第867話 アクション④知る利と知らざる利
「パニックになってしまうから?」
「大混乱、か。それもあるね。……君は知りたい派なんだと思うけど、中には知りたくない人もいると思うんだ」
「それはわかってるつもりよ」
口が尖ってしまう。風の流れる方に視線を移し、気分を変えようとしてみる。
アダムが静かに話しだす。
「終焉が確定し、正確に時期が決まったのなら、限られた時をということで告げることを選ぶかもしれないね。それだって、その限られた時が怖くて、そこまで待てないと死を選ぶものも出るだろうし、どうせ終わるのならやりたいことをやると、人を巻き込んだ非道なことをする者が現れるかもしれない」
それは十分に考えられるね。
恐怖と絶望は自分を終わらせる理由に十分なり得る。
それに、罰せられる〝時〟がないなら、欲望のままに好き勝手をする者も出てくるだろう。抑止力がなくなるのだから。
「ユオブリアの地下の瘴気云々を公けにできないのは、同じような理由かな。
知ったらそんな大量の瘴気に近づきたくないと思う者もいるだろうし、逆に……世界の破滅を利用して世界を牛耳る考えの者も出るかもしれない」
「あーー、それは好き放題できるね」
言うこと聞かなかったら、瘴気で世界終わるよ、いいの?って脅して、自分の望みを叶えるってことね。
「もし、ユオブリアの地下のことを知っている人が終焉関係者だったら、その可能性もあるのね、世界を牛耳る」
「アイリス嬢の未来視では、ただただユオブリアを破壊するような未来の映像ばかりのようだけどね」
「うわーっ。それが目的だったりして」
遠くまで見渡せるわけではないけれど、学園の森の向こうにほんの少しだけ王都の街並みが見える。たくさんの人がいる。ってことは考えはひとつではないってことだ。クラスで話し合いをしたって意見は割れる。いろんな考えがある。たったひとクラスでもそうなのに。学園内へと範囲を広げれば、さらに意見はかち合う。王都、国、さらに世界へと視野を広げるなら、どんな考えの人が現れるかわからない。
「え? それって?」
「だから世界の終焉がさ。世界を終わらせることが目的」
「……その着眼点はなかったな」
「可能性としては薄いでしょ。だって世界が終わるんだよ? 自分も瘴気でどうなるかわからないんだから」
「……復活、そんな馬鹿げたことを掲げれば、集まってくる者もいるかもしれないよ」
「復活?」
「たとえば国が滅んだカザエルやグレナン。一度世界を終わらせれば自分たちが君臨できる。……そんな思想の団体ができてないか、調べてみるよ」
「それってさ、本気でできるって思うものなのかな?」
「……どうなんだろうな? カザエルの者はいないけど、グレナンではそういう考えや、術がなかったか聞いてみる」
あ、グレナンの血筋の方がユオブリアにいるんだったね。
「あ」
「え?」
「話を戻すけどっ」
「え? ああ」
「わからない得体のしれない不気味な人たちが相手なんだから、こっちは知識〝総動員〟でいく方がいいと思ってるの。でも知りたくない人もいるってのも納得した。だから絶対に言っちゃいけないことを教えて。それは人に聞いたりしないから。でも知りたい人には話しちゃうかも。
だって、本には知識が詰まってる。自分の欲しい情報を選び取ること、自分で学ぼうとすることも大事なのは知ってる。でもたとえば10冊の本を読んだ誰かと話すことで、その知識と、それも抜粋で教えてくれる情報の窓口になるんだよ。お得だよ」
アダムは仕方ないなという顔で、わたしの頭をポンポンとした。
「世界の終焉、玉の詳細のことはまだ伏せていて」
「わかった」
聞いちゃおうかな。ええいっ、女は度胸だ。
体ごとアダムに向き直る。
「陰口で聞いたんだけどさ、わたし婚約者がいるんだって。それってアダム?」
「ええっ? どうしてそう思ったの?」
「いつも守ってくれるし」
お兄さまたちの護衛がない時は、いつもさりげなく守ってくれてる。さっきの授業中のも驚いたけど。
「それに、アダムが貴族名から〝アダム〟になるって聞いた時、みんなアダムじゃなくてわたしの方をジロジロみたからなんでかなと思って。それで身分が違くなるからなのかなって思ったの」
「家族に聞かなかったの?」
「何も言ってなかったよ。こっちでそんな話を聞いて、お兄さまたちに聞いてみたんだけど、自分たちからは話せないって。そのうち気づくよって言われて。それでアダムかなって思ったの」
「残念ながら僕じゃないよ」
そう言って、人差し指でわたしの鼻の頭を押した。
「でもなんだっけ、僕はいつでもウェルカムだよ。使い方、合ってる?」
「合ってる」
「……自ずと気づくよ、きっと」
アダムが優しい目をして言ってくれたので、わたしは頷いた。
少しだけ、なんでみんな教えてくれないんだろうと思いつつ。
「それにしても、今も君の陰口を叩く奴がいるのか、いい度胸だ」
「3年生にして小さいだの。ぺったんこだの。尻もないだの言いたい放題よ、全く」
「聞こえないフリしてやり過ごしたんだね、偉いよ」
褒めてくれたアダムに首を振る。
「まさか。こうやってね」
わたしはアダムに向かって腰に手をやり。胸を突き出すようにする。
「スレンダーっていうのよ、こういうのはって胸を張ってやったわ」
アダムは笑いながら言う。
「君、貴族令嬢なんだから、そんな品のない陰口に応えなくていいのに」
「あ、仲良しのみんなにはこれから言うけど、わたしねテンジモノだった」
「え?」
「異世界の前世の記憶があるんだって。今はそっちのことも記憶喪失だけど。
でもね、どっちも忘れているんだけど、少しばかり前世の記憶の方が強いみたいなの。だから貴族ってピンとこなくてさ」
家族にはテンジモノのこと、仲良しのみんなには話したいって言ったんだ。そしたら、わたしの思うようにしていいって言われた。
わたしを助けてくれた人たち。危ない目に合っても怯まずにわたしに手を差し伸べてくれた人たち。そんな人たちには、わたしのこと、嘘をつきたくない。
「……そうか。やっぱりそうだったんだね」
噛み締めるようにアダムが言った。
「打ち明けてくれてありがとう」
真剣に言われ、顔がめっちゃいいのでドキンとする。
「いえ、これまで黙っててごめんね」
そういうと、アダムが急に跪く。
え?
わたしの手をとり、その指先に口を寄せた。
「えええっ?」
はしたなく大声になってしまった。
「忠誠を君に。社交界では普通のことだよ。慣れないと」
ともう一度、指先に口を寄せた。




