第629話 子供たちの計画⑯ソックスとアダム
「リディア嬢、侍女殿も、こちらにいるのかい?」
アダムの声だ。
「いるよ。どうぞ?」
とアダムを招き入れれば
「ちょっとお待ち……」
兄さまが焦ったように待ったをかけて、わたしを見た。
あ、そうだ。しまった、まだ服を……。
やっぱりわたし、テンパってたんだ。
ドアが開く。
まぁ、布団に包まっているから問題ないかと思ったけど、なぜかアダムの目が大きくなる。
「な、リディア嬢、その格好は? 君たち、な、何してたの? 君たち別れたんだよね?
っていうか、……侍女殿は〝メイドとお嬢さま〟のような倒錯的なのが好みなの?」
アダムは驚いてから、後半はからかうように言ってくる。
ふと目を落とせば、床に服がぐしゃっと落ちている。
せめて下着が見えていないのが救いだけど……恥ずかしい。
兄さまは言われたことを受けて、怒りで顔を赤くしている。
わたしは慌てて言った。
「…………何してたって、実験してたんだけど」
「実験?」
「うん、鑑定問題はこれで大丈夫だと思う」
「え、魔具でも開発したの?」
「そんな難しいことはできないよ。変化できたの」
「変化?」
「うん。これで、とりあえず心配事がなくなった」
「ああ、トカゲから戻って……すっ裸……」
なんてあけっぴろげな表現をするのだ。見えてるのは肩だけだろうに、よくわかったな。
ま、トカゲから人に戻ったら、想像できるか。服も脱ぎっぱなしで落ちてるし。
あ、すっごく眠くなってきた。
「あ、用事があるんだよね? 着替えて……でも、すごく眠いな……」
朝がきていた。新しい朝が。
布団の中で丸裸のまま、もふさまを抱えて眠っていたよ。ハハハ。
魔力は……戻りが遅いようだ。変化は片道で5000以上使ってるね、これは。
体調的には、人型に戻った時に眠くなるぐらいっぽい。
『リディア、体調はどうだ?』
「うん、魔力が減ったままだけど、全体の3分の1ぐらいだから平気。わたし、アダムが来たあと、眠っちゃったんだよね?」
もふさまに確かめる。
『ああ、そうだ。変化はやはり身体に負担をかけるのだろう。深い眠りについていた。夜遅くと明け方にふたりが心配して見にきたが、お前はクークー眠ったままだった』
「また心配かけちゃったな」
伸びをしたら、くしゃみが出た。
『服を着た方がいい』
「うん」
身支度をしてキッチンへと向かえば、兄さまが朝ごはんの用意をしているところだった。
「兄さま、おはよう」
「おはようございます。大丈夫ですか?」
「うん、魔力は3分の1減ったままだけど、あとは大丈夫」
兄さまは、ほっと息を吐き出した。
「もうすぐ用意ができますので、食堂でお待ちください」
お鍋から湯気が立ち上っている。
匂いからして、ベアシャケのおかゆだな。わたしの好物だ。
病人食でもあるから、付き合わせて悪いことをしてるな。
居間に顔を出せば、アダムが優雅に新聞を広げて読んでいた。
「アダム、おはよう。昨日はごめんね」
「おはよう。もう、大丈夫? 顔色はよく見えるけど」
「眠ったら元気になった」
「それなら、よかった。明日は僕たちの婚約式だからね。まぁ、君のすることは何もないけれど」
「あら、参加するわよ」
「え?」
「ソックスについて、ちゃんと参加するから」
「え? そんな、君……」
「王子殿下、お嬢さま、食事の用意ができました」
兄さまが廊下から、わたしたちに声をかける。
「……ありがとう。では温かいうちにいただこう」
わたしたちは食堂へと場所を移した。
「これは、オートミルとは違いそうだね?」
食前の祈りを捧げてから、アダムはお皿にスプーンを入れて掬い上げ、不思議そうな顔をしている。
「ライズを柔らかく煮たものです。胃腸が弱っている時でも消化しやすい献立です」
「ああ、なるほど」
アダムはわたしを真似て、スプーンにフーフーと息を吹きかけ、冷ましながら一口含んだ。
咀嚼して、飲み込む。
「なんと、優しい味だね。じんわりと温まる」
温野菜のマヨがけも大喜びで平らげている。
わたしは添えられた温泉卵を、ゆっくりと味わった。
「兄さま、おいしい。元気でた、ありがとう」
感謝を伝えると、兄さまは黙礼した。
「そういえば、昨日エンターさまは、何か用事があって部屋にいらしたのよね?」
「ああ。君は参加しないと思っていたから、いう必要もないかとも思ったんだけど。一応伝えておこうと思ってね。陛下とシュタイン伯が婚約式に参加することになった」
「え。なぜ?」
「陛下のお考えだからわからないけど、多分、そうした方が真実味が増すと思われたのではないかな。人数は限られているけれど、押さえるところは押さえておく。猫になった君と僕が婚約式をあげる。僕たちと神官だけだと、誰にも賛同されてないみたいだろ? けれど、そこに父である陛下とシュタイン伯がいたのなら、どういう思惑があるにしろ、認められたことになる」
そう言って、アダムはニコッと笑った。
「君も猫ちゃんに張りついて、参加するつもりなんだね?」
「ええ、そう」
「非公開だし、極秘でやることだけれど、地下から出ることになる。くれぐれも気をつけておくれよ?」
もちろんと、わたしは頷いた。
アダムは朝と夜に、陛下へ報告をあげているみたいだ。そして連絡をもらってくる。
午後にはソックスが到着すると教えてくれた。
外ではソックスをアダムに抱っこしてもらうことが多くなる。
ソリが合うか。アダムのいうことを聞いてくれるか心配だったんだけど、午後に到着したソックスはアダムにすぐ懐いた。
うにゃうにゃお話ししている。
「へー、猫もかわいいね」
とアダム、ご満悦。
チュッチュするので、
「それ、〝わたし〟だから」
と思い出させると、アダムは
「外では気をつけるよ」
と言って、ソックスのお腹を鼻でグリグリしていた。




