第626話 子供たちの計画⑬警戒心
たっぷり体育館で遊んだ後、みんな帰って行った。侍女の兄さまを残して。
わたしがご飯を作ると言ったのに、兄さまは侍女の仕事だと譲らない。
兄さまの作ったご飯は素朴なポトフに、パン、それから野菜の酢漬けだった。
ポトフにはガツンとしたお肉の塊が入っているので、もふさまも大満足。
味変にサワークリームもついている。配慮がすごい。
チーズでコクを出すのもおいしいけど、サワークリームのまろやかこってりも捨てがたい。
「すごくおいしいよ! シュタイン家ではみんな料理ができるの?」
アダムが感動している。
「ありがとうございます。簡単なものでしたら作れます」
「リディア嬢も、小さい頃から作っていたそうだものね。シュタイン伯の考えかい?」
貴族の子供は、一般的に料理を作ったりはしない。生活をするための手間のかかることは、専門の使用人を雇うのが普通だ。
父さまは砦暮らしが長い。砦の全ての戦士は、最低限自分の世話は自分でできないとだ。最前線で戦う時、いつなんどき、ひとりとなるかわからない。そんなことになっても生き延びられるように、食べること、暮らしていくことの基本は叩き込まれる。だから父さまは伯爵家で生まれ、辺境伯に育てられながらも、生活する上でのほとんどのことを自分でできる。
シュタイン領の領主になった時、領地の借金の返済に資金をほとんどあてたため、ど貧乏だった。だから使用人などもいなくて、わたしたちは自分のことは自分でするよう躾けられた。それから潤ってきても、秘密ゴトが多かったので、人を家に入れる気にはならず、そのまま通してきた。
そんなバックボーンはあるものの、一番の理由は……。
欲張って大きなお肉の塊を咀嚼していたので、答えられない。
ふたりがわたしを見て、視線を外す。
兄さまが水の入ったカップをわたしに近づける。
やっと飲み込めた。お水を飲んでひと息つく。
「父さまの考えじゃなくて、わたしがわたしの好きなものを食べたかったからよ」
「料理人から習ったの? あ、それとも母君も料理をされる方だったのかい?」
母さまは裁縫が得意な方だ。
「まぁ、いろいろよ」
と言葉を濁す。
味変しようと思うと、兄さまが真ん中に置かれていたサワークリームのお皿を、わたしの前に置いてくれた。
「ありがとう」
ポトフはサワークリームか粒マスタードたっぷりか、チーズの塊を入れるか、それらの食べ方が好きだ。
「お嬢さま、お肉を小さく切りましょうか?」
「うーうん、このままで大丈夫」
「少し固かったようですね、申し訳ありません」
「そんなことないよ。柔らかいよ」
塊肉は思い切り頬張りたくて詰め込むので、口の中が大変なことになるだけだ。
そんな親鳥のように見守らなくても、わたしをいくつだと思っているんだ。
ご飯を作ってもらったので、片付けを名乗り出たが却下だ。仕方ないから兄さまの補佐へとアダムと入る。兄さまは、王子殿下にやらせることじゃないと散々言った。昨日もふたりの殿下に手伝ってもらったと言ったら、この世の終わりのような顔をしていた。
そんなにまずかったかな?
一応は断ったんだけど、押し問答になって、結局は手伝ってくれたんだというと、兄さまは深くため息をつく。
「ここでは私がやりますので、殿下もお嬢さまも手を触れないでください」
……決意は固そうだ。
じゃあせめてとお風呂を洗うことにした。
といっても、自動洗浄の魔具が組み込まれているので、気持ち的に軽く流すだけだ。こりゃ便利だ。
一番はアダムに入ってもらい、その間に兄さまが浴槽を貸してくれると、わけのわからないことを言った。
「兄さま、お風呂に浴槽はあるよ?」
シャワーだけと思ったのかな?
「お嬢さま……男女で同じお湯を使うことに抵抗はないのですか?」
そこか。
「一緒に入るわけじゃないし……」
「第1王子殿下と、本当に結婚するおつもりなのですか?」
「まさか!」
「それでしたら、距離をおいてください。お嬢さまは異性の多い兄妹の中で育ち、主人さま、魔物などと触れ合って過ごされてきました。だから距離感が麻痺されているのだと思います。いいですか、婚約者のフリをしていただくだけなら、節度を保たなければなりません。クラスメイトで気軽さがあるのでしょうが、あちらは第1王子殿下です。お嬢さまの振る舞いは、シュタイン伯夫妻の評価に、そのまま繋がるのですよ?」
その通りだ。
「お嬢さまは、器用な方ではありません。この地下の中でだけ親しくするなんて、芸当ができるとは思えません。絶対に外でも王子殿下に対するとは思えない接し方をされるでしょう。お嬢さまは一度心を許すと、警戒心が全くなくなるのです。王子殿下たちやイザークたちに対してもそうです。だからみんなのいるところで、主人さまに話しかけたりするのです」
アダムの長いお風呂が終わるまで、わたしはひたすら怒られ続けた。
でも確かに気をつけなくちゃと、自分を戒める。
なんていうか、……学園では気をつけている。暮らしているスペース以外では気をつけている。それは基本なんだけど。
ここも暮らしているスペースだからというか……。
いや、アダムやロサ、そしてイザーク、ブライ、ダニエル、ルシオ。彼らにはわたし、まさしく気を許しちゃっているんだろうな。
広い浴槽の隣に、浴槽を置いてお湯を溜める。
この浴槽も十分な大きさだけど、もっと立派なのが隣にあるのにな。
でも兄さまのいうことに一理あると思えるので、気をつけようと思う。
もふさまは広い湯船で泳ぐようにしている。
あがるときには、両方のお湯を抜いて、軽く流しておいた。
髪にタオルを巻いたまま出ると、廊下に兄さまがいるので驚いた。
長風呂したつもりはなかったんだけど。
「お嬢さま、そんな濡れた髪で」
昨日とデジャブだ。
タオルにわたしの髪の水分をぎゅーっと吸わせる。わたしの耳元に口を寄せて小さな声で言う。
「お嬢さま、ドライヤーはお持ちですね?」
わたしは頷いた。
「魔法で乾かせなくて、すみません。部屋に入ったらすぐに乾かしてくださいね」
そう言って、わたしに頭を下げた。
『どうした、リディア?』
ドライヤーで乾かしていると、ベッドの上からもふさまが尋ねてくる。
考え事をしているのもわかっちゃうなんて、さすが聖獣さまだ。
「兄さまはどうして風で乾かしてくれなかったのかな?と思って。あ、乾かして欲しかったわけじゃないんだよ、ドライヤーがあるからね。でも、そう思ってみると、アダムも魔法で乾かせるのに、タオルドライだったし。不思議だなと思っただけ」
『魔法が制限されている結界とは違うと思うが、小童に聞いてみるのがよかろう』
「そうだね、明日聞いてみる」
いつもの寝る前の儀式のように、ベッドの上でふたりで飛び跳ねたけど。もふもふ軍団のみんながいないと、少しばかり物足りなかった。




