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【書籍化決定】獣王陛下のちいさな料理番 ~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる〜  作者: 延野正行
第一章

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第7.5話 王の空気を漂わせる男(後編)

 迷ったけど、僕は男の人についていくことにした。

 いくらエストリア王国内とはいえ、森の中は危険だ。

 野生の熊や狼、大型の魔獣だって棲息している。

 そんなところに、男の人ひとりだけにはしてはおけなかった。


「あの……」

「顔がわかれば、名など不要だ。それに今、そなたと我しかおらん。どうしても呼びたければ、セオと呼べ」

「セオさん、僕は……」

「わっぱはわっぱのままで良い。聞いたところで、覚える気もない」


 意地悪なのか。単にせっかちなのか。

 きっと後者だろう。言葉はぶっきらぼうなのに、何故か憎めない。

 不思議な人だな、セオさんって。


 怖くないのだろうか。セオさんの歩みを一切緩めない。

 随分と森の奥まで来てしまった。この辺りは僕も初めてだ。大きな木がそこら中に生えて、梢も根も複雑に絡み合っていた。ところによって、樹齢何千年という感じの太い幹の木までが立っている。繁茂した根が蛇みたいに蛇行して、土地そのものが同化していた。


 これでは木は切ることができても、根の撤去に時間がかかるだろう。


「わかったか、わっぱ。いくら獣人どもが力に優れていようとも、自然の前で無意味だ。それにあそこを見よ」


 セオさんが指差したのは、大きな木にできた洞だった。

 その洞から粗雑でもどこか味のある絨毯がはみ出ている。その枝には洗濯物らしき服や下着がかかっていた。


「獣人が住んでいるんですか?」

「今では集落を作り、人族と同じように家を建てて住んでいる者も少なくないが、こやつらのように木の洞に住居を作って、住んでいる者もまだまだ多い」


 洞はいくつもあって、そこにいくつも家族が住んでいるらしい。

 セオさんは木を上り、洞の中を覗く。


「いないな。おそらく家族総出で狩りにでも出かけたのだろう」

「子どももですか?」

「子ども貴重な労働力だ。無駄にはすまい。特に食糧が切迫しているなら尚更だ」


 セリディア王国でも平民の子どもは、農作業や狩りを手伝うことがある。それでも教会学校に行って、勉強したり、遊んだりする余裕ならある。でも、エストリア王国では生きるために教育も遊びも捨てて、明日生きるために働く子どもがほとんどだ――とセオさんは教えてくれた。


「子どもの頃から狩りを覚え、命を射ることを覚える。皮肉なものだな。結果的にそれがエストリア王国の軍事力の基盤となっているのだからな。これで理解できただろう、わっぱ。机上の空論など、空気のようなものだ。目に見える事実こそ本当に重要なのだとな」


 セオさんの言う通り、僕は机上の空論ばかりを思い描いていた。

 確かに【料理(レシピ)】に従えば、エストリア王国は一流の国になるだろう。

 でも、レシピはレシピだ。扱う人の事情を知らない。

 このギフトは絶対的で万能な能力ではないんだ。


「【料理(レシピ)】が悪いんじゃない。思い上がってしまった僕が悪いんだ」

「少しは自分の未熟さがわかったか、わっぱ」

「ありがとうございます、セ――――」


 突然、僕はセオさんに突き飛ばされる。

 次の瞬間、僕とセオさんの間に何か大きな嘴のようなものが横切っていった。

 嘴は僕を突き飛ばしたセオさんの肉を抉ると、強風をまき散らしながら、木の上の方へと飛んでいく。


 突き飛ばされた僕は、木の根に頭をぶつける。

 ふと目に入った木の実が懐かしすぎて、反射的に拾いあげていた。


「ドングリの実?」

「わっぱ! 惚けてる場合ではないぞ!」


 セオさんの声にハッとなる。

 顔を上げると、そこには大きな梟が枝に止まっていた。

 ただ巨大なだけじゃない。魔獣の嘴は鋭く尖っていた。

 刃物のような形の嘴を使って、セオさんの腕の肉を削いだのだ。


「アサシンオウルか……。なるほど。ここのものがいないのは、奴に寝込みを襲われて声もなく食われたか。不覚だ。奴の擬態に気づかなかった。思い上がっていたのは、我も同じだったらしい」


 アサシンオウルの身体が背景に溶け込んでいく。

 セオさんの忠告通り、あの魔獣は擬態ができるみたいだ。


「わっぱ、我から離れるな。敵は強大だぞ」

「でも、セオさん、腕を……」

「かすり傷だ」


 セオさんは片手で剣を抜く。かすり傷と言うけど、剣が握れないぐらいには重傷らしい。出血も多いから早く手当をしないと取り返しのつかないことになるかもしれない。


 でも、今はアサシンオウルをなんとかしなきゃ。

 僕は周りに目をこらすけど、魔獣の姿を見つけることはできなかった。


「アサシンオウルの擬態は完璧だ。鼻や耳が利く獣人ですら騙される。わっぱの目で見つけられるものではない」

「大丈夫です。方法はあります」


 僕は【料理(レシピ)】を使い、アサシンオウルの見つけ方を探る。

料理(レシピ)】が示した方法を見て、すぐにセオさんに振り返った。


「セオさん、雨を降らすことはできますか?」

「水の魔術か。……初歩程度であれば問題ないが」

「お願いします」


 セオさんは剣を掲げる。切っ先に魔力を込めると、大量の水が集まってきた。

 それを空に向かって一気に解き放つ。



 水魔術【天気雨(ウォーターフォール)



 水は木の枝や葉をかすめ、空に向かっていく。

 森を抜けると、花火のように弾けて、周囲一帯に大量の雨を降らせた。雨は幹を伝い、枝を湿らせ、葉を濡らす。森にとって恵みの雨だったかもしれないが、枝や葉に擬態するアサシンオウルにはそうではなかった。アサシンオウルの擬態の要は、羽根に含まれている特殊な顔料だ。それが魔力に反応し、周囲の色に馴染み、擬態を完成させる。


 しかし、水はその顔料を一時的に洗い流す効果がある


「つまり、擬態が解ける!」

「見事だ、わっぱ」


 姿を現したアサシンオウルを見て、セオさんはニヤリと笑う。

 大きく振りかぶり、渾身の力を込めて、手にした剣を放り投げた。

 見事アサシンオウルの眉間を貫くと、地面に落下する。

 しばらくしてピクリとも動かなくなってしまった。


「やりましたね、セオさん!」


 思わず飛び上がって喜んでしまったが、セオさんはそれどころではない。

 荒い息を吐きながら、膝を突く。剣を投げた時に、傷口がさらに開いたんだ。

 ここに満足な医療品はない。セオさんも同様らしい。


「よもや我の命がこんなところで尽きようとはな」

「まだです! セオさん、死なないでください!」

「わっぱ??」


 死なせない。絶対死なせたくない。

 セオさんは僕をかばって、怪我をした。セオさんがいなければ、今頃僕が(うめ)いていたかもしれない。出会って間もないけど……。いや、時間なんてこの際どうでもいい。人の命が消えようとしているのに、見ているだけなんて僕にはできない。



 何より僕は、この人からもっと色んなことを学びたい!



 強い願いは光となって、僕に示した。

 頭の中で再び【料理(レシピ)】が浮き上がる。


「回復薬のレシピ?」


 唐突に現れた【料理(レシピ)】に驚く。

 料理どころか、それは薬の知識だった。

 まさか薬の【料理(レシピ)】まで出てくるなんて。

 一体、このギフトはどこまで【料理(レシピ)】にできるんだ?


「今は考えている場合じゃない。まずは薬草を探さないと」

「わっぱ?」

「大丈夫。セオさんは僕が助けます」


 幸い薬草はエストリアの森に繁茂していた。

 薬草は他の野草と似た形をしているため、とても見つけにくい。

 それすらも【料理(レシピ)】の前では教えてくれる。

 おかげでさほど時間はかからなかった。


 回復草を揃えると、水を加える。水は先ほどのセオさんが降らせてくれた雨水で代用した。近くに貯水草があることを【料理(レシピ)】が教えてくれたため、まとまった水を手に入れることができた。

 ついに材料も揃う。僕は早速、手順通りに回復薬を作り上げた。


「セオさん、これを飲んでください。回復薬です」


 もうその時にはセオさんの意識は朦朧としていた。

 それでも無理矢理口の中に含ませる。

 途端、セオさんの顔がみるみる青くなっていった。


「ぐはっ! な、なんだこの薬は! 大迷宮で手に入れた霊薬の方がもうちょっとマシな味がしたぞ!」


 いきなり僕に罵声を浴びせる。相当苦かったらしい。


「ごめんなさい。でも、良薬口に苦し。効果はあったみたいですね」

「むっ?」


 セオさんは怪我をした腕を見る。

 出血は収まり、それどころか傷も消えていた。痕もない。

 回復薬は見事に機能したらしい。


「罵声を浴びせて悪かった。そなたには借りができたな」

「僕もセオさんに命を救ってもらいましたから。おあいこです」

「ふん。であったな」


 セオさんは笑う。この人の笑顔を初めて見たかもしれない。

 快活な笑顔に、僕も釣られて笑ってしまった。


『ぐるるるるる……』


 唐突に喉を鳴らす音が聞こえる。

 振り返ると、そこには獣の魔物がいた。

 それも1体だけじゃない。複数だ。僕たちを取り囲み、ゆっくりと近づいてくる。

 多分、セオさんの血の匂いに反応して、集まってきたんだ。


「わっぱ、我が魔獣の気を逸らす。合図をしたら、真っ直ぐ城へと走れ。そなたのひ弱な足でも、全速力で走れば、城に逃げ込めるはずだ」

「セオさんはどうするんですか?」

「身体は万全だ。畜生ごときに遅れは取らんよ」

「ダメです。2人で生き残るんです!」

「問答してる場合か。行け!!」


 ついに魔獣が走ってくる。一気に距離を詰めてきた。

 視界いっぱいに魔獣の牙が見えた次の瞬間、僕たちの周りに暴風が吹き荒れる。

 悪戯に巻き起こった突風かと思ったけど、違う。

 僕とセオさんの前に、銀髪を風で乱した狼の獣人が立っていたからだ。


「ボクのルヴィンくんに何をしているんだい?」


 アリアだった。すでに怒り心頭らしく、内にたまった怒気をそのまま魔獣たちにぶつける。暴風を躱し、かろうじて生き残っていた魔獣は目を点にすると、そのまま尻尾を振って、森の奥へと消えていった。

 魔獣を一睨みで追い返すなんて、さすがアリアだ。


「ルヴィンくん、怪我は――――」

「遅い!!」


 涙目で僕をハグしようとするアリアの頭を掴んだのは、セオさんだ。

 アリアは怪訝な表情を浮かべた後、顔から血の気が引いていくのを僕は見ていた。


「せ、セオルドぉおおおお!! な、なんで君がここにいるんだよ」

「アリア、セオさんと知り合いなの?」

「知り合い? そっか……。ルヴィンくん、セオルドのことを知らないんだね」

「え?」


 そして、僕はようやくセオさんの正体を知った。


面白いと思っていただけたら、ブックマークと後書きの下部の☆☆☆☆☆を★★★★★にしてもらえると嬉しいです。創作の励みになりますので、是非よろしくお願いします。

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