第594話 君の中のロマンチック④浴槽
『リディア!』
『リディア』
「リディア」
『リー!』
「なー」
『人の姿に戻れたんだな?』
わたしは頷いて、次々にみんなを抱きしめる。
あれ、なーって、誰? 猫ちゃん?
自由気ままな優しい猫ちゃんだ。
最後にわたしの膝の上に乗ってきた。
姿は変わったけど、わたしってわかるのかしら?
『フランツに助けてもらったんだって?』
クイたちから聞いたんだろう、わたしは頷いた。
「寝ているとばかり思っていたら、いなくてびっくりしたでち」
みんなはわたしがずっと寝ていると思っていたんだって。
あんまりにも起きてこないので、袋の中を覗いてみるとわたしがいない。
驚いてボイラー室や農場内を探し回ったがわたしの姿は見えなかった。
トカゲたちにわたしを見なかったか聞いたところ、一昨日、わたしが猫ちゃんにぶら下がっているのを見たという情報を得た。
ってな話をしているときに、猫ちゃんが帰ってきて、アオが会話を試みる。
猫ちゃんはトカゲと一緒に袋に入っていて、運ばれたと言った。
あちらで若芽色のトカゲは人から追われて外に出てしまい、それっきりだと。
どこに運ばれていたのかといえば、それはわからないという。今送ってきてくれた人たちのところだと。
もふさまたちは、二手に別れた。わたしが戻ってきたときのために、農場にはレオとアリ。魔力の強いやつの居場所を辿るのにもふさまと動物と会話ができるアオがわたしを探しに出た。
その途中で、農場に向かったクイとベアと出くわした。農場に戻り、みんなでここまできてくれたそうだ。
猫ちゃんはなぜかついてきた、と。
『フランツ』
「はい、主人さま」
『願いがある』
「はい、なんでしょう?」
『トカゲならまだしも、動けない人型のリディアは我らの手に余る。動けるようになるまで世話をしてもらえないだろうか?』
「えっ。もふさま、寝ていれば回復してくるから大丈夫だよ」
みんながジト目で見てくる。
『服もひとりで着られないのに?』
『起き上がれないのだろう?』
「その状態のリディアだと、おいらたち何もできないでちよ」
『大丈夫って根拠は?』
「なー」
猫ちゃんまで……。
「元々そのつもりでした。せめてひとりで行動できるまでは……」
「……ありがとう。ごめんなさい」
「リディア、頭がどうかしたでちか?」
「え?」
アオに尋ねられる。
『触ろうとしてはやめてるよ』
クイが腕の中に入ってきた。
「頭が痛いの?」
みんなの注目を浴びてる。
「うーうん、そうじゃなくて、……痒いだけ……」
場がしーんとする。
だって人型に戻ってから2日はお風呂に入ってないと思うんだよね。
髪も結んだりしてないし、わたし、かなりバッチィと思うのだ。
なんだけど、身体を起こせるのがやっとの状態なので、身体を拭くこともできない。
『それじゃあ、風呂に入ればいいよ、な、フランツ?』
『クイ、リーは起き上がれないんだぞ?』
『フランツが抱えて入ればいい』
え。
『風呂はあるんですよ』
ベアが収納袋を出して、風呂を呼び出す。
人が4人ほど入れそうな浴槽が現れた。
思わず兄さまを見ると、兄さまは苦笑いだ。
「旅には風呂が不可欠だからね」
浴槽を買ったようだ。
わぁーとみんな浴槽に近寄って見ている。
兄さまはそこに魔法で水を入れた。それから火の玉を出して何回かそこにぶち込む。手を入れて温度を確めた。
「じゃあ、最初にレディから入ろうか。大丈夫、布は巻いたまま、出たらすぐに風で乾かすから」
あ、そっか。別に裸で入らずにいるのもありだものね。
もふさまたちが聖水を入れてくれてた。
わたしは兄さまの服を被った状態で、兄さまに抱えてもらってお風呂に浸かった。
気持ちいい。いろいろ解けていくようだ。布が張りついてきてそこは残念だが、お湯に入れただけで御の字よね。
兄さまは少しすると、わたしがひとりで座っていられるかを尋ねて、大丈夫だというと、髪をお湯につけて洗うようにしてくれた。わたしの体勢を寝かすようにして、頭皮も洗ってくれる。石鹸とかシャンプーとかはなくても、お湯で流してもらえるだけでずいぶん違う。
体もポカポカして気持ち良くなる。
裸じゃないといっても、こう世話してもらって触れるところがあると、恥ずかしくて叫び声を上げたくなるのだが、一生懸命考えないようにした!
出れば出たで、風魔法にて一瞬で、くるまっているものごと乾かしてくれる。
髪を梳いてもらい、世話をかけまくりだ。
「兄さま、ありがとう。それとごめんなさい」
「後で報酬をもらうつもりだから、気にしなくていいよ」
あ、そっか。そうだよね。でもその方がいい。
こんなに迷惑をかけているんだもん。
わたしはちょっと、ほっとする。
もふもふ軍団はその間にお風呂を堪能したみたいだ。
猫ちゃんは入らなかった。
ほかほかしているわたしの膝の上に乗ってきた。
農場でまたこの子がいなくなったと心配してるんじゃないかしら……。
なんてことを思っているうちに、また眠ったようで、起きるとあたりは真っ暗で、ご飯が拵えられていた。
久々にクイとベアが加ったもふもふ軍団が、仲良しトークを繰り広げていて、その当たり前だった光景に目頭が熱くなった。
「なーーー」
猫ちゃんの声で、わたしが起きたことにみんなが気づく。
『リー、フランツがスープを作ってくれたぞ。食べられるか?』
「うん、食べたい」
魔力をチェックしたところ79だ。100超えたら、動けるようになると思うんだ。




