第915話 Get up⑥神と聖霊
「ラテアスさまの意に従うのはもちろんですが、聖霊王はラテアスさまにお願いをしました。地と同化してしまった聖霊が多くいる。それらに呼ばれた時にだけ、地に降りたいと。
先に約束を破ったのが神であることから、また条件をつけて、それを許すことにしました。条件は非常に狭き門となることでした。
聖霊王は人族の行く末を案じていました。ラテアスさまが制しているものの、神たちはカッとなるとすぐに手を出してしまうところがある。聖霊王は条件があえば、すかさず大地に降り立ち聖域を作りました。自らが降り立てばそこは聖域となりました。聖なる力を注ぎ込めば、そこは神が入ってこられない。
聖霊王は大地に聖域を作り、人族のために神から逃れられる場所を作りました。そうして亡くした人族の恋人を思い、心の傷を癒していました。
神と聖霊の住う空域では、争いが絶えなかった。お互いのせいで大地に降りられなくなったと思っていたからです。
神たちは大地に降り立つことはしませんでしたが、神を敬う神官たちに思いを伝え、聖なる者からの攻撃に耐えられるよう鍛えることを教えました。
以上が神殿に伝わる神聖国設立記です」
「え?」
ブライが声を上げる。
「なんか神さまって……」
「これは位持ちになってから教えてもらったこと。それでも当時、キツかった。割と人族にひどいだろ?」
ルシオが砕けた口調でため息をつく。
「神聖国は神も聖霊もいらっしゃる安寧の地。聖女さまはユオブリアに留まられる。魔素も多く、魔力の多いものが生まれるツワイシプ大陸に。それが他のエレイブ大陸に聖女さまの子孫だから導けた安寧の地が生まれた。これは画期的なことだったんじゃないかな? だから神聖国の設立記は伝えられなくなっていったのだと思っている。
そしてそれが滅びてしまった。余計に伝えられなくなった」
なるほどね。神が酷いから、信仰の妨げになると秘匿したわけではないんだね。聖女さまはユオブリアに留まられる。それをやっかむ気持ちも持たれて当然だ。それが他の大陸に神や聖霊が御坐す地ができた。これはやっかむ方もやっかまれる方も喜ぶ話。やっかむ方は自分たちの大陸にもと鼻高々だったろうし、やっかまれる方はやっかまれ具合がゆるくなる。
聖女の子孫たちがいるから神や聖霊も降りてくるなんて思えたのかもしれない。創造主がこれ以上仲違いしないようにと与えた地なんていう真実はバイアスになる。だから口をつぐんだ。
そして滅びてしまったら余計に不名誉だよね。聖女の子孫だから作れた地と喜んでいたのに、滅びてしまえば、聖女や聖女の子孫を蔑むことになる。だから、一般的には伝えられなくなっていった。ふむ。
神を敬う神官たち。神に傾倒して神よりっていうか、人族より神を信じるっていうか神を一番に考えるのかと思いがちだったけど、神話同好会で聞いたこと、今ルシオから聞いて思いが行き着く。
神を敬いながらも人族のためにある場所なんだね、神殿は。
「っていうか、神さま側は、聖霊さま側とまだ戦う気満々ってこと? 神官は聖霊さまからの攻撃を耐える云々ってなんだよ、ルシオもできるの?」
ブライの問いかけに、ルシオはチラリともふもふとわたしを見る。
「まず、人族でない方に人族の攻撃は歯が立たないと思う。
ただ、神の入れない場所はあるけれど、聖霊が入れない場所があるわけではない。それに神の思いでできた場所、つまり神殿へ聖霊に属する何かが攻撃を仕掛けるかもしれないと思われたんだろうね。だから対抗する手段を持とうとした。攻撃にはならないよ。聖なる方たちは聖力を使う。それは、神力を持つ神官も痛手を負う。だから〝聖水〟を扱い聖力に慣れ親しむようにしたんだ」
ああ、ワクチンみたいな感じに? もしくは毒に強くなるように、弱い毒で体を慣れさせるとかも聞いたことがあるかも。
「ルシオ、神聖国の聖域と聖霊王の作った聖域は同じ?」
アダムが首を傾げる。
「はは、そうなんだよね。同じ言葉を使われているので混乱するよね。
神聖国の聖域は〝神聖域〟というのが正しいと思う。神も聖霊もおり立てる場所。その後、聖霊王が降り立って創られた聖域は〝聖域〟。神は入れない場所。神が自分たちを敬うものに作らせたのが〝神域〟」
「神域とは神殿のことか?」
ロサが微かに首を傾げてる。
「当たりです。神殿、教会、神への信仰ある場所。人族が創った〝神域〟は誰でも入ることが可能。けれど聖属性の者が入ったり、聖なる力を使ったりすると、時折不可思議な現象が起こるようです。神属性の者への警鐘ですね。聖なる力を使えるもの、神属性の者を傷つけることが可能な者がこの場にいる、と」
「そうか、だからか」
ロサとアダムが目を合わせている。
「聖属性の者は神属性の者を聖力で傷つけることができて、神属性の者は聖属性の者を傷つけることができるんだな」
あ、そっか、そういうことか。
…………。
アダムは顎に人差し指をつけて言って
「でも……」
と続けようとした。だけど、続きがなかなか出ない。
わたしは先に尋ねた。
「わたしって聖力を使えるから、聖属性ってこと? わたしは神属性……神を傷つけられるってこと?」
「「えーー??」」
と驚いた声をあげたのはブライとロビンお兄さま。
「神さまは地に降り立つことはない。だから神さまと戦うことにはならないよ、よかったね」
とアダム。あんまり慰めになってないんだけど。
「あの、天に関係するスキル持ちは神気が宿っているんですよね? それは神属性ってことですか?」
アランお兄さまがみんなに尋ねる。
「……恐らくね。ちなみに王族はもれなく神属性だ。その血が流れるアダムもね」
「えーーー? アダム、王族なの?」
尋ねながら、納得もしていた。だって能力ありすぎだし、見目も麗しい。
「それを言ったら、公爵の血筋ならみんな王族になるよ。スキルで天に関係するのがあるから神属性は間違いないね。僕はかなり強いけど、リディア嬢は僕を傷つける手を持つってことだ」
「逆もあるよね?」
「うーーん、純粋に戦った場合? 僕は魔力を使わずとも、君に勝ってしまう気がするよ」
「……わたしもそんな気がする」
アダムと目が合う。
「リーは天のスキルの攻撃には他の人よりダメージを受けるってことですか?」
アランお兄さまが尋ねる。
「……そうだね、そうかもしれない」
アダムは顎に手を置き、少し考えてから頷く。
『リーは雷に弱いのか?』
『リーは雹もダメ?』
テーブルの上で飛び上がるクイとアリ。
「なんと?」
イザークに促される。
「クイは雷を使えて、アリは雹を出せるから。わたしがそれに弱いのか?って」
「2人がリディーを攻撃することはないとしても、その余波がリディーに当たったら、もしかしたらダメージを受けるかもしれないな」
フランツに言われて、わたしは恐ろしいことに気づいた。
「それって、わたしがアリやクイに聖力を使ったら、ふたりにダメージを与えるってこと?」
「あれ、でもリーはアリや食いに光魔法をかけたり……、あ、光魔法だから平気なのか?」
とロビンお兄さまが口にした。
「心配なら、試してみないか?」
「「「「「「「え?」」」」」」
軽い口調でいったアダムに、みんなが驚きの声をあげた。




