第802話 笑うことを忘れた少女①見つけた
さっきの子だ。
看守が案内しているということは、お客さまだったのか。子供なのに。
確かに、いい服を着ている。わたしたちに支給されているものとはまるで違った。見かけた時は魔力たっぷりの上層部の子なのかと思った。
銀短髪の少年は、さっきすれ違った時、微かだったけどダークブラウンの瞳を大きくした。見間違いかもしれないけど。それで記憶に残っていた。
「トスカ、とば口を開けて」
わたしは頷いて、ゴミ袋のとば口を開けてミミに向ける。
ミミはわたしより年下だが、お姉さんぶりたいみたいで、かいがいしくわたしの世話を焼く。この班に入ったのはついこないだでわたしは新参者だし、年齢は上でも誰よりも体が小さいので、そうなるのかもしれない。
アリの巣のような地下迷宮。ひとつひとつを小さな部屋のように使っている。住人がいない時に、その部屋のゴミを集めるのがわたしたちの仕事だ。
組織の中では魔力の量で優劣が決まる。
魔力のないわたしたちは、この組織の中で最下位の存在だ。
急に手が伸びてきて顎をつかまれた。打たれるのかと思って体が縮こまる。
ギュッとつむった目を恐る恐る開けると、わたしの顎をつかんだのは銀髪の少年だった。
「若君、その者が何か?」
「最下層にいるのに、見目がいいじゃないか」
「こいつは最近、この〝アリの巣〟に送られてきたんですよ。可愛い顔はしてますが魔力はねーし、愛想もない。だから親に捨てられたんでしょうね」
わたしたちの担当である看守は、楽しげに話している。
「親に捨てられたのか?」
銀髪が手を離した。殴られなくてほっとする。
「そいつの親は組織のいいところにいたんでしょうな。でも仕事に嫌気がさしたのか、組織の金を盗んで、子供を置いて逃げたそうですよ。そのショックでこいつは何も覚えてねーそうだ」
「それで親の借金を背負わされたってわけか」
「けど、魔力もねー。なんもできねーガキだ。だから奴隷商人に引き渡すことにしました」
え? 決まったのか。ここに送られた時から売るとは言われてたけれど、こんなすぐとは思っていなかった。
同じ班の子が怯えた表情でわたしを見ている。
「へー、奴隷商人にか」
「気にいったんなら、上に話つけてきましょうか?」
「いいや、見目がよくても魔力がないなら話にならない。それなのに、親が金を盗んだってことは上乗せさせられるんだろう? 気に入ったなんて尾びれまでついちゃ、どれだけふっかけられるかわからないしな。
それにしても、記憶のない親の借金まで背負わされるとは、気の毒だ」
銀髪は上から下までわたしを見た。
記憶のない親の盗んだ金、確かにそうだ。今まで親が盗んだのなら、わたしが返すのは道理だと思っていたけれど、少年のいう通り、わたしにはその親の記憶がない。理不尽な気がしてきた。
ミミに手を引っ張られ、次の穴に入っていく。そこでのゴミ集めが終わり、また通路まで出ると、さっきの少年がまだいて、看守が上に向かう通路を走っていくところだった。
ミミに引っ張られ、また違う穴の中に導かれる。
ムアッとした空気と、こまめにゴミを集めているのに嫌な匂いがする。
こんな地下に暮らしているからだ。
外を見られないのも、人は暗い気分になる。
って、わたしは今まで地下で暮らしていなかったのかな?
だから地上を恋しく思うのかな?
「奴隷に売られたら死ぬぞ?」
背中にこそっと声がかかった。
ま、奴隷に売られようが、どこでお前がくたばろうが、俺にはなんの害もねーけどなと銀短髪は笑って続けた。
別の看守が向こうから歩いてくる。下層全体を取り締まっている看守だ。
「賭けをしないか?」
賭け?
「見事、ここから抜け出せたらお前の勝ち。少しばかり助けてやろう」
少年はかなり先にいる看守に、チラッと目を走らせる。
「そんなことをして、あんたになんの利益が?」
「暇つぶしになる。奴隷になっても死ぬし、買い取られなくても、お前魔力ないんだろ? 早々に始末されるぞ?」
ここは魔力至上主義だ。
だから魔力のないわたしや、同じ班の子は最下層で、ゴミ集めという汚れ仕事をするしかない。だから少年のいうことが全くの嘘ではないとわかる。
……でも。
「……なぜ焚きつける?」
わたしは振り返って少年に尋ねた。
目の前の少年は、わたしをここから逃げ出すように仕向けていると感じたからだ。
「……君の目は、目だけは諦めてないから、暇つぶしに賭けをしたくなっただけさ」
ふっと笑った。
それがなんか決まっていて、なんかむかつく。
そんなふうに言って、絶対逃げられるわけないと思ってるな。
睨みつける。面白がっているのはわかっているけど、後悔させてやりたくなる。
「若君、この落ちこぼれに何か?」
やってきた下層の看守が、少年に尋ねた。
「いや、イキがよさそうだと思っただけだ」
下層看守に前髪をつかまれた。
短い髪を鷲掴みしてくる。
「このお方に失礼なことは言ってないだろうな?」
強くつかまれ、痛みで目の奥がじんっとする。
「おい、もうすぐ売るんだ。傷はつけるな」
後ろから来た看守が嗜めた。中層の看守だ。
ただ手を離せばいいだけなのに勢いをつけるから、わたしはもっている袋ごと転がって、今まで集めたゴミもばらまいた。
「ったく、使えねーやつはどこまでも使えねーな」
背中を蹴られる。
ゴホッと咳が出た。
縮こまっているミミたちと目があう。
看守のひとりに腕を持って立たされる。
「何サボってやがる、仕事してこい」
袋に散らばったゴミを入れて、次の穴に移った。
「あ、こいつだけじゃなくて、お前たちみんな売ることに決まったぞ」
中層の看守はみんなの顔が歪むのを嬉しそうに見ている。
本当にここはロクでもない大人しかいない。
ここでだっていい扱いを受けているわけでもないけど、組織の中ではある。わたしたちは組織の所有するものだ。それが個人の所有物となったら、これより酷い扱いになることは目に見えている。
ミミはガタガタ震えていて、その姿を見て看守たちはニヤニヤしていた。
本当に最悪だ。




