第637話 王子殿下の婚約騒動⑦鑑定
アダムが息を吸い込む。
「私にはリディア嬢だとわかるが、わからない者もいる。では、どうしたら信じるのだ?」
「え、えっと。鑑定! 鑑定士を呼び……」
真面目そうな青年が慌てて言った。すると
「私が鑑定しましょう」
宰相さまが名乗り出た。
「……おひとりの鑑定ですと、後で何やら言いだす者もいるかもしれません。複数ではいかがでしょう? 王宮の鑑定士を何人か呼ぶのは?」
メラノ公が提案する。
「そうですね」
宰相は使いの者を動かした。
「冗談とは、それだけを指していたのでいいかい?」
待っている間に、アダムが最初に発言した真面目な青年に確かめる。
微かに陛下を気にしてから、その人は口を開いた。
「鑑定でシュタインのお嬢さまということがわかりましても、では、どうしてこの慶事の発表の場で、その姿なのでしょう?」
暗に発表の場で、猫の姿でいるのは舐め腐っているのか?と言っている。
「それから?」
アダムは促す。
「この婚約話は、本日初めて知りました。議会に通されておりません。ですから議会が婚約者であるお嬢さまのことを調べておりません。大変失礼ではありますが、シュタイン家のご令嬢といえば、少し前に世間を悪評で騒がせていました」
アダムが睨んだのかもしれない、彼は文字通り震えあがった。
「で、ですから! 調べていないから、確かではありません。民が知ったら混乱が予想されます」
「では、混乱させないためには、どうしたらいいと思う?」
「そ、それは。議会がお嬢さまを調べて、ひととなりがわかれば、民衆にも伝えることが可能です」
「では、よろしくね。そのための議会だよね?」
アダム、強い。
大人の議会の人に、強気の発言ができるんだ。
と話しているうちに、何人もの鑑定士が到着した。
室に入ってくると、みんな陛下を始めとした王族に礼をした。
6人の宮廷鑑定士に告げる。殿下の腕にいる猫を鑑定し、それを発表するように。そして6人と宰相さまを一旦外へ出して、一人ずつ中に呼んだ。
最初に入ってきた人は、茶色い髪の男爵家の次男だそうだ。家門と所属を告げ、覚えられなかったけど、名前を言った。
王族に断ってからソックスを鑑定する。
「鑑定結果を申し上げます。ソックス、猫、状態良し、リディア・シュタイン、人族、魔力低下と出ています」
ざわざわする。そのざわめきに、男爵家次男はたじろいだ。
「君、ありがとう」
メラノ公がお礼を口にしたので、舞い上がっている。
違うドアから出て行かせ、入り口からは新しい人が入ってきた。
女性だった。
「申し上げます。猫、リディア・シュタイン」
バラツキはあるものの、概ね思った通り、猫とわたしの情報が鑑定されるだけみたいだ。一番最初の人がレベルが高かったようで、それ以上の情報は出てこない。レベルの高い鑑定士は、失礼だけどいないようだ。
そして最後は宰相さまだ。
「鑑定。猫、リディア・シュタイン、と出ております。 ん? 呪い、変化?」
と首を傾げてから、陛下に向かって礼をした。
そうか、ここで呪いのワードを出しておくんだね。
敵の呼び水となるように。
それに鑑定で呪いが関係しているとわかれば、呪術が変に作用したと思いやすくなる。誘導だ。さすが宰相さま。
ざわざわしている。
「鑑定結果が出たね。リディア・シュタイン嬢と納得いただけたかな?」
「7人の鑑定士が口を揃えて、シュタイン嬢と結果を出しました。にわかに信じ難くはあるものの、そちらはシュタインのお嬢さまなのでしょう」
メラノ公がお偉方の意見をまとめている。
「そちらの者が言ったように、では、何故、この慶事にその姿なのですか? シュタイン伯よ。令嬢は獣憑きだったのか?」
「それについては、義父上からではなく、私から話そう」
父上だって……。
「私は、いや、私とブレドは幼少時より、リディア嬢と親しくしていた」
みんな一様に驚いている。そりゃそうだ。一介の伯爵令嬢と王族が婚約者でもないのに親しくしていたら……。
「小さい頃から知っている。変化の能力はなかったよ。
親しくしていたのは、陛下がシュタイン家の令嬢と、私かブレド、どちらかの婚約を考えていたからだ。知っての通り、その後、王位継承者の婚儀は議会にも通すことになり、君たちに潰されてきたし、私たちも従ってきた」
ああ、そうか。ロサからわたしが婚約者候補だと告げられた後、陛下からの強制的な何かが入らなかったのは、議会からの猛烈な反対があったんだ。
父さまが陛下と約束を取りつけるまで、ロサがごねただけでそれがまかり通っていたのは、ありがたいけど謎だった。いろいろな方面からの作用があり、それで免れていられたのかもしれない。
「ああ、誤解している者がいるようだから、これも言っておこう。
私は前婚約者の不正で落ち込んでいた。そのあと、リディア嬢と婚約者が騒動に巻き込まれ、彼女も婚約を破棄された。ま、それで昔馴染みの彼女に、お見舞いの手紙を出した。同じ境遇だからね。それがきっかけで会うようになり、心のつかえをお互いに言い合った。同じ傷を労るようにして、私たちは惹かれあっていった。それが心地よかった」
あ、アダム……。真顔でよくそんな酔狂な話を、しかも即興で作るなんて!
わたしの読み聞かせどころじゃない。なんでもできる人っているんだなー。
「それで結婚を申し込んだ。お互い婚約が白紙になっていた。だから問題はないだろう?」
アダム、すっ飛ばしてる。結婚じゃないよ、婚約だよ。
「受けてくれたのに、それから少しして、断りの連絡がきた。私はすぐに馬を走らせた。義父上は、リディア嬢は療養中でここにはいないと言ったけど、お遣いさまの気配があったから、絶対にいると思った。私との結婚が嫌になったのかと思ったけれど、それならそれで、本人の口から聞きたかった。それで乗り込んで、……違う姿になった彼女を見つけた」
シーンとする。
そこで第2王女が猫ちゃん撫でると騒ぎ出したので、第5夫人と第2王女が退出した。




