第644話 協力者と思惑⑤ガインの情報(中編)
「我が国の秘密です。ここだけの話にしてください。トロ、レイ、頼む」
赤髪は黙礼し、青髪は一瞬嫌そうな顔をした。
けれど、次の瞬間、ひとりはネズミ、ひとりは鳥に。
「我が国の諜報員です」
あ。
「ひとつ、ご忠告申し上げる」
アダムが険しい声を出したので、場が緊張した。
「リディア嬢に諜報員は無理です。運動能力が残念なので」
『リディアには無理だな』
「(もふさま!)きゅっ!」
「諜報員に、とは思っていませんよ。リディア嬢の走る姿を見れば、察します」
をい!
え、今、何タイム? わたしは今、貶められているの?
その通りではあるけれど!
「あなたがしつこく、リディア嬢をあきらめていないことはわかりました。それによって守りたいんだという意思もね。でも、リディア嬢が呪われ、違う姿になったことを知らしめる前に、私に話しかけてきましたよね?」
ガインは、ああ、それかという感じで頷く。
「学園祭で第2王子、第3王子と話すことができました。第1王子とも話し、人となりを知りたかったのです」
「情報を流し貸しを作るのに相応しい国か、見定めに来たか?」
アダムは感じの悪いことを、さらりと言う。
「ワーウィッツ、セイン、ホッテリヤに制裁が下されるよう仕向けたのは、あなたとブレド殿下だ」
アダムの目がスゥーっと細まる。
「リディア嬢が怖がりますよ。結論を出すのが早すぎます。まぁ、それでこその第1王子殿下なのでしょうが」
アダムがスッとわたしを見た。
別に怖がってないよ、と思いながら見返す。
「貸しを作るというより、新生ガゴチを印象づけたくて接触したのは事実です」
「新生ガゴチ?」
「ええ。味方が欲しくはありますが、まだ何も始まっていないのに味方になって欲しいなど、虫のいいことを考えてはいません。ただいずれ私がトップになった時、ガゴチを変えると言っていたことを思い出していただければ」
「思い出すだけでいいのかい?」
「はい。それだけで十分です。成していくことで、見る目は変わってくる。だから、思い出していただくだけで十分なのです」
アダムの目を見てから、不敵に笑う。
「心配しなくても、リディア嬢と関係ないことは、教えたりしませんよ。そこからは取り引きでのみ、対応します」
ガインが合図を送ると、ネズミと鳥は人に戻り、ガインの後ろに控えた。
服を着ている。なんで? そういえば、獣に変わった時も、洋服は残されなかった。どういうことなんだろう?
「リディア嬢に呪いをかけたのは、呪術師の集団です。現在はユオブリアの西、ピマシン国にいます。ゴット殿下、あなたはどこまで情報をお持ちですか?」
「……ほとんど持っていない。エレイブ大陸の国からの攻撃だと思っていたぐらいだからな」
「……なるほど、それは無理もないでしょう。それにピマシンがユオブリアを狙っているわけではないですよ。エレイブ大陸に目をつけられたのを知り、ツワイシプの、そしてすぐにユオブリアに入れる国へと移動してきたのです」
「内通者が大勢いそうだな」
アダムがため息をつく。ガインはそれに対して何も言わなかった。
……いるんだ、内通者、大勢。
「(もふさま、通訳してもらえる?)きゅー、きゅぴっぴ」
もふさまは頷いた。
「(ガインに聞いて。わたしはそんないっぱいの人に憎まれているの?)きゅぴっぴ。ぴーぴーぴー、きゅきゅきゅぴっぴ、ぴーきゅ?」
『ガゴチの者よ。リディアが尋ねておる。リディアはそんなにいっぱいの人から憎まれているのか?と』
ガインは目を大きくした。お付きの人たちも、もふさまから話しかけられて驚いたようだ。
「リディア嬢、姿は見えませんが、いらしているのですね。
なるほど、お遣いさまを通して話せた。だから、か……」
え、わたし見えてないの? もふさまが何かしてくれているんだろう。
ガインは、もふさまの通訳で何か合点がいったようだ。
びっくりするぐらい柔らかく微笑む。
「あなたが狙われたのは政治的なことです。憎まれてのことではありません」
ガインの言っていることが、真実かはわからないのに、わたしはなぜかほっとする。
「政治的? わたしがいなくなると得をする人がいるの?」
もふさまが通訳してくれる。
「国を構えていながら大して調べもせず、噂を鵜呑みにする愚かな王族はけっこういるものでしてね。リディア嬢には婚約者がいました。第1王子殿下にも。でも諸外国では根強くリディア嬢がゴット殿下かロサ殿下に嫁ぐという噂があったのです。それが本命だとね」
は?
「いつまでも消えないその噂は、やはり真実味があるからではないかと思われ。シュタインの後ろ盾に力のある貴族が名乗り出たことから、一気に加速した。人の行動を自分のものさしで測るのでしょう。旨味がなければ後ろ盾にはならない、と。だから、ユオブリアの王室に入ると確信し、リディア嬢を何とかできないかという依頼が舞い込むようになってきました」
え?
アダムが静かに言った。
「暗殺、ということですか?」
「はい。ウチは戦いはしても〝殺し〟は請け負っていませんので断りましたが、ひとつではなかったことは申し上げておきます」
「な、なんで?」
思わず、声をあげてしまう。耳には〝ぎゅぴっぴ〟としか届かないけど。
「真実はどうであれ、邪魔になりそうだと思ったら、その前に消しておこうと思う輩が、残念なことに一定数いるんだ」
アダムが哀しそうに言った。
そんな!
王族に嫁ぐことはそんな魅力的なことなの? メロディー嬢は正規の第1王子殿下の婚約者だった。彼女もこんな理不尽な目にあったことがあるの?
「もし、婚約でもして王宮に入られたら、手出しできなくなる。だからその前にと、請け負ってくれるところを探し回り、依頼を受けたのが呪術師だった」
ガインは、あくびをしたソックスと、もふさまを交互に見ている。
わたしは見えなくなっているみたいだから、目が探しているようだ。
「ここまでなら、時間をかければゴット殿下もたどりつく。さて、ここからが、我が国の諜報部隊の真髄です。
私も知った時は驚きました。そして恐ろしく思いました。潰さなければ、世界が大いに荒れ、誰も信じられなくなると思いました。
ただ、どの国のどこの誰がどれだけ噛んでいるのか、それはつかみ切っていません。ただ潰すだけなら、原理を知っている者が残った場合、また知らないところで同じことが繰り返されるかもしれません」
えええ、何、その恐ろしげな前置きは……。




