第653話 vs呪術師⑤ウチの諜報員
アダムたちはイラッときたが、我慢した。
メラノ公はアダムとロサの気持ちを、自分が間違って受け取っていないかと確かめてきた。
「どうか素直な気持ちでお答えください。第1王子殿下は、今もなお、元婚約者さまのことが、心の片隅に残っているのではありませんか?」
メラノ公がその先に何を言いだすのかわからなかったが、何を思っているか知るために、話を合わせることにした。
だからふっと笑って、
「そうかもしれぬな」
と答えた。メラノ公は大きく頷く。そして今度はロサに尋ねた。
「第2王子殿下は、議会が推してきた婚約者候補を、今まで受け入れてくださいませんでしたね。それはすでに心に決めた方が、いらっしゃったからではありませんか? そしてそれはリディア・シュタイン嬢なのでは?」
ロサとアダムは息を呑んだ。慈悲深く、ふたりの恋心に触れるふりをして、目的が透けて見えてきたから。
「ふたりとも素直になりなされ。本心がわかれば、そうなるようこの老いぼれが一肌脱ぎましょうぞ。ふたりとも、心から慕う伴侶を手に入れるのです。ゴット殿下はコーデリア・メロディー嬢を。ブレド殿下はリディア・シュタイン嬢を」
思った通りだった。メラノ公は、ふたりの王子に、ふたりの令嬢を結びつけた。もし乗っ取り目的集団にいるのなら、王族の乗っ取り窓口が今まで第1王子だけだったのに、ロサにも広がり、2つに増やせることになる。
違う目的の集団にいるとしても、何かしらの恩を売るつもりだろう。
さて、簡単に乗るべきかどうか。
考えながらアダムは尋ねた。
「ブレドは次期王太子だ。その花嫁が獣憑き、それは許されない」
するとメラノ公はにっこり笑った。
「王太子はまだ決まっておりません。それにシュタイン嬢は、獣憑きになったわけではありません。呪いで変化しただけです。一度きりのね」
メラノ公はわたしが獣憑きになったか、呪われたかどうかは、自分たちで情報を操作できると示唆した。つまり、自分を味方につけていた方がいいアピールだ。
「殿下、私もずっと呪術師を探していました。そこである筋から、とても優秀だという呪術師を見つけたのです。その者に令嬢を人の姿に戻させ、そして2度と猫になることがないよう術をかけさせましょう」
と、持ちかけてきた。
それを受けてロサは言った。
「義兄上、婚約者の入れ替えの件は置いておくとして、リディア嬢が猫の姿でいるのは不憫です。メラノ公爵さまの見つけ出された呪術師からも話を聞き、一番信頼できそうな者に頼んではどうでしょう?」
ふたりは断言は避けたものの、呪術師と会わせて欲しいと願うことで、メラノ公の手を取ったように見せかけたーーーーー。
ほわーーーー。
「で、それって、どういうこと?」
もふさまが訳してくれると、アダムも兄さまも半開きの目になった。
「寝てた?」
「寝てないよ。え、だって。はっきり言わないんだもん。婚約者は替えるの? メラノ公に呪術師が知り合いでいたってことは、乗っ取り集団なんじゃない? 違うの?」
「……その呪術師が、本物かどうかはわからないだろ?」
あ、そっか。赤の三つ目氏みたいのをメラノ公が用意することも考えられるのか。そしてわたしを術にかけるとかいって、その間に亡き者にされる可能性も捨て切れない。
素直に受け取れば、乗っ取りの窓口を2つに増やしたい、呪術師集団と繋がってそうな気がするけど。
「とにかく、メラノ公の呪術師も合わせて話をする。それでメラノ公のはっきりとした目的を探る。
あ、そういえば、あれ、何? トルマリンをシュタイン伯たちに会わせるって君が決めて良いの? っていうか、君トルマリンを信頼しているようだけど?」
「トルマリンは本物の呪術師よ。……詳しくは言えないけど、ウチと因縁のある人なの。わたしは彼をずっと探していたの」
兄さまが目を見開いた。
「……まさか……」
わたしは兄さまの目を見て頷いた。
「ごめんね、エンターさま。いつか話せる時になったら話すね」
母さまが呪われたことを話した時に、その依頼人のことを言わずにいる自信がない。アダムの本当の母親ではないけれど……。言いにくいし、言っている時に昂った感情を、自分自身でどうにかできるか予想がつかない。だから、今は言いたくない。
アダムは少しだけ拗ねたように、別に良いよと顔を背けた。
と。こんな時間に、地下の家に使いが来た。
アダムが出ると、なんと父さまから至急と布の被された籠が届いた。
わたし宛の……。布を取ってみると、ぬいぐるみの詰め合わせ! もふもふ軍団のぬいぐるみだった。わたしはびっくりした。
戻ってきたんだ、情報を得て!
父さまがこうして送り込んでくれたってことは……、父さまも了承済みってことだ。
「アダム、都合のいいことばかりお願いして申し訳ないんだけど、この地下の結界の中に、諜報員たちを入れるのを許してくれない?」
アダムは腕を組む。
「……何人?」
「5人」
アダムは目をパチクリさせている。
「……いいけど、それじゃあ、名前を教えて」
「ありがとう。レオ、アオ、アリ、クイ、ベア」
アダムは目を瞑って復唱した。
「レオ、アオ、アリ、クイ、ベア、だね」
風が動く。
「はい、5人に扉を開けたよ。どうやって呼ぶの?」
わたしはもふもふ詰め合わせの籠の中に飛び込んで、みんなの上でギュッとする。
「大変なこと頼んじゃってごめんね。ぬいぐるみを解いていいよ!」
上からもふさまもみんなを足で触る。
ポンポンポンポンポン。
音を立てて、ぬいぐるみに命が吹き込まれる。
『リー、またトカゲだ!』
『そうだよ、人型に戻れたって聞いたのに!』
「リディア、かわいいでち」
『フランツ、どうしたんだ、その格好?』
『皆さん、夜ですよ、騒がしくしちゃダメじゃないですか』
アダムが口をぽかんと開けている。
「あ、紹介するね。みんな、第1王子殿下よ、ご挨拶をして。エンターさま、ウチの優秀な諜報員なの。小さくなってもらったり、ぬいぐるみみたいになってもらっているんだけど、本当は……その……魔物なの。とてもいい子たちよ」
みんな、もふさまがさりげなく出した、魔石を触った。そして挨拶をする。
『シードラゴンのレオだ』
「ラッキーバードのアオでち」
『アリだ』
『クイだ』
『わたくしはベアです』
「ゴット・アンドレ・エルター・ハン・ユオブリアです」
立ち直りの早いアダム、胸に手をやり、みんなに挨拶をした。
「で、どうだった? 乗っ取る方法わかった?」
わたしは早速、みんなに問いかけた。




