第609話 秘密の謁見① 顔ぶれ
元気なのはソックスだけだ。
いつもよりちょっと早くにご飯をもらえて、ご満悦のようだ。
顔の手入れを、うにゃうにゃ言いながら楽しそうにしている。
わたしは今日帰ってくるまで、食事を取れない。
ちなみに今日のドレスは、ロサのお茶会に行った時のものだ。装飾品を変えると印象も変わった。ちょっとあの時のことを思い出してしまうけれど、ドレスに罪はない。というかレースが素晴らしいし、格式高いものなので、こちらに決めた。
朝からお風呂に入り、香油を塗りたくる。キツい香りがつくので、好きではない。けれど、これは淑女が偉い方と会う時の慣しみたいなものだそうで、いくら秘密裏だといっても、最低限なエチケットは守らないとだそうだ。わたし、未成年。淑女なんて成人してからでいいと思うんだけど。
セット完了となった時には早3時間半が過ぎ、クジャクのおじいさまが転移で家に来てくださる時間だった。
「おじいさま」
「リディア、とても美しいよ」
おじいさまは温かいハグをしてくれた。
「もう、身体は大丈夫なのか?」
「うん、たっぷり休んだから」
親戚には陛下に話す前に、ある程度のことは話してある。わたしが生きているかどうか聞かれた場合、だんまりを通して欲しいお願いをした時に、経緯を話していたから、付け足したぐらいだけどね。
それにしても陛下との謁見は13時、なのに、10時から詰めてなくちゃいけないなんて、王宮は面倒なところだ。
秘密裏だし、転移で行けるんだから、時間ちょうどでいいじゃんと思っちゃうのは、わたしが世の中をわかっていないからなのかしら。
時間になると、わたしはボンネットを被された。おお、レースのベールがついている。
「顔は見せないようにね」
そういうことか。心配顔の母さまに頷く。
おじいさまと父さまと、もふさまと一緒に転移した。
景色が揺れ、次の瞬間には、うす暗い部屋の中にいた。
鎧の人が、おじいさまに騎士の礼を取る。
「クジャク公爵さまで、お間違いないでしょうか?」
「そうだ」
「お三方には隣の部屋にて待機していただきますよう、お願い申し上げます」
部屋は8角形で、辺であるその8箇所全てに扉があった。
鎧の人がそのひとつのドアを開けた。
ここは転移による王宮の入り口なんだね、きっと。
隣は、そこまで広くない部屋だった。光が取り込まれているけれど、窓ははめ殺しみたいだ。
微妙な位置に、テーブルと椅子があった。
テーブルにはポットとカップと、お茶菓子が用意されている。
鑑定すると、お湯と紅茶の茶葉と、焼き菓子だった。
わたしはお茶を入れた。これから4時間待つのだものね。
退屈な時間になると覚悟していたけれど、おじいさまの若い頃の話を聞いて、楽しく過ごした。ゲルダおばあさまの話も聞けて……父さまが嬉しそうにしている。
時間になるとノックがあり、さっきとは違うんだろうけど、鎧の人に移動の旨を告げられる。おじいさまはここでお留守番で、呼ばれているのはわたしと父さまだけだ。
誰もいない廊下を歩き、そして扉の前にくると、変わったノックをした。
「入りなさい」
『魔力を乗せおって』
もふさまが鼻を鳴らす。陛下の声が響くなと思ったら、魔力を乗せていたのか。
父さまに倣い、入る時に一礼をした。
広めの部屋は謁見室なのだろう。陛下が豪華な椅子に座っていて、あとは何もない。陛下の横に並んでいるのは、ダニエルのお父さんの宰相さま、イザークのお父さんである魔法士長さま、反対側にはルシオのお父さんである神官長さま、ブライのお父さんである騎士団長さま。そして、ロサとアダムがいた。
ロサはまだしも、アダムは聞いてないと、わたしは生唾を飲み込んだ。
「よく来てくれた、シュタイン伯。そしてシュタイン嬢よ」
「ユオブリアの熱き太陽にご挨拶申し上げます」
父さまの挨拶に合わせて、わたしも後ろでカーテシーをした。
「シュタイン伯と令嬢に、改めて余の息子どもを紹介する」
陛下に、眼差しで指示されたアダムが、一歩前に出る。
「第一子、ゴット・アンドレ・エルター・ハン・ユオブリアだ。よろしく頼む」
「小さき太陽に、ご挨拶申し上げます」
「ご挨拶申し上げます」
わたしもすかさず、カーテシーをしておく。
「第二子、ブレド・ロサ・ミューア・トセ・ユオブリアです」
「小さき太陽に、ご挨拶申し上げます」
「ご挨拶申し上げます」
続いて名乗りをあげた、ロサにも挨拶をする。
心臓がバクバクいってる。
ええと、クラスが一緒なんだから、わたしはアダムを知ってていいんだよね? 南部貴族だと思っていたら、第1一王子だったと知って驚かなくちゃいけないところ? でも貴族令嬢としてだんまりを貫くことにして、何も気づいてないように振る舞うのが正しいの?
「ブレド、シュタイン嬢に椅子を持って来なさい。彼女は病みあがりだ」
大丈夫って言いたいけど、発言しちゃまずいのよね?
と、もふさまが大きくなった。
『我に座ればいい』
「発言を許す。お遣いさまは、何かをシュタイン嬢に伝えたのか?」
「はい。我に座ればいいと」
「そうか、シュタイン嬢がそれでよければそうなさい。椅子がよければ持って来させよう」
「椅子はいりません、大丈夫です」
「そうか。秘密裏にしているため、侍従も入らせていないのだ」
陛下は顎を触っている。
「シュタイン嬢、座りなさい」
わたしは皆さまに一礼をして、もふさまに座り込んだ。
「さて、今から話すことがもし外部に漏れることがあったなら、この中の誰かが漏らしたということになる。それを忘れないよう行動してもらおうか」
陛下はニヤリと笑った。相変わらず、悪そうな顔だ。




