアを見てもらうために、方々に声をかけ、1000名もの賛同者を集めたのですぞ。王子の努力を無下になさるおつもりか?」
先ほどまで穏やかな表情を浮かべていた使者の態度が転じる。
友好的な弁舌から、舌の根も乾かぬうちにエストリアを下に見る言動。
僕の国の本質は未だに変わらない。同郷の人間として恥ずかしかった。
「カイン様は由緒正しきセリディア王国王家の血を引いておられる方。ふっ。どこぞの包丁が似合う王子とは違う。権力も力も持っている本物の王子なのです」
僕の方を見て、ニヤニヤと笑う。
カイン兄様が何を考えているかまったく見当がつかない。
1つわかるのは、これはエストリア王国に向けられた挑戦状であり、挑発だ。
アリアもそれがわかっている。
今まで何度と謁見の間で聞いた暴言だからだ。
きっと鼻で笑って、使者を追い返すだろう。
「いいよ。1000名だろうと、1万名だろうと受け入れてあげようじゃないか」
「あ、アリア?」
「ルヴィンくんが包丁が似合うだって? 当たり前だ。彼はボクの料理番――女王の料理番だからね! 1000名全員が最後に頭を下げるぐらい素晴らしいおもてなしをしてあげるから覚悟しろ!!」
アリアはわざわざ僕のところにまで来て抱きしめると、高らかに声を上げる。
それはもはやエストリア王国に対する宣戦布告だった。
◆◇◆◇◆
こうして僕たちはカイン王子と、1000名の外交使節を迎える準備を始めた。
早速、マルセラさん、バラガスさん、リースさん、サファイアさん、さらにアドバイザーとして駆けつけてくれたアルフォンスさんと、国際会議の準備に詳しいフィオナが会議に加わる。
「大変なことになりましたな」
「申し訳ない。アルフォンス殿。このような形で、またクレイヴ家のお力を借りることになるとは……」
マルセラさんが平謝りする。
「これもお嬢が安い挑発に乗るからですよ」
「うちが野蛮な国だってことは認めるよ」
「そりゃ女王様が野蛮だからな」
「なんか言ったかい、バラガス」
「(口笛を吹く)」
「ルヴィンくんを馬鹿にするのは許せないよ。こんなに頑張ってるのに」
アリア……。
「まったくですだ。後ろから何度ヘッドショットしてやろうかと考えただか」
フィオナ、落ち着いて……。
横のアルフォンスさんが軽く引いてるから。
「それで1000名の使節団って、実際受け入れられるものなの?」
「ギリギリですね。1000名といっても、お供の方も含めると、その倍以上の数になるでしょう」
「となると、まず宿泊場所の確保だね」
「1000名、王宮で受け入れるだけで精一杯ですね。お供の方と位の低い方には、簡易の宿泊所を設置して、そこに泊まってもらうしかないかと」
マルセラさんは王宮周辺の地図を広げながら説明する。
その地図から顔を上げ、リースさんが胸を張った。
「警備もご安心あれ。我が騎士団が万全の警備で使節団をお守りいたします」
「問題は会場内でのトラブルやな。酔った人族が獣人の給仕に絡む事態は子どもでも予想できんで。そうなった時に、スマートに解決できる人材がうちにはおらん」
いくら荒事が得意と言っても、それは戦場の話で街中の喧嘩はまた違う。
生き死にではなく、如何に現場を制圧できるかを、サファイアさんは問題視してるのだろう。
「それはうちの人員にお任せください。我が家にも優秀な騎士はおりますので」
「助かるわ、アルフォンスはん」
「となると、あとは料理ですな。食材はなんとか手配できると思います。あとは人員ですね。こちらもうち者から数人派遣いたしましょう」
クレイヴ伯爵家様様だ。アルフォンスさんがここにいなかったら、明日になっても何も決まってなかったかもしれない。
「あっしの料理仲間で使えそうな奴を何人か見繕っておきます」
「ムースやデザートなどは、昨晩のうちから仕込んでおけば、なんとか1000名分の料理を用意できると思うよ。【料理】で保存が利く料理を考えておくね」
アリアはホッと胸を撫で下ろした。
「【料理】様々だね。クレイヴ家の協力にも感謝だ。よし。各自、使節団が来るまで受け入れ準備を進めてくれ」
こうして僕たちは1000名の外交使節団を受け入れる準備を始めた。
早く飯を食べさせろ! と実食回に飢えている方は、是非ブックマークと後書き下部の☆☆☆☆☆を★★★★★にしてください。飯テロ回を書くテンションが上がります。よろしくお願いします。




