第589話 ある意味モテ期⑪続・尻尾のサイン
網に捕まったものの、わたしはスレンダーだった。網の目はわたしを拾わない。
アオだけ掬い上げられる。
「アオ、ぬいぐるみになって!」
わたしは叫んでから、壁のひび割れたところに逃げ込んだ。
「捕まえたぞ」
網を操っていた若い男性が、冷静に言う。
「って、……ふわふわの、もしかして、これ、ぬいぐるみじゃない?」
網の中を覗き込んだ女性が、人差し指で下の方をツンツンしている。
「さっき、動いてたよな?」
「トカゲが運んでたってこと?」
年若い女性と男性のふたりは、アオを凝視している。
あ、あ、どこに連れて行くの?
ついて行こうとすると、尻尾が重たく感じた。
ん? 振り向くと、わたしの尻尾を濃い茶色のトカゲが足で踏んでいる。
「何すんの? わたしアオを助けないと!」
わたしが行こうとすると、尻尾をかじられた。
えー、何?
! 尻尾をあてるのは求愛なんだっけ?
じゃあ、かじるのは何?
「わたし、今、忙しいの! 後にして」
わたしが振り切って出て行こうとすると、その前に茶色いのは出て行った。
あ、アオを連れた人がいない。
アオ、どこ行っちゃった?
「きゅ」
濃い茶色のトカゲが、2つ先のドアの前で短く鳴いた。
こっちに来いと言ってるみたいだ。
わたしは走った。
彼は壁を垂直に登り出した。わたしもついて行く。
隙間から部屋の中へと入って行く。
あ、アオを捕まえた男女と、アオだ!
テーブルの上にアオをポンと置いている。
「かわいい、ぬいぐるみね。どこから持ってきたのかしら、トカゲは」
「さぁな。カルビさんに報告するか?」
「なんて? トカゲは逃したけど、トカゲが持ってたぬいぐるみは捕らえましたって?」
ふたりは顔を見合わせている。
「ふざけてるのかって言われそうだな」
「ミランダが対策立てたそうだから、落ち着いていくとは思うけど……」
ふたりして、ため息をついている。
「でも、連れてくるつっても明日以降だろ? 急ぎの仕事のない奴はトカゲ狩りしろって言われているからな。ここにいたらサボってるって言われるだけだ、行くぞ」
「でもその網じゃ意味ないじゃない。あの薄い緑のは小ちゃくてその網じゃ捕まえられないわ」
「だからいいんじゃねーか」
男性がぼそっと言う。
「え?」
「あんな小さいの可哀想だろうが。こんな古い建物なんだから、生き物はそれなりに住んでるだろーよ。それにトカゲは寒がりだから、貯蔵庫には行かねーだろ。発酵中の樽はあったけーだろうけど、あんな人が行き交うとこなんか来ねーよ」
「あら、さっきも廊下に出たじゃない」
「あの緑のだけだろ。今までも出たことないし、あれだけ最近迷い込んできたんだよ。まだ小さいんだから、ほっとけば他のトカゲに人前に出ないよう教わるだろ」
なんかトカゲに優しい、いい人だ。
わたしも人に戻れたら、絶対トカゲに優しくすると心に決めた。
「あんた、見かけによらず優しいのね」
おお、なんかいい雰囲気になっているぞ。
「じゃあ、捕まえるフリをすればいいわけね」
女性は男性にかわいく問いかける。
「網持ってうろうろしてればいいんだから、楽だろ」
「それもそうね」
そんなふうに話しながらふたりは出て行った。
「アオ!」
「リディア!」
「アオ、また助けてもらった。お礼を伝えてくれる?」
アオは濃い茶色に向かって助かった、ありがとうとお礼をいい、わたしを助けてくれた感謝も伝えてくれた。
なんでこんなところに降りてきたんだ?と尋ねられたので、事情を話す。
実はわたしはトカゲではないんだと。
だからさっき尻尾をあてられたんだけど、どんな意味があったのか知らず、そのまま無視してしまった。それに大変申し訳ないけれど、まだトカゲになったばかりで、見分けがついていなくて、どのトカゲさんと触れ合ったのかもわからない。
ただ、今、巣作りする気はないことと、無視した形で申し訳なかったことを伝えに行こうとして、いる場所がわからなくなってしまったんだと。
濃い茶色のトカゲはわかったと短く言ったそうだ。
皆にそのことを伝えておくから、特にわたしはあの部屋から出ないで、強いのと一緒にいたほうがいいと言われた。
トカゲにまで言われた。うわーん。
そしてわたしたちがベースにしている部屋へと案内してくれる。
別れる時に、トカゲを捕らえる対策を何か立てているようだから、気をつけてと声をかけた。
『お帰り、ゆっくりだったなー』
と言われて、また助けてもらったんだと話せば、わたしはこの部屋から出るなと禁止令が出てしまった。
でも魔法も使えないし、わたしは素早くないから、簡単に捕まってしまう可能性がある。だから素直に従うことにした。
ただトカゲを捕まえる対策ってのが気になるところだ。
その答えはすぐにわかった。
次の日、農場に猫が放たれた。
わたしが人型だったら、顔を埋めたいふわふわの猫ちゃんたちだ。でも今の姿だと、わたしは動くおもちゃになってしまう。
わたしは絶対に部屋から出ないように言われてしまった。
猫が放たれたのは絶対にわたしのせいなので、トカゲさんたちが捕まってないか、何度かみんなに見てきてもらった。彼らは逃げ道を知り尽くしているし素早いので、なんの問題もないらしい。
よかったと思いつつ、喜びきれないわたしが。
何、猫ちゃんを撒けないのはわたしだけなの?
ああ、そうね、そうでしょうとも!
ボイラー室の暖かさが恋しいけれど、自分で撒いた種だから仕方ない。
わたしは部屋にて、帳簿の解読をし、みんなは情報を集めたりして過ごした。
わたしたちがベースに選んだのは、偉いらしき人のプライベートルームだ。普段は仕事部屋、ベッドルームは他にあるらしく、ここにはほとんど来ない。
物がいっぱい置かれていたので、出入口からは見えないように少し物の角度を変えてスペースを作り、そこで過ごしている。壁に小さな穴が空いていて、わたしたちはそこから出入りしている。
みんながいないと寒いので、わたしは寝床に決めた袋の中に入る。温石と布団を入れ込んでいる。少しだけとうつらうつらしたようだ。




