第998話 炙り出し作戦
リノさまの涙が引っ込んだようだ。
「裏に扇動者がいます」
「ど、どういうことですか?」
「新年会で怖い目に遭われましたね? あの件の詳細は聞かれましたか?」
リノさまは頷く。
「大体のことは」
「わたしを貶める新興宗教が出てきたことは?」
「聞きました」
「公爵さまが確認も取らずにそんなことを思われているのなら、そう思われるように動いたものがいるはずです」
目を大きくしている。
「目的は? セローリア家とシュタイン家を仲違いさせることですか?」
うーーん、考えて思う。ずーっとずーっと先の目的は、わたしが困ったことになる、だと思うんだよね。
でもその前の目先の目的。
「扇動者はわたしとリノさまを仲違いさせたいのだと思います」
「なぜ?」
「それはわたしにもわかりません。でも、そのままやられているだけって腹が立ちませんか?」
焚きつけると、リノさまはわたしの手をギュッと握る。
「腹が立ちますわ! ものすごく! わかりました! 思惑なんかに決して乗りません。私たち仲違いなんて絶対しませんわ」
「リノさま、逆です」
「逆?」
「ええ。わたしたち仲違いしましょう。敵の思い通りになってやりましょう。それで何をしたいのか探りたいんです。協力してくださいませんか?」
「わ、私とリディアさまが仲違い、ですか?」
「ええ、演技で。人の見ているところで、わたしたちは通じ合っていることがバレたらいけません。わたしのことを忠告するお友達には、少し寂しそうにして、どんなことが考えられるかとか尋ねて情報を引き出してください。公爵さまにはリノさま自身がわたしと片をつけたいとか言って、何もしないようにしていただけると助かります」
プッとリノさまが吹き出す。
え?
リノさまがわたしを見て、にっこり笑われた。
「リディアさまにかかると、難題だと思うことも、全く違うことになりますのね」
わたしたちは具体的な仲違いの内容を話し合った。
もふさまも聖樹さまもコメントは控えるそうだ。
扇動者の思い描くように乗ってあげましょう。
「本当にリディアさまってすごい方、ですね」
「……それはリノさまです。リノさまはハープの音色に憧れて短い期間で瞬く間にお上手になられました。指を痛めながらも練習を怠らなかった。
わたしが習う楽器をハープに決めた理由。音色はもちろん好きですが、希少なものだから買うことが難しいと思ったからです」
「買うのが、難しいから、ですか?」
きょとんと首を傾げる。
「わたしは怠けものなので、地道な練習とか好きじゃないんです。だから練習をしなくて免れられるよう、家に置けない楽器を選んだんです。
わたしはひたすら好きなことに向き合って、指をボロボロにしながらも何度も繰り返し練習して、会得されたリノさまを本当にすごいと思いました」
リノさまはうっすら口を開かれている。
「魔法戦の合同授業で、先生に注意されたことは次の授業の時には直っていらした。戦うときの癖って直すのが大変なのに。この方はどんなに練習をされたんだろうっていつも思ってました。なんて頑張り屋なんだろうって」
リノさまは驚いてから花が開くように笑った。
「……リディアさま、記憶が戻ってらっしゃるのね」
あ、しまった。
「はい。知られない方が有利なことが多いので、まだ戻ってないことにしてあるんです。内緒にしてください」
お願いすると、リノさまは頷く。
そしてわたしに抱きついた。
え?
「リディアさま、お帰りなさい。それから、仲の悪い演技はしますが、リディアさまのこと大好きです。忘れないで」
わたしもギュッとした。
「ありがとうございます、リノさま。わたしもリノさまのこと大好きです」
わたしたちは手を離して笑い合った。
それからわたしはもう一度聖樹さまにお礼をいって、さらに願いをひとつ取りつけた。リノさまも頷いてくださった。そこはわたしを信じてくださるのだろう。
戻ってきた。
アダムが、メリヤス先生が、心配そうにリノさまを覗き込む。
リノさまは驚いた後、わたしにチラリと目をやって、納得したかのように目を伏せる。
「ご心配をおかけしましたが、もう大丈夫です。ありがとうございます」
とふたりにお礼を言う。
「リディアさま、お尋ねしたいことがあります」
お、ここからもう始めるのね。
「はい、なんでしょう?」
「リディアさまは、私の敵になり得ますか?」
「……まさか、そんなこと……」
「妹ぎみに縁談がきたそうですが……」
「お断りしています」
リノさまは少し顔をあげて唇を噛みしめた。
メリヤス先生は軽く口をあげ見守り、アダムは変な顔をしている。
アダムは縁談の相手が誰だか知っている。メリヤス先生がご存知かはわからないけど。
シュタイン家が第三王子につかないと言ったのに、リノさまが不安げなのは首をかしげたくなるものね。
リノさまは目を伏せる。それからベッドから起き上がろうとした。
「セローリアさん、顔色が悪いです。もう少し、休んでいかれては?」
リノさまは上掛けの上に出している手をギュッと握りしめる。
「エンターさま、リノさまがお休みになれるように、わたしたちは出ましょうか」
「……そうですね」
リノさまとメリヤス先生に頭を下げて、お大事にと声をかけて保健室を出る。
「セローリア公爵令嬢は、何を憂いでいるんだい?」
「もふさま」
もふさまは頷く。
『会話を拾えるところには誰もいないようだ』
「リノさまと協定を結んだ」
「は? え? いつ?」
わたしは一応声を潜めてアダムに話す。
「なるほどねー」
アダムは腕を組んでいる。
「君は本当に頭が回るね」
アダムは苦笑いしていた。




