第696話 はかられごと⑨核の入れ方
「殿下、リディア嬢との婚約は、敵を炙り出すための芝居でした」
殿下はつまらなそうにアダムを見た。
「リディアと私は、生まれる前から結ばれる運命なんだ」
また怖い発言が飛び出した。
「母上と、シュタイン夫人との約束事だ。本当は妹になるはずだったけど……シュタイン夫人はシュタイン伯を選んだ。でもそうしてくれてよかった。妹だと血の繋がりがあるだけだけど、私とリディアは血が繋がっていないから婚姻を結べる」
「お断りしたはずですが」
思わず口を挟む。
きっとこれは王妃さまがお腹の大きかった時に、母さまを呼んで、側室になれ、母さまとその子供には手を出さない代わりに、自分の子供の侍女になれって言ったやつだ。母さまがフォルガードへ留学した、逃げることになった出来事。
「そんなに必死にならなくても知ってるよ、結果、シュタイン伯と結婚したわけだし。でも、この身分社会では、上の者が言うことに一番重きを置かれるんだ。
この国で一番身分の高い女性は、王妃である母上。母上の言うことは絶対だ」
殿下は無邪気に見える笑顔で、真っ黒なことを言う。
「殿下はどこまで犯罪にかかわっていたんですか?」
「なに? 時間稼ぎしてるの? フランツに情でも沸いた?」
殿下がアダムに尋ねる。アダムは淡々と言った。
「これからペトリス公やメラノ公を取り調べていきます。でも殿下が何かにかかわっていたんだとしたら、彼らも自分たちが何をやったのか、わからない点が出てくることでしょう。殿下が気づかせるはずありませんから」
それ、ある意味ベタ褒めだ。
それくらい殿下はできる人と、かなりできる人のアダムが思っているということだ。
「ご期待に添えなくて悪いけど、大したことはしてないよ。野心のあるペトリスにグレナンの情報をつかませたり、呪術師探しに手間取っていたらから気づけるようにしてやったり、そこにシュタイン家を巻き込むように操作しただけ。彼らは自分で調べて取り入れていったことだと思っているだろうから、調書を信じればいい」
反逆や乗っ取りを考えたのはペトリス公たちだけど、ウチを巻き込んだのはこの人。
「なんでウチを巻き込んだんですか?」
「君と君の家族が危険になってきたから、そばに置いておこうと思って」
なんだそりゃ?
「ガゴチが……ガゴチが君に目をつけたから、そのままにしてはよくないと思ってね」
「いつからですか? いつから、わたしにかかわってきたんです?」
「それ、重要? 全部終わったことなのに」
ガゴチに目をつけられたって、年明けにガインが来たから?
「義兄上が乗っ取りの方法を知ったのは、いつのことですか?」
ロサが尋ねる。
殿下は人懐っこく笑う。
「君たちグレナン語も読めないのに、よく気づいたよね。調べがそこまでいけるとは思わなかった。さすが義弟だ。7年前、前キートン侯爵夫人が犯罪に巻き込まれた。リディアがさらわれたのも変だったし。それで調べて、いろいろとわかった」
「義兄上はグレナン語が読めるんですね」
「エンダー語と似ていたからね。あとは城には記録書が山ほどあったから、照らし合わせて法則性を知るうちに読めるようになった。丈夫でなかったから、横になり放っておかれる時間だけは、私にあったからね」
似ている語学から、知らない言葉を読めるようになった人……。
「殿下。では、魔石にいれる核の作り方もご存知なのですね?」
アダムが大きな声を出した。
殿下はチラリとアダムを見る。
「書いてあったからね」
「コーデリア嬢や僕に魂を移す時、核の入った魔石が必要ですね。……どうやって用意するおつもりですか?」
「そんな顔して尋ねるということは予想ついてるんだろ? 思ってる通りだ」
核の入った魔石。そういえば核を作るのに、多くの人の血と屍が必要って、怖いことを言ってた。
「たとえば……劇団に器の魔石を運ばせる」
アダムが例を出す。
ああ、ジェインズ・ホーキンスさんの劇団はまさにそれをしていた。
「そして上演中に、何かしらの事故が起こり、観客もろとも亡くなり、勝手に核の入った魔石だけが残る」
殿下は感心したというように、ゆっくりとした拍手をした。
「あはは、やっぱり君は優秀だね。そう。魔石を転がしておいて、そこでなんでもいい、大量に人が亡くなれば核の入った魔石のできあがりだ。こんな合理的なことにペトリスたちは全く気づかなくてさ。誘導するのに、本当に骨が折れたんだ」
最初に計画して、始めたのも、実行しているのもペトリス公たちだけど、裏でこの王子が誘導していたことが窺える。そんな空恐ろしいことを!
けど、王子の言葉ではっきりした。ユオブリアに核の入っていない赤い石を持ち込む算段をしたのは、ペトリス公たちだったんだ。乗っ取るための魔石を作るため。
ダンジョンに瘴木を持ち込んだのも彼らだろう。グレナン発祥繋がりなことだけに、別便とは思えない。
「エレブ共和国にてユオブリアの偽有権者たちが土地を買っていました。そこで何をするつもりだったんですか?」
「どうせわかってるんだから、聞かなきゃいいのに。思ってる通りだよ」
思ってる通りって何?
アダムは辛そうな顔だ。
「なぜ、他国で?」
「そりゃユオブリアで不審な事故が続いたら変だと思われるだろう? ユオブリアには持ち込む際の検閲もあるし。その点、共和国で、カザエルが暗躍している場所内なら、またカザエルのしたことかと思われる。メラノ公がやっているように、あの地で農場でも経営して、魔石を転がし、頃合いを見て爆発でも起こさせる。大量の魔石ができあがる。ゆくゆくは魔石を作り出す瘴木を育てたかったみたいだよ。そうすれば木を育てさせる人を雇って、育てさせて、頃合いを見てバンとしたら、魔石ができあがる。あ、それを考えたのは私じゃないよ。
共和国が適していると気づいたのは、フランツ、君のあの作文を読んだからだそうだよ。利点と欠点、君の着眼点は素晴らしいと私も思ったよ」
「……気づかせるように、殿下が読ませたんですね?」
兄さまが辛そうに息を吐きながら言った。
「自分が立ち上げた公募なんだ、全作品目を通すのが筋だろ?」
にっと笑う。
「殿下は変わってしまわれたのですね?」
アダムが絶望的な声を出した。
「何度も命を狙われて、挙句に毒だ。生死を彷徨って、10日ほど動けなかったけど、意識はあった。そこに止めをさそうとくる者もいた。そんな経験をすれば誰だって世の中を憎むよ……って言ってあげたいけど、私は全く変わってないよ。アダムが清廉潔白、そして純真な王子が好きそうで、それなら言うことを聞くだろうと思って、そう演じていただけ」




