第956話 わたしたちの王さま⑮立証
「それと、もうひとつ魔法を使うときに試していきたいことがあるんだ」
「試す?」
「これは兄さまと話してて、もしかしてって話になったんだけど」
みんなが身を乗り出す。
「アイリスさまと会ったとき、わたしにお祈りしてくれたの。その時、文言を唱えられていて。女神さまの力を使うときに唱える文言で、すぐに言葉が出るように普段使いしているといいって言われたそう。ルシオ、教えて」
ルシオは少し目を伏せる。そして手を組んだ。
「神の子である私が、女神さまに乞い願います。
愛する隣人たちに、緑を還し黄の陽を赤く燃やし、女神さまの癒しをここに。
……というのが基本です。人によりしっくりくる言葉に置き換えていただきます。
それが一番女神さまに届きやすい言葉となるので」
「へー、詠唱か。神属性のスキルを使うとき、詠唱はいらないけど」
アダムが考え込んでいる。
そういえばそうだ。詠唱自体について考えるのも面白そうだ。
何かわかることがあるかもしれない。
「わたし、その詠唱を聞いて古代詩を思い出したんだ」
「古代詩?」
「1年生のとき夏休みの宿題で、古代詩の暗誦があったの。
その詩が恋歌集なのに物騒だから心に残って」
「物騒?」
「うん」
わたしは頷く。
わたしは詩をまず暗誦した。
「青い夜、水にのせ流るるば、黄の日が出づれ、闇に飲まれし倒れたり
白く癒され、赤く燃える
全てが緑に還る時、消えぬほどに思い焦がれる命の淀み
恨めしさに委ねた魂
黒い結びでは女神の涙も拭けぬ」
「確かに激しい言葉を選んでいるね」
ダニエルが頷いた。
「これの意訳はね、
〝青〟の夜、水に流せと神は言うが、到底許せない。闇に飲まれ、永遠に出られないというのに、誰が笑えるというのか。全てを焼き尽くしてもまだ足りない。女神が許しを得る緑の時は、涙も拭けない日となるだろう
なの」
わたしが言い切ったからか、アダムが反応。
「もしかして、鑑定?」
「ううん、翻訳。書かれた文字ならほぼわかる。耳で聞いた場合、知らない言葉は少し遅れて意味がわかる程度のレベル」
「な、なんだよ、めっちゃ羨ましい! 勉強しなくてもわかるってことかよ」
ブライが吠えている。
「最初はレベルが低かったからほとんど役に立たなかった。だからフォルガード語はちゃんと勉強したよ?」
「君がグレナン語がわかったのもそれか!」
アダムに頷く。
「翻訳というスキルで、お遣いさま、神獣さま、魔物たちの言葉がわかるの?」
ルシオが頬を上気させている。
「えっとそれは違うと思う。翻訳ってスキルが出る前からもふさまと話ができたから」
みんなふむふむと何度も頷いている。
ふと我にかえる。
「あれ、なに話してたんだっけ?」
「古代詩の意訳」
「あ、そうそう」
またアダムに引き戻してもらう。
わたしは翻訳ではそう出てきたけれど、それでは恋の歌に遠いと思ったので、単語の意味を調べ直して恋の歌っぽく意訳した話をした。
先生は最後に、恋歌集として集められているけど専門家たちがこれは恋の歌と違うんじゃないか?と言われているものを、暗誦する宿題に出したと教えてくれたと。
それから恋の歌なのかそうでないのかわからないけれど、詩にして残されたということは誰かが伝えたいと思ったことだと言っていたことも。何にしても過去からのメッセージだと先生は教えてくれた。
まさに、創世記もそうだった。
シュタイン領のレアワームのこともそうだった。先代たちがそっと教えを残してくれていた。
わたしたちは何気なく誰かから支えられているんだと思う。〝現在〟は現在を生きる人たちの天下のようだけど、そっと過去から支えられている。そうしてわたしたちも、そっと忍ばせて現在を未来に繋げていくべきだと思う。
そのためにも世界を終わらせたりしちゃいけない。
またまたまた脱線しかけた思いを正す。
「わたしがその歌を思い出したのは、色が強調されていると思っていたから」
「色? あ、詠唱にも色が」
わたしはイザークに頷く。
「詠唱で出てくるのは緑、黄、赤。
古代詩で出てくるのは青、黄、闇、白、赤、緑、黒」
わたしは紙に色を書きつけた。
「それから。聖樹さまが学園の護りを強くする手伝いをしたことがあるの。それは学園の魔法陣の強化で、聖樹さまが描かれた術式を魔法陣の要所に土魔法で埋め込む作業だった。そのとき、兄さまも手伝ってくれたの」
「一緒についてまわっただけだけどね」
みんな身を乗り出している。
「リディーが最後のひとつを埋め込んだとき、魔法陣が青く浮かび上がって、その青い光が天に登っていった。あるところで止まり青い線が水平にのび、反対側からきた青い線と繋がった。その青い線は、黄色になり、黒くなり白くなり赤くなった。そして何事もなかったように消えた」
わたしは兄さまの言った色を下に付け加える。
詠唱 緑、黄、 赤
古代詩 青、黄、(闇)、白、赤、緑、黒
魔法陣 青、黄、 黒、 白、赤
線で見えたのは青からだったけど、魔法陣が完成したんだって思ったとき、わたしの中で翠色の風が吹いた気がしたことを付け加える。そして魔法陣は6箇所に置いたことも。
だから魔法陣の行の前に付け加える。緑を。
詠唱 緑、黄、 赤
古代詩 青、黄、(闇)、白、赤、緑、黒
魔法陣(緑)青、黄、 黒、 白、赤
「わたし、世界の理にこの6色が何らかの意味づけがあり、力ある言葉となっているんじゃないかと思うの。後、大切なのは順番」
「順番が大事だから、闇を残したのか」
アダムに頷く。黒とは言っていないけど、闇を色にしたら黒だと思うから。
「より力ある言葉になるのは、緑、青、黄、黒、白、赤、じゃないかと思う。アイリスさまにはそれも試してもらえないかと思ってる」
「なんか、スッゲー」
「もしそれで強化されたら、凄いね」
「試してないの?」
「え? えっと、ただ色を並べてもダメだった。あとわたしは神属性のスキルはないから」
色をただ並べる、それは試した。古代詩ふうにもしてみた。何も変わることはなかったので、女神さまにお願いするときだけかな?と弱気にもなった。後からいろいろパターンを変えて挑戦してみようととも。
でもルシオから文言を聞いて、足りないところがわかった。そうだ、最初に誰に訴えるか、何をしたいのか、主語と述語がなかった。
「そっか。じゃあ、例えば。
我、天候を司る神・アマテウスに乞い願う」
「お、おい」
ダニエルが待ったをかけたけど、アダムは続ける。
「青い夜が去り、陽の黄が大地を見守り、闇に包まれ白い夢を見る。心に宿った赤い熱き思いに応え、ここに。小さないかずちを!」
一瞬みんな息を詰めた。
「お前、雰囲気出すなよ。身構えちったじゃねーか」
「お前、発動したらどうする気だったんだ? フランツの家だぞ?」
「ハハ、だから緑は入れてないし。でも残念だけど、これは立証が難しい……」
もふさまが顔を上げる。
リュックからレオたちが飛び出してきて、もふさまと一緒に大きくなる。
もふさまやレオたちがわたしたちに多い被さる。
外がピカッと光った。明るくなった気がして首を伸ばそうとすると、もふさまがギュッと身を縮ませる。
ドン!ガラガラガッシャーン!
身の毛のよだつ恐ろしい音と光。揺れた?
パリーン、パリーンとお屋敷の窓が次々に割れていく音。
わたしは悲鳴をあげていた。
数秒後、静けさが訪れる。
お、治った?
「もふさま、みんな、大丈夫?」
もふさまは子犬に戻り、体をふるっと震わせた。
みんなもぬいぐるみサイズに戻った。怪我はないようだ。
庇ってくれた、もふさまやみんなにありがとうとお礼を言う。
「屋敷の中を見てくる」
「ご、ごめん!」
兄さまと顔色を悪くしたアダムが連れ立って様子を見にいく。
怪我した人がいた場合手当てしなくちゃとついていこうとしたけど、腰が抜けてしまったのか動けなかった。




