第617話 子供たちの計画④王位継承の試験
「私も狂いたくはないけれど、それこそ神のみぞ知る、ことだからね」
ありがとうと、アダムも立ち上がって、ロサの肩を叩いた。
ふたりともソファーに座り直す。
ロサが悔しそうに顔を歪めた。
「でもこれは陛下も考えを変えたということです。チャンスですよ、義兄上」
アダムは曖昧に微笑んだ。
「陛下がお考えを、どう変えたの?」
クッキーをひとつ摘むと、ふたりして同時に、まだ食べるのか?という顔をした。別腹というんだよ、こういうのを。それ女子にやるとモテないよ!
「私と義兄上に権限を持たせ、解決するよう命令された。これは私たちの試験だ」
「試験?」
「リディア嬢には生死がかかったことなのに、試験にされて不愉快かもしれないけれど、陛下は私たちなら解決できると信じ、その結果を判断材料にされるだけだから」
あれ、その試験って。
「王位継承者への試験なのね?」
わたしは恐る恐る尋ねた。
ロサはそうだと頷いた。
「正しくは、ブレドの王位継承者としての、資質を問う試験だ」
「違いますよ。どちらかというと、結果次第で、義兄上をこれからも普通に暮らせるように、周りに説得できると思われたんだと思います。……その証拠に、私は論文の方に集中してもいいと言っていたし」
「それはブレドの性格を加味して、わざと仰ったんだ」
「どちらにしても、成功すれば、おふたりのカブが上がるってことね?」
「カブが上がる?」
「ええと、評価があがるってことよね?」
「……ああ」
評価が上がったら、アダムは幽閉されずに済んだりするかもしれないの?
そうなったらいいね。
だってここは、やはり寂しすぎる。
「何はともあれ、第一段階は私との婚約発表だ。それでいいな? 嫌なら今言ってくれ」
「いいえ、それでいいわ。よろしくお願いします」
できるだけ早いほうがいいということで、次の休息日に陛下に挨拶をしたとして、情報を流すことにした。それからアダムは精力的に公務に参加するという。敵側からのなんらかのアクションがあるかもしれないからだ。
「ブレドが言っていた、他国の土地活用のおかしなこととはどんなことなんだ?」
「それはイザークたちと一緒に来たときにお話しさせていただくのでもいいですか?」
「ああ、かまわない」
「それにしても、まだお腹が苦しいよ」
「私もだ」
ふたりしてお腹をさすっている。
「じゃあ、少し遊びます?」
わたしは尋ねた。立派な体育館みたいのがあったから、あそこで運動もできるけど、お腹がいっぱいすぎるときの運動は却って横っ腹とか痛くなる。それなら、ゲームぐらいがいいだろう。
「遊ぶって3人でか?」
「あ、クジャク公爵を叩いたという遊び、それをやりたいな」
ロサが弾んだ声でいう。
「クジャク公爵を叩いた?」
「ゲームよ、ゲーム。紙を丸めて作った棒だから、そう痛くないし」
アダムが本気で引いているので、思わず力説してしまった。
「このゲームは人数が多いほど楽しいので、みんなが揃っているときにしよう。今日は……棒で叩くところは似ているゲームはどう? これはふたりでやるもので……」
わたしは大きめの紙をくるくると丸めて棒を作った。
それからふたりにジャンケンを教える。ふたりともすぐに覚えた。
まず、やって見せることにする。ロサと向き合い、ジャンケンをする。
わたしたちの間には、紙で作った棒を置く。
わたしがパーで勝ったので、わたしは棒を取り、ロサの頭を叩くフリをする。
「勝った方は棒で負けた方を叩くことができます。負けた方は手で頭を庇います。
先に頭を庇われたら、勝った方は叩くことができません」
わかった?と尋ねると、〝多分〟とふたりとも答える。
「それでは勝負。ジャンケンポン!」
わたしの勝ちだ。棒を取ったときには、ロサが防御していた。
ちっ。
「ジャンケンポン!」
あ、負けたと思った時は、叩かれていた。
うぬぬ。
何度かやったが、わたしは叩くことが一度もできず、叩かれまくった。
ということで、兄弟勝負だ。
「「ジャンケンポン」」
早っ。
同時に、棒を持ち、防御し。めちゃくちゃ緊迫感がある。
痛くない紙の棒なのに、叩かれたら命の危険がありそうなぐらい切羽詰まった雰囲気だ。
そのうちジャンケンポンの掛け声もなく、どんどん早くなっていって。
叩けたのはお互いに一度だけ。
っていうか、速さがわたしの知っているゲームと、大きく違うんですけど。
「あはは、なかなか楽しいね」
「そうだな、面白かった」
ええっ? 素早さが拮抗していて、全然楽しげに見えなかったけど。ふたりは楽しかったんだ……へぇー、それならいいけど。
明日、みんなを連れてくるからと言って、ロサは帰って行った。
アダムは今日決まったことを陛下に報告書を作って伝えると言う。
「ねぇ、アダム」
「なんだい?」
「本当の第1王子さまはどこにいるの? 勝手をして大丈夫なの?」
「お眠りになったままだ。王妃さまのお父上が王妃さまと王子の面倒をみている。今年になってから、見舞いにいくと、お体を清めているところだとか、診察中とかで会わせてもらえず、それが続いてさ……」
何度も会えないことが続き、それから行きづらくなってしまったそうだ。そうため息をついた。眠っている王子にいつも話しかけてたって言ってたもんね。
「勝手をしてと言っても、……陛下が決められたことだからね。僕にもどうしようもないよ」
ロサがいなくなると、一人称が〝僕〟になった。
薄情なようだけど、この地下の空間に第1王子がいないと知ってほっとする。
アダムの許した人しか入れないってことだけど、第1王子は特別かと思ってさ。
やはり、近くにいるのは嫌だと思ってしまった。
第1王子の〝顔〟となっているアダムなら平気なんだけどね。
第1王子の婚約者。嘘だとしても、母さまの心配をするどころでなく、わたし自身が大丈夫かと少しだけ怖かったけれど、わたしの中で相手がアダムという認識っぽいので大丈夫そうだ。
でもそっか。お世話は必要だものね。王妃さまも伏せっているらしいから、それを王妃さまのお父上が面倒見られているのね。
ウチと王妃さまとの因縁を知っている陛下がGOサインを出したのだから、問題はないと思うけど……。獣憑きなんかと嘘でも婚約なんて許せんとか、お王妃父君、言いそうな気がするよ。全く知らない人たちだけど。




